第28話 早速揉める
解体場から表側にあるギルドへ向かうには、外へ出る必要はなく直通の通路を使うそうだ。
ゴロンド氏は解体場に詰めているらしいが、ギルド長のフランチェスカ氏は基本的に表側のギルドに居るらしい。
さっきはその通路を通って来たわけだな。
ジェミナのブースを出た俺がその通路を通ると……解体場と変わらぬ喧騒の中、仕切りのあるカウンターに美女の並ぶ光景があった。
それぞれに順番待ちの列が出来ており、パッと見た感じでは男ばかりである。
代表者だけが受付に来て混まないようにと、査定表には関係者の名前などが列記されることになっているはずなのだが……普通に混んでるな。
時期や時間のせいか、それともただ受付嬢に会いに来てる奴がいるのか?
その先頭で対応してもらっている男達の中には受付嬢を口説いている者もいるようで、後ろに並ぶ男達から文句を言われていたりもした。
「なぁ、報酬も入ったし今夜どうだ?」
「いえ、生憎予定が……」
「おい、手続きが終わったんならさっさと退けよ!」
「そうだそうだ!」
「ナタリアは俺達と飲むんだよ!」
「何!?俺達とに決まってんだろ!」
「いや、俺達とだって……」
やけにモテるな、ナタリアさんとやら。
というか……荒っぽい男が多い。
戦うことが多い仕事だし、血の気の多い人間が多いのかな。
そのためか、冒険者たちのように武装している警備員も配置されている。
あの様子を見る限り、ララから聞いていた通り下手に時間を掛けると絡まれかねないな。
俺は冒険者としての登録までやるので、どうしても時間は掛かってしまうのだが。
そんな様子を見て、なるべく早く処理してくれそうな受付嬢を探そうとすると……解体場のジェミナが言っていたことを思い出す。
受付に彼女の友人がいるんだったな。
解体場で紹介してもらったから、という形でそのカウンターに行けば多少は大目に見られるか?
確か名前は……ナタリアだったわ。
俺は再度彼女のカウンターを見る。
「よぅ、ナタリアって言ったか。今夜俺の部屋に来いよ」
「いえ、今夜はちょっと……」
今度は別の、大柄で筋肉質な男に誘われていた。
こりゃ無理だな。
ギルド内を見回すと、いくつものテーブルと椅子が置いてあるスペースがあった。
今は空いているが……中には冒険者と商人らしい人が話し合ったりしているテーブルもあるので、あそこは打ち合わせ用のスペースとなっているようだ。
よし、あそこから受付を観察して仕事が早そうな受付嬢を探すとするか。
そう思って打ち合わせ用のスペースへ向かおうとすると……背後から怒号が聞こえてきた。
「いいから相手しろっつってんだよ!A級下位の俺達がわざわざこんな田舎に来てやってんだからよぉ!」
「キャァッ!」
ビリィッ
振り返るとナタリアさんを誘っていた男が激昂しており、彼女の胸ぐらを掴み上げていた。
それによってナタリアさんのブラウスが無理矢理に開かれてしまい、たっぷりとした
「「おお……」」
その光景に喜ぶ男達がいる中、彼女を掴む男の後ろからはこんな声が上がった。
「コイツを怒らすとヤバいぜ?舐めた態度の女はグチャグチャにされるしよ」
「そうそう。終わったらドロドロの顔で土下座させられることになるしな」
「まぁ、そのドロドロには俺達のも混ざってるけどよ」
「ヒッ……」
どうやらあの男達はお仲間らしい。
あの男ほど大柄ではないが、仲間である以上はそれなりに実力があるのだろう。
そんな男達の声に小さく悲鳴を上げるナタリアさんだが……警備員は目を逸らすだけだ。
上の人に報告ぐらいは行ってもいいんじゃないかと思うも、
「下手に動くやつは顔覚えとくぜ。女ならそのナタリアってのと同じ目に遭わせてやる」
「「……」」
そう言われては動けないようで、警備員だけでなく他のカウンターにいる受付嬢も気不味そうに自分の席に着いたままだった。
受付嬢はともかく警備員が動かないのはどうなのかと思うのだが、あの様子だとランクを聞いて自分達では対応できないと考えているからかもしれない。
にしても、その土地の国にすら影響力が大きい冒険者ギルドでこんな真似をして問題にならないのだろうか?
