第35話 再会は「ち」に伏せて
さて、助けたお礼にとエルゼリアの部屋へお邪魔することになったわけだが、先に宿へ帰らせたララが俺の帰りを待っている。
何も言わずに遅くなれば心配するだろうし、一旦は帰る必要があるか。
「なぁ、ルルが待ってるから一旦帰ろうと思うんだが」
「あ、そうね。もしかしたらその……と、泊まるかもしれないわけだし」
そんなエルゼリアに対し、少し悪戯心が湧いてきた俺は彼女の耳元で囁く。
「随分と
「っ!それは……ほら、そっちが満足しないとお礼にならないじゃない」
「そうか。ちなみに俺はヤろうと思えばいくらでもヤれるんだが……」
「えっ?そうなの?」
「……」
コクリ
更に顔を赤くして聞いてきたエルゼリアだったが、それに俺が頷くと少し間を置いてこう返した。
「そ、そう……じゃあ、まぁ……す、好きにすればいいんじゃない?」
俺が一旦自分の宿へ帰ることにしたので、エルゼリアは先に自分の宿へ帰ることにした。
宿の場所を教えて去って行く彼女を見送り、俺も自分の宿へ帰る。
「ただいま」
「おかえり。あの男達には対応してもらえた?」
「ああ。エルゼリアのほうはギルド長の部屋で事情を聞かれてたし、男達の方にも事情を聞いてから対処するってさ」
「そう。なら良かったわ」
帰ってきた俺に捕らえた男達の処遇を確認し、一旦は事が片付いたと判断できたからかホッとするララ。
そんな彼女に、俺はエルゼリアから
「それでなんだが、エルゼリアがお礼をくれるって言ってきててな」
「お礼?その言い方だとお金や物じゃないわよね……ああ、
金や物ならその場で受け取るなり断るなりしていただろうし、それがどちらにしろまだ完了していない言い方でララは事情を察したようだ。
それに彼女がどう反応するかと言えば……
「じゃあ、遅くなるか泊まりよね?また飲んでていいかしら?」
と、実にあっさりしたものだった。
これは彼女に俺への好意や独占欲がないわけではないようだが、同じく俺に助けられた立場としては相応のお礼をしたいことに異議を唱えるわけにはいかないからだそうだ。
だからこそ、ララはこの町への道中で立ち寄った村での
そんな彼女に今日の報酬の半分を渡しておく。
「あら、こんなに?」
「今日は殆どララが狩ってたからな。昨日よりも多いが使い切るなよ?」
「わかってるわ。でも魔物を見つけるのは貴方が担当してたんだし、私は護衛として一緒にいるんだから討伐報酬を分けてくれなくてもいいのよ?」
「役割によって差をつけると個別の評価が面倒だろ?」
「それはまぁ……でもいいの?」
「困るわけでもないし、別にいいだろ」
「それはそうだけど……」
ララからすると俺への恩義もあって護衛をしているつもりなので、この厚遇に申し訳無さを感じているのだろう。
それは俺の狙い通りであり、待遇を良くしておくことで友好的な関係を維持し味方として確保しておくためである。
まぁ……彼女は女としての魅力もあるので、余程の事情がない限りは近しい関係でありたいという部分もあるが。
それが通じたのかは不明だが、その待遇を決定事項とした俺をララは妖しい目で見てきた。
「もう……今日はこれからのこともあるし遠慮しておくけど、一緒に夜を過ごす日は覚悟しなさいよ?これまで以上に
護衛されるのに覚悟が必要になってしまったが、それはそれで楽しめばいいだけなので良しとする。
昨日以上に機嫌の良いララに見送られ、俺は自分の宿を出るとエルゼリアの宿へ向かうことにした。
彼女の宿は料金が安めで、周辺の治安はギリギリ悪くない程度の地域であると聞く。
それ故に町の中心部から外れた場所であり、休暇でこの町を訪れた魔法使いを装うエルゼリアは裏路地を通ってこっそりその宿へ向かうのだそうだ。
それを気にしなくていい俺が普通に宿へ近づくと……
「あれ?」
エルゼリアの宿はこの辺りのはずなのだが、彼女はまだ少し離れた場所にいるようだ。
それがわかるのは、宿の場所を間違えて覚えてしまった場合のことを考え、彼女の服へ小さな魔石を仕込みゴーレム化しておいたからである。
仕込んだのは耳元で囁いたときだ。
魔石を入れただけでは他人の魔石と区別がつかないが、ゴーレムにしていれば俺の魔石だとはっきりわかるからな。
しかし……寄り道でもしているのか?
動いていないようだし、露店か何かを見ているのかもしれない。
金に余裕があるわけでもないとは言え、必要な物なら普通に買い込むこともあるだろうからおかしくはないな。
ただまぁ、一緒に宿へ入ったほうが呼び出してもらう手間を省けるし合流するか。
そう考えてエルゼリアがいる場所へ向かうと……どうやら路地の奥にいるらしく、時間のこともあって近づくにつれ暗くなっていく。
人通りも少なく露店を開くような場所じゃない。
エルゼリアはこんな所でじっとして何をしているのだろうか?
「……」
嫌な予感がして足早に路地を進む。
すると……血の匂いがし始め、進むごとにそれは濃くなっていった。
フワッ、スーッ……
俺は自分をゴーレム化して少しだけ宙に浮き、足音を消して先に進む。
「っ!?」
そうして血の匂いが更に濃くなった頃、角を曲がって裏路地と言うべき道に入ると彼女はいた。
地に伏せて。
口からも出血しているようだが、どうやら出血をしながらも這って進んでいたらしく……恐らくは倒れたであろう場所から血の跡が続いている。
「チッ」
エルゼリアが動いていないのを確認したのは少し前だが、これだけの出血だと結構前にやられたのか?
