第30話 冒険者登録を終えて
フランチェスカ氏との話がまとまると、俺は彼女の執務室を出た。
ナタリアさんも一緒であり、これから登録の手続きなどをやってもらうことになっている。
「ウフッ♪」
彼女に目を向けると、少し顔を赤らめながらも微笑んできた。
胸を揉ませてきたぐらいだし、先ほど助けたこともあって気に入られたようだが……一応言っておくか。
「あの、今のところは特定の誰かとって考えはないんですよね」
これが勘違いなら恥ずかしいことこの上ないが、彼女が"その気"だと徒労を強いてしまうことになるからな。
しかし、それに返ってきたのは予想以上の反応だった。
「あ、はい!頑張りますね!」
ギュッ、ムニュウゥ……
「わ」
何を?と聞こうとする前に抱き着かれ、明確に意図してその大きな胸を押し付けられる。
ちょうど階段の踊り場だったからいいが、気をつけないと転げ落ちていたかもしれない。
そこを注意すると彼女は笑顔で答える。
「あ、大丈夫です。丁度いいと思ってやってますから♪」
「そ、そうですか」
とは言えここは人目につく可能性もあるし、人気があるらしい彼女とのことが噂にでもなると面倒だ。
というわけで離れてもらい、手続きを進めに受付へ向かうことにする。
下のフロアに戻ると、そこにいた人達の視線がこちらへ一斉に集中した。
「アイツ?」
「ああ」
「氷の手でA級下位の4人を……」
「それ以外にも沢山出してたぜ、白いの」
そんな話し声が小さく聞こえてくる。
最後のは誤解されそうな表現なので止めて欲しいのだが……ブロッグスの件を見ていた人間が残っており、少し噂になっているようだ。
まぁ、監視役としては都合がいい。
素行に気をつける冒険者が増えるかもしれないからな。
さて、受付に……と思っていると腕を取られ、柔らかいものに挟まれる。
グイッ、ムニュリ
「え?」
その腕を見ると挟んでいるのはナタリアさんの胸であり、彼女は笑顔で俺と腕を組んだ体勢になっていた。
ざわっ
周囲がざわつくが、彼女の人気からすると当然だろう。
「ご案内します。こちらへどうぞ♪」
その反応を気にせず、彼女は俺を自分の受付へと連行する。
「はい、こちらでお待ち下さいね♪」
このギルドの受付は受付嬢ごとにカウンターが与えられているらしく、ナタリアさんが居ないことでそこには"閉鎖中"と書かれた札が置いてあった。
それを向こう側に回った彼女が脇に退け、やはり笑顔で俺の手続きを始める。
「では手続きを始めますね。私としては別室でも良かったのですが……それは別の機会にということで♪」
「は、はぁ……」
「「「……」」」
カウンターは仕切りの板があるものの、隣の会話が全く聞こえないわけではない。
ナタリアさんのカウンターは左右にも別の受付があり、そのどちらからも彼女を窺う雰囲気が感じられる。
これは釘を差しておいたほうがいいだろう。
「あの、そういう発言は人前では……」
「あ、はい!2人きりのときに、ですね♡」
……まぁ、この場で止めてもらえればいいか。
そうしてやっと手続きが始まると、大まかなことはララに聞いていたとおりだった。
細かいところでは昇級の条件か。
依頼の難易度と成功率による、冒険者ギルドの総合的な判断で決まるらしい。
ただしそれはB級までで、A級から上は試験というか条件をクリアする必要があるそうだ。
そうなるとブロッグス達はそれをクリアしたことになるわけで、やはり連中には相応の実力があったということか。
連中を抑えられたことである程度は監視役の仕事はこなせるのだろうが、特殊な能力を持っている者もいるだろうし気は抜けないな。
その他にも色々あったが必要なことはいつでも聞いてくれという形で説明は終わり、監視役であることを記載された登録証が作られることに。
ここで針を使った血の採取を行い、それを用いて登録証が作られるようだ。
採血後、別室にその手配をしたナタリアさんが戻ってくると、登録証が出来上がるまでに査定表の換金手続きを進める。
とは言っても金額の確認などをするだけで、実際の手続きは登録証が出来てから、それに記載されている登録番号などを使用して行われるそうだが。
「んふふ……♡」
「ナタリアさーん、出来上がりましたよーっ」
「はーい」
上機嫌なナタリアさんに見つめられつつ登録証が出来上がるのを待つと、別室から出てきた男に呼ばれて彼女は席を立つ。
そして持って来られたのは所謂ドッグタグというものに近く、しかし青みがかった銀色の金属で出来ていた。
それに記載されたランクが、冒険者としては実績がないので最下級のFランクであることは問題ないのだが……
「?」
