第38話 ゴーレム実験再び
エルゼリアを脅迫した連中に冒険者ギルドが対応するまでの間、ギルド長の指示で俺が彼女の護衛をすることになった。
それ自体は言われなくてもどうしようかと考えていたし、仕事として護衛を報酬も発生するのでこちらとして異存はない。
まぁ、それがどういう形になるのかは交渉の余地はあってほしいが。
美女から身体を報酬にと言われても、それが常態化するのは困るからな。
「じゃあ、詳しい話は俺の宿でするか」
「ええ。わかったわ」
ともあれ、エルゼリアの護衛を引き受けた俺はその護衛対象を連れて自分の宿へ戻ることにした。
彼女の護衛をするとなれば、その護衛体制を考えなければならないからである。
俺が護衛に向いているかと言えばそうでもない。
ゴーレムスキルにより魔石の位置がわかるだけで、そこに敵意や悪意が存在するかまではわからないからだ。
敵が魔石を持っているとは限らないしな。
となれば身体能力を強化できて勘も鋭くなるララに頼むのが最適なのだろうが、彼女は事情により正体を明かせず他人との接触は控えたいと考えている。
ではギルドから人手を……と言いたいところではあるが、あちらには脅迫犯のほうに人手を割いてほしいので仕方がない。
そんなわけで俺の護衛を自称するララに相談し、エルゼリアの護衛体制を考えようと思っているのだ。
そうして俺の宿に到着し、ララがいるであろう自分の部屋に入ろうとしてふとドアノブを握る手を止めた。
あいつ、また飲んで部屋を散らかしてないか?
酔いはスキルで覚ませるとしても、空いた酒樽で散らかった部屋を見てエルゼリアは不安に思わないだろうか。
俺なら思う。
なのでエルゼリアを部屋の中が見えない位置で待機させ、俺だけが中を覗き込んでみると……
「スゥ……スゥ……」
「やっぱりか……」
ララは予想通りに部屋を酒樽で散らかしており、当然のことながら部屋の中なので素顔のままテーブルに突っ伏して寝ていた。
その後、俺はララを起こすと部屋を片付けながら事情を説明し、エルゼリアを部屋に入れて双方のことを紹介した。
それを経て本人達が改めて名乗り合う。
「エルゼリアです。よろしくお願いします」
「ルルよ。畏まった話し方をしなくてもいいわ」
「そう?じゃあ……よろしく」
「ええ。よろしく」
ほぼ初対面ではあるものの、どちらも俺の紹介だということですんなりと挨拶を終える。
もちろんララが顔を明かせない事情をでっち上げる必要があったので、それはどこぞの貴族に狙われて逃亡中だからだということにした。
顔に傷があるなどと言えば、俺のゴーレムスキルのことは両者が知っていると話してあるし、俺に治してもらえないのかと疑問に思われそうだからな。
それを聞いてエルゼリアがララに言う。
「じゃあ、ここには私達しかいないし兜を脱いでもいいんじゃない?」
「いいえ。そうなると貴女が私の顔を知っているかもしれないからと狙われてしまう可能性があるわ」
「それは貴女のことを、狙っていた相手であると疑われない限り大丈夫なんじゃない?」
「私が動くと目立ってしまう可能性が大きいのよ。女で並外れた力を持つとなれば、それが私であると相手は推察するでしょうからね」
「あぁ、なるほど」
確かに……30年ほど前にもその力で有名になっていたそうだし、活躍すれば同じように目立って彼女を骨にした連中の耳に入ってしまうかもしれないな。
女しか入れない場所への護衛としてエルゼリアに付いてもらうつもりだったが、そうなるとララを護衛に付かせるのも不味いのか。
そこにはエルゼリアも思い至ったらしい。
「じゃあ、私の護衛として動いてもらうのは都合が悪いんじゃない?」
「それは、まぁ……」
この返答は仕方がない。
相手が鍛えていたり戦い慣れていたりした場合、それに女の身で対応できたとなればどうしても目立つからな。