そう考えつつ、急いで彼女の状態を確認しようとすると……
「ハァ、ハァ……ジ、オ……?」
「っ!?」
バッ!
まだ息があったらしいエルゼリアは、俺に気付いてか息も絶え絶えに声を掛けてきた。
「大丈夫、じゃないか」
「まぁ、ね……お礼、ごめ……」
この状況でも
「今は怪我の方を。魔法で治せる人はいないのか?」
「治癒魔法、を、使える人は……ハァ、ハァ、遠くて。それに……これを治すとなると……お金もな、いし……」
「そうか。なら……」
俺は魔石を出し、彼女の手に触れさせる。
「な、に……?」
「魔石だ。すぐに治してやるが誰にも教えるなよ」
そう言うと俺はエルゼリアをゴーレム化しようとする。
ゴーレム化は、それを受け入れる意思より拒否しない意思が重要だ。
自我が強ければ自然と拒否されるのだが、今の彼女なら弱っていて拒否の意思も薄いはず。
肌の表面に触れさせるだけでゴーレム化が可能ではあるものの、魔石が触れている面積は広いほうが効率は良さそうなので埋める形にするつもりだ。
となれば本人にその許可を取ったほうがいいのだろうが……説明に時間が掛かるし、とりあえずはやってしまおう。
スッ……
すると魔石はすんなりその手の平に埋まっていき……その直後、エルゼリアが目をカッと開いた。
「っ!?」
ムクリ
「え、どうして……?」
ゴーレムになったことで自動的に回復が行われ、自力で身体を起こし自分の状態を確認する彼女。
ララの場合だが……肉体を取り戻すと同時に俺を押し倒すほど動けるようになっていたし、おそらくは血液についても回復が可能だったと推察される。
なので大量の出血があってもそれを含めての回復が可能だと考え、俺はこの方法でエルゼリアを助けることにしたわけだ。
このことが外部へ漏れると面倒だが、その場合は俺が治癒魔法も使えることにするか。
さて……元気になったということは手の平に埋まった魔石にも気付くということで、左手の魔石を撫でながら彼女は俺に問いかけてくる。
「何これ?」
「魔石だって言ったろ?」
「いや、そう言う意味じゃなくて……何で魔石が私の手に埋まると傷が治るの?」
「気になるか」
「そりゃなるわよ。治癒魔法とは違うわよね?あっちは傷が治るだけで失った血は戻らないんだから」
「そうらしいな。まぁ、とりあえず宿に戻ろうか。内緒話は外でするもんじゃない」
「……そうね」
俺の言葉にエルゼリアは町の外で襲われたきっかけが盗み聞きにあったことを思い出し、俺の提案に応じて自分の部屋へ案内した。
血塗れだったエルゼリアには俺の"格納庫"に入っていた布で口元の血を拭かせ、更にはマントを作って被らせると宿へ入った。
彼女の部屋の前まで来るとこう言われる。
「先に着替えるわ。その、ちょっと待っててもらえる?」
まぁ、そうなるのは当然だが……それだけでは不十分だろう。
宿の人間には追求されなかったが、血の匂いは普通に放たれているからな。
そこで俺は提案した。
「血は身体にも付いてるだろう。俺がその血を落とすから大丈夫だ」
「血を落とす?」
「ああ。まぁ見ればわかる」
そうして俺はエルゼリアの部屋に入ると、シングルベッドにテーブルと椅子のセットがある程度の室内で彼女と向き合う。
「えっと……ぬ、脱げばいいのかしら?」
血色も回復しており、恥ずかしさで顔を赤らめる彼女。
俺はそれに頷く。
「ああ。服の方は襲われた証拠としてそのままのほうがいいだろう。後ろを向いておくから脱いだら言ってくれ」
「え、ええ。じゃあ……」
シュルッ……もぞもぞ……
言いながら後ろを向いた俺にそう応えると、エルゼリアはすぐに服を脱ぎだした。
恥ずかしさもあったようだが、早く着替えたいという思いも強かったらしい。
「ぬ、脱いだけど……」
「そうか。じゃあ綺麗にするぞ」
スッ……
見られてはいないと言ってもやはり恥ずかしいようで、落ち着かない声の彼女に俺は追加で魔石を出すとそれを使ってエルゼリアの身体に付着した血を収集した。
音もなく実行され、感覚でもゴーレムの材料として血液がまとまっていくのを把握できる。
「わっ?」
自分から離れ、魔石へ纏わりついていく血液に驚く彼女。
お湯で体を洗った際に水気を丁度いいぐらいに取れていたし、やろうと思わなければ体内の血まで収集されたりはしない。
そうして出来上がったのは血の色をした球体であり、エルゼリアはその大きさについて感想を述べた。
「付いていた分だけでこれってことは、地面に流れた分も含めるとかなりの出血量だったようね」
「だろうな。間に合って良かったよ」
「……」
そう返すと……彼女はいきなり、後ろから俺に抱き着いてくる。
ガバッ!
「おっと。どうし……」
「もうダメかと思った……うぅ……グスッ」
気丈に振る舞っていたが殺されかけたわけだし、その恐怖とそれから助かった安堵で感情が不安定になっているようだ。
泊まる可能性があると言って出てきたので時間はある。
なので……俺はエルゼリアが落ち着くまで、そのまま好きにさせておくことにした。
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