ナタリアさんを掴んでいる男は「こんな田舎に」と言っていたが……それが関係あるのかもしれないな。
そう考えていると、奴は露出されたそこに手を伸ばす。
「俺の手には丁度いいデカさじゃねえか。少し味見でもしておくか」
「い、イヤッ!」
グッ
その言葉に前を隠す手に力を込める彼女だが……そこで男は伸ばしていた手を引き、平手にして構えた。
スッ……
「この身体なら……まぁ、ちょっとぐらい顔が崩れてもいいか」
「っ!?」
バッ、プルンッ
その言葉を本気だと察したのか、ナタリアさんは即座に手を下ろす。
それによって押さえつけられていた胸が開放され、下着の中ながらもその大きさ故に揺れていた。
男はそんな彼女の態度に気を良くし、再びその胸に手を伸ばす。
「フン、最初からそうすりゃいいんだよ。どれ……」
「うぅ……」
自身の胸に近づいてくる手に、嫌そうな顔ながらも殴られるよりは……といった態度のナタリアさん。
うーん……
一応は穏便に済むのならと静観していたが、周りの様子を見るとエスカレートする可能性が高く思える。
流石にこの場でとはいかないだろうが、そうでなくても碌でもないことにはなりそうだ。
様々な作品の中には、魔法や特殊応力が封じられたり失われたりする展開があった。
それが自分に起きないという保証はなく、ゴーレムの力が使えなくなることを懸念して荒事に首を突っ込みたくはなかったのだが……
この力を持っていて見過ごすのも気分は悪いし、まぁ……面倒なことになったら町を出て逃げりゃいいか。
そう考えた俺は打ち合わせのスペースに座ったまま、ナタリアさんの胸に触れようとしていた男の手を氷のゴーレムで覆った。
ピシッ
「なっ!?何だこりゃあっ!?」
「「「えっ!?」」」
白い氷に包まれた男の手に、周囲の人から驚きの声が上がる。
「お、おい。大丈夫か?」
「ぐっ……う、動かねえっ!」
グッ、グッ……
仲間に問われ、空宙に固定された手をなんとか動かそうとしながらそう答える男。
ふむ、相手にA級下位の実力があっても動きを止められるのか。
そんな男はナタリアさんの胸ぐらを掴んでいた手を離し、白い氷をなんとか外そうとしているが……
「クソッ、取れねえし冷てえ!氷か?」
「氷?何で氷なんかがここに?」
「魔法じゃねえのか?」
「クソッ、どいつだ!?」
凍って宙に固定された男の手を動かすため、とりあえず後ろから男を引っ張る仲間達。
これが魔法であると予想はできているからか、周囲を見回しながら怒号を上げる。
「テメエか!?」
「い、いや。違う」
「ならテメエかぁっ!」
「お、俺じゃねえよ!」
ああ、これはいかん。
このまま黙っておくと他人に迷惑が掛かるな。
というわけで……俺は軽く手を上げながら声を掛けた。
「はーい、俺ですよー」
「「「っ!?」」」
ギルド内のほぼ全員が俺を見る。
他の人達はともかく、手を凍らされた男とその仲間の目は非常に怖かった。
「テメエかぁ……とっととこれを消しやがれ!」
「そうだそうだ!死にてえのか!」
「魔力が尽きたらどうせ解除されるだろうが、自分から解除したほうが身のためだぜ」
「そうだな。まぁ半殺しにはなるだろうが殺しはしないでやるよ」
男に続き、その仲間達が俺を脅してくる。
「……」
「……チッ、しょうがねぇ」
俺がそれに答えずにいると1人がそう言い、連中は動けない男から離れて剣呑な雰囲気で近づいてきた。
それを……俺は凍らせた男の手を操って妨害する。
グイッ
「うおっ!」
凍った手が勝手に動き出し、驚きの声を上げる男。
更には、その後の動きで奴は警告の声を上げることになった。
「ん?どうし……」
「避けろっ!」
ドガッ!