そういう意味で指摘したエルゼリアに、ララはこちらを気にしつつ肯定していた。
「うぅ……」
その返答でララが自分の護衛を務めることに積極的ではないとわかり、エルゼリアは気落ちした表情を見せる。
ララとしては俺の紹介というか仕事でもあるし、言われれば引き受けるが積極的にはやりたくないというぐらいの気持ちなのだろうが……護衛という役割である以上はそういった心境で臨んでほしくはない。
だがそうなると……どうしたものかな。
「うーん……」
「あぁ、私が女しか入れない場所に行かなければなんとか……脅迫してきた連中は多分全員男だったし」
そう言ってくるエルゼリアに俺は否定で返す。
「いや。相手の実態がわからない以上、向こうが女の刺客を使う可能性を無視はできない。それに数で言えば男のほうが人手はあるだろうし、襲われる可能性を下げるために女しか入れない場所に逃げ込むことも考えておいたほうがいいからな」
「なるほど……そこまで考えてくれてるのね♡」
そこでエルゼリアの視線に少し熱が籠もる。
ララともそういう関係であることを彼女は知っており、だからか露骨に誘うような素振りは見せていないが……そのララが無言で俺を見ていた。
エルゼリアとも関係を持ったのに気づいたのか?
お礼として身体をというのはこれまでもあったことだし、そもそもそこを責められるような関係でもないはずだが……
「……」
「いや、死にかけて不安になっていたようだし……」
味方として友好的な関係でありたいのも事実なので、一応はその辺りの事情も説明して機嫌を直そうとしておく。
すると、彼女はそれを遮って提案した。
「ねえ、そう言えばゴーレムに鎧を着せて護衛にするって言ってたわよね?それを使えばいいんじゃないの?」
「えっ?ああ……言ってたな」
どうやらララが見ていたのは俺の背後にあった木箱だったらしく、それに仕舞われていた大きな鎧のことに考えを巡らせていただけだったようだ。
その鎧は魔境を魔境たらしめる"境核"という魔石を護っていた守護者が身に着けていたものだがやけに大きく、大きさが装着者に合わせて変わるマジックアイテムだと思ってララが試すも何の反応もなかった。
なので人に使えるものではなくゴーレムにでも着せようと思い、しかし今のところは必要がないと判断してただの荷物になっている。
しかし……あれを使うことにはいくつかの問題があるな。
「あれを使うとなるとかなり大柄のゴーレムになるし、女しか入れない場所に連れ込むのは難しいんじゃないか?」
「だったらあの鎧を使わなければいいんじゃない?」
「それじゃ護衛が魔物のゴーレムだと思われて襲われないか?そうなると襲われる口実を作ることになりそうなんだが」
「あぁ、貴方が居ない場所で動かすのなら貴方の魔法だとは言いづらいわね。確かに冒険者だけでなく衛兵まで襲ってきそうだわ」
「だろう?」
俺の返答にそこで納得した様子のララだったが、そこで俺達のやり取りを聞いていたエルゼリアが口を出す。
「ねえ、その鎧ってギルドで鑑定してもらってないの?」
「ララが着てみても何も起きなかったし、今のところはな。それに鑑定した結果がギルドの情報として残ったりすると、鎧に何らかの弱みがあった場合にそれがバレやすくなるんじゃないか?」
「あぁ、それはそうね。聞いた話ではあるけど、良い性能のマジックアイテムなんかを持ってると何処からか売ってくれって言われたり襲われたりするらしいわ。それがギルドで鑑定して良い物だとハッキリしてるからなんじゃないかって」
「ギルドから情報が漏れてるのか?」
「本人が自慢してる場合もあるから断言はできないけど……マジックアイテムって悪い能力を持ってるものもあるから、それがないってわかってるほうが狙われやすいんじゃない?」
情報というものは漏れるときは漏れるしな。
そうなると……やはりあの鎧は鑑定してもらわないほうが良いな。