俺は首を傾げる。
聞いた話では、このギルド証の材質は基本的にみんな同じで、高ランクだと少し変わった物になるとのことだった。
確か、鉄に特殊な加工をして錆び難くしたり文字を見やすくしたりした銀色になっているそうだ。
順番待ちをしている冒険者を見れば……普通の銀色に見える。
そこを疑問に思っているとナタリアさんが聞いてくる。
「どうかされましたか?」
「いや……これ、他の人と色が違いませんか?」
「ああ、それは少し立場が違うからですね。色だけでなく材質も違いますよ」
あぁ、それもララに聞いた気がするな。
確か、高ランクとか特殊な技能を持っていると別の材質なんだっけ。
ここで1つ確認しておこう。
「これ、高ランクだと勘違いされませんか?」
「大丈夫ですよ。高ランクのギルド証はまた別の色ですし、書いてある内容でもわかりますから」
「そうですか。ならいいんですが」
疑問が解消したので、ここからは報酬の手続きに移る。
まぁ、それは現金として受け取る額を決めるだけだが。
大金を持ち歩くのはもちろん危険なので、必要以上のリスクを避けるための措置としてギルドで報酬を預かる制度があるそうだ。
俺もその制度を利用し、とりあえず100万コールを受け取って残りは預けておくことにする。
お金をゴーレムとして"格納庫"へ仕舞えることはわかっており、こちらとしては全額引き出しておいても良かったのだが……予算の話を聞いたばかりだし、少し控えめにしておくことにした。
俺への報酬は予定外の支出になっただろうしな。
もちろん冒険者から預かっているお金は予算とは別なのでそちらに影響はないし、俺に支払った報酬についても本部に報告して補填を要請するそうだが。
受け取る金額を伝えるとナタリアさんが再び席を立ち、先ほどとは別の部屋へ向かうと……布が掛けられたトレーを持って戻ってきた。
「ではご確認ください。その後に受取のサインを」
「はい」
言われてトレーの布を取ると、そこには9枚の大きな金貨と10枚の小さな金貨がある。
大きい方は10万コールの金貨であり、小さい方は1万コールの金貨だった。
そうして金額の確認をしてお金を受け取ると、それを証明するサインをして手続きは完了したことになる。
「じゃあ、これで……」
スッ
そう言ってサインした書類を向こうへ滑らせると……その手にナタリアさんの手が重ねられた。
「あの、先程のお礼にお食事でもどうですか?」
「え?今日ですか?」
「はい♪」
即答か、どうするかな。
時間からすると夕食だろうし、宿に戻ってララに冒険者ギルドでの事を説明する時間はある。
ただ、俺のことはまだそこまで広まっていないだろうし、彼女と2人で食事などしていれば冒険者に絡まれるのは必至だと思われた。
となると断ったほうが良いとは思うのだが……
「……(ニコニコ)」
ギュウゥ……
ナタリアさんは笑顔ながらもガッシリと俺の手を押さえ、絶対に逃さないという固い意志を感じる。
本気で振り解けばどうとでもなるが、そこまでして断らなければならない理由はないんだよな。
つまり変に絡まれるようなことさえなければ良いわけで、それを避けるには彼女と2人きりでなければいいわけだ。
ララを連れて行くのは兜を取れないから駄目だな、食事の場ではそれが原因で絡まれそうだし。
となると他の誰か、呼んでも不自然じゃない人となると……ジェミナか。
ナタリアさんの友人だという女だし、そんな彼女が同席していれば俺が
そう考えて俺は提案する。
「あの、だったらジェミナさんも一緒に良いですかね?」
「ジェミナですか?どうしてでしょう?」
「査定でお世話になりましたし、彼女がナタリアさんを友人だと教えてくれていたから助けたところもありますので」
内心を伏せておくため、俺はそうでっち上げることにした。
こう言っておけばナタリアさんはジェミナのお陰で助かったことになるし、彼女にもお礼をする必要があるということになるだろう。
そこでジェミナも食事に誘うかは彼女次第だが……
「んー……わかりました。彼女も誘っておきます」
ナタリアさんは少し考えるとそう言って俺の手を解放した。
よし、これである程度は絡まれるリスクを抑えられ、なお且つ今後監視役として俺のことが広まれば……今回の食事でその俺と近しい関係だと思わせられ、彼女にちょっかいを掛ける者も減るかもしれない。
俺は手を引っ込めると受付を離れることにする。
「では、一旦宿に戻りますので。待ち合わせはここでいいですか?」
まだ土地勘がないのでここを指定すると、ナタリアさんは笑顔で頷く。
「はい。後ほどご馳走させていただきますね♡」