そう思っていたところ、エルゼリアがその鎧を見たいと言い出した。
「マジックアイテムじゃないんなら使ってみても平気なのよね?だったら実際にゴーレムに着せてみて、どんな体格になるのか見てみたいんだけど」
「ん?人の大きさでないのは明らかだぞ?」
「それならそれでいいけど、実家の店でも少しは鎧を扱ってたから興味があるのよ」
「ふーん……まぁ、いいか」
俺とララは実際にあの鎧を着込んだ"守護者"の姿を見ているからいいが、それを見ておらず商品としての鎧を扱っていたことからエルゼリアは気になるようだ。
護衛の話は結局ララに頼むしかないだろうし、あとは細々としたことぐらいしか話し合う必要はないので時間はある。
なので俺は彼女の要望を聞き入れ、木箱の蓋を開けると鎧を人の形に床へ並べ始めた。
「あ、私も手伝うわ」
「私も」
2人が手伝いすぐに並べ終えると、"格納庫"から水のゴーレムを出して並べた鎧の中や間を埋めるように形を整える。
最後に、ゴーレムを操作し水を氷に変化させて自立できるようにしようと思ったのだが……その瞬間に異変が起きた。
ガタッ、ガタガタッ、ジャババッ
「「「っ!?」」」
鎧全体に水のゴーレムの身体が行き渡ると一斉に鎧が動き出し、自らゴーレムの身体に吸い付いていく。
しかしゴーレムはまだ水であり、ある程度の形は保っていても突っ込んでくる物体にそこまでの抵抗力はない。
なので鎧はゴーレムの身体を測りかねているらしく、その表面を探してか水の中と外を言ったり来たりしている。
「え、なにコレ」
「気をつけて!何が起こるかわからないわ!」
ただ興味深そうに見ていたエルゼリアと、彼女や俺に警戒を促すララ。
そんな俺達の前で鎧は蠢き続けてるが、それ以外の行動は一切示さないまましばらくの時間が過ぎた。
ジャバッ、ジャババッ……
「「「……」」」
埒が明かないな。
勝手に動き出した鎧がマジックアイテムだとは限らないが、何らかの特殊な性能を持っていることは確かだろう。
となればその性能を確かめておきたいところではあるも、ここで色々と試して宿に被害が出るのはよろしくない。
そう考えて俺は提案する。
「よし、場所を変えよう。時間はあるし、町の外で人目がない所に」
2人もこの鎧のことは調べておいたほうが良いと思ったのか、それに賛成すると自分達も付いてくると言い出した。
「1人でもいいんだが」
「ダメよ。私は貴方の護衛なんだし」
「言い出したのは私だし、護衛が誰もいなくなるよりは一緒に行ったほうが良いわ」
2人の言い分もわからなくはないので俺はそれを聞き入れ、鎧を木箱に仕舞うと彼女達を伴って町を出た。
そうして……町の南部に広がる森の奥深くで同じように鎧を並べ、水のゴーレムでそれらの内部を満たすと今度はすぐに氷に変化させる。
さっきは液体だから鎧は自身を固定できずにいたようだが、これならちゃんと装着できるはずだ。
スッ、カチャッ
その狙いは正しかったらしく、鎧は氷のゴーレムに接触していると判断してかそれぞれの留め具が勝手に掛けられていく。
それが終わると鎧は一切動かなくなるが、代わりにゴーレムそのものに変化が起きた。
ザッ、グィッ……ガササッ
「っ!?」
ゴーレムは地面に手をついて体を起こし、そのまま枝葉に頭をぶつけながら立ち上がる。
「あら、実際に立ち姿を見るとかなり大きいわね」
そんな感想を口にするエルゼリアだが、俺は追加でゴーレムを出すと鎧を着たゴーレムをそれらで囲んだ。
フッ、ザザザッ
「気をつけろ!コイツは勝手に動いている!」
「「っ!?」」
俺の声に応じて2人が警戒態勢を取り、ララは剣を構えてエルゼリアは距離を取った。
するとその時、鎧を着たゴーレムから口もないのに平坦な声が発せられる。
『大丈夫だ、私は味方なのだぜ?』
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