そんな言葉で見送られ、俺は冒険者をギルドを出た。
宿に戻るとララが出迎える。
「おかえりなさい。やっぱり時間が掛かったみたいね」
「ああ。人が増えるのはもう少し遅い時間だと思ったんだがな」
「それは仕方ないわ。時期的に暗くなるのが早いし、野営をするつもりがなければ早めに町へ入ろうとするでしょうから」
「それもそうか」
ポスッ
そう返しながら自分のベッドに座ると、ララも隣りに座ってきた。
「それで、査定と登録はどうだったの?」
「ああ、それは……」
冒険者ギルドへ向かった主な目的の結果を聞かれ、ギルドでのことを話すとと彼女は驚く。
「青いゴブリンの査定が500万というのは納得できるけど、冒険者の監視役なんてものになるとはね……」
聞けば、ララが活動していた頃にもそういった立場の人間はいたそうだが、基本的には高ランクの冒険者に依頼する形であったようだ。
つまり登録もしていない新人に頼むというのは彼女にとって珍しい話であり、現代においてはそれだけ問題を起こす冒険者が増えているということなのだろう。
ララはその原因である"遺跡"に注目する。
「稼ぎやすいって言ってたらしいけど、どういう意味かしら?」
「魔物が多くて見つけやすいんだってさ。地下に何層も続いてるらしいんだが、浅い層は弱くて奥へ進むほどに強くなるようだ」
「奥の魔物が浅い層に上がってきたりしないの?」
「有り得ないわけじゃないらしいが、基本的には自分が居た層からは移動しないそうだ。だから危なければ逃げればいいって」
「それはやりやすいわね」
「だろう?それに屋内で壁が光ってるから、天気を気にしなくて良いし夜襲を警戒する必要もないそうだ」
「それは確かに楽ね。まあ、夜がなくても寝ることはあるでしょうから見張りは必要でしょうけど」
「そうだな。それと消費する物の調達ができないらしいから、水の魔法を使える人は特に重宝されるってさ」
「なるほど。つまり物資さえ確保できていればってことね。そこに冒険者が集中するのもわかるわ」
「まぁ、魔物が多いからそれに対応できるだけの実力が必要なんだろうけどな。だから遺跡に集中してるのはランクが高い連中らしいんだが……」
「それで低ランクばかりが残る土地で好き勝手するほうがいいって連中が出てきている、と……」
「らしいな。まぁ、そういう連中でも居てくれるほうがマシだって場合もあるだろうけど」
「むぅ……」
俺の説明に難しい顔をするララ。
一概に悪として断ずることは難しいことから、正義を重んじる彼女の性格上は複雑な感情を抱いているようだ。
そんな彼女に俺は言う。
「まぁ……監視役って立場になったし、そういう連中に対応することもあるだろう。ララが許せないと思ったら手伝ってくれりゃ良いよ」
「もちろんよっ!そもそも貴方について行くつもりなんだし、そういう連中がいるのならそれを成敗することに力は惜しまないわ!」
ガバッ!
「うおっと」
監視役としての仕事に自身の正義感が適合したからか、やる気を漲らせたララが俺に抱き着いてくる。
俺がその役目を引き受けたことを嬉しく思っているようで……その目には
おっと不味い。
この後の予定もあるし、今からというのはよろしくない。
「待て待て。実は監視役になった件で夕食に誘われててな。これから出かけなきゃならないんだ」
それを聞いて身を起こすララ。
「えぇ……仕方ないわねぇ。私はついて行っていいの?」
「店で顔を隠したまま食事するのも変に目立つだろうからな。俺が監視役として知られる前だし、絡まれるのも面倒だから今夜は1人で済ませてくれ」
俺は10万コールを"格納庫"から取り出し彼女に渡す。
「多くない?」
「気楽に飲みたいんなら部屋に持ち込んだほうが良いだろ?何度も宿の人が出入りするなら気が抜けないだろうし、最初からまとめて部屋に運び込んでおけば良い」
「良いのっ!?」
「まぁ、俺だけ美味いものを食べてくるのもな。金の問題はないし好きに飲みな」
喜びつつ確認してくるララにそう返すと、彼女は再び抱き着いてきた。
ガバッ!
「やったぁ!1人でもお酒があれば寂しくないわ!」
この喜びようだと渡した金を使い切りそうだな。
まぁ、ララはスキルで酔いを覚ませたりするらしいし、どれだけ飲んでもアルコールで身体を壊すこともないだろうから問題はないか。
というわけで。
俺は少し時間を潰し、機嫌の良いララに見送られて再び冒険者ギルドへ向かう。
そして……
翌朝、裸のナタリアさんとジェミナに挟まれて目を覚ますことになった。
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