「ぐぁっ!」
警告の声は間に合わず、連中の1人が凍った手に殴り飛ばされる。
「な、何をっ!?」
「違う!俺じゃねえ、手が勝手に動いたんだ!」
仲間に疑われ、即座に弁明する男。
実力はともかく、仲間内での立場にそこまでの差はないのか?
そう思っていたところ、男達はその言い分を聞いて犯人が俺だと考えたらしい。
倒れた1人も動けないほどではないのか立ち上がり、俺を睨みながら近づいてくる。
今ので引き下がらないか……なら仕方ない。
俺は"格納庫"で氷のゴーレムを増産し、連中の身体を掴めるぐらいに大きな"手"を作る。
そしてそれを連中の背後に出現させ、その内の1つを介して全ての手を操ると連中を掴んで持ち上げた。
フッ、ガシッ!
「なっ、何だぁっ!?」
「これはっ……」
「う、浮いてる!?」
「クッ……これもテメエかぁ……」
自分達の状況にジタバタしながら焦る男達。
そんな中、手を凍らせたままの男は俺へ明確な殺意を向けてきた。
うわ、怖。
逃げる準備はしておこう。
そんな俺に男は名乗ってくる。
「俺はA級下位のブロッグスってんだ。テメエは?」
「教えたくないんですが」
「別にいいぜ、お前を知ってる奴が出てくるまで聞き込むからよ。もちろん
その発言の意図するところは明らかであり、そう言われれば答えないわけにもいかないか。
ただ、名乗る前に確認しておこう。
「身動きが取れないのに随分強気ですね」
「ああ?4人も同時にやってりゃ、どうせすぐに魔力切れで解けるだろうが」
「ああ……なるほど?」
単に時間切れで有利になると踏んでいるのか。
連中が何か特殊な能力を持っているのかと懸念していたが、彼らに対しては杞憂だったようだ。
魔力の方は問題ない。
どれも十分な量と出力がありその出力のせいで少し大きめの魔石を核としているが、それを見せないために氷を白くしてあるんだしな。
氷が白いということは空気を含んでいて幾分脆いということになるが、男達は氷を攻撃したりしておらず、攻撃されたとしても即座に修復するので問題ない。
となると問題は……ここからどう対応すべきかという点だ。
それを確認するため、俺は席を立つと受付へ向かう。
「あのー、どうしたらいいですかね?アレ」
「え、えぇと……」
俺の問いに戸惑うのはナタリアさんだ。
こういうときには当事者より公平な目で見ることができる第三者に聞くべきなのだろうが、怖い目や恥ずかしい目にあっただろうし、まだ登録していない俺であればギルドの規約から逸脱した対応も可能である……と思う。
「俺はまだ冒険者としての登録はしてないんでね。一般人として蛮行を止めるという建前で、多少のやりすぎは許されるんじゃないかと思うんですが……こういう風にね」
それを伝えると俺は男達を二人一組で向かい合わせ、頭同士をぶつけ合わせた。
スゥッ……ゴッ!
「「「ギャッ!?」」」
いきなり頭突き合いをさせられ、悲鳴を上げる男達。
当然、連中から非難の声が上がる。
「て、テメエ!やりやがったな!」
「どうなるかわかってんだろうな!」
「簡単に死ねると思うなよ!」
「……」
1人、ナタリアさんに掴み掛かっていた男は静かだが……何かに気付いたのか、少し顔色を悪くしていた。
その様子に仲間達が気付いて声を掛ける。
「どうした?」
「打ち所が悪かったか?」
「アイツを殺す方法でも考えてんのか?」
そんな言葉に男はこう返す。
「いや……魔法を同時に、俺の手の分も入れて5つも使える奴なんているか?」
「「「えっ……?」」」
その発言にはその男達だけでなく、色んな人が今気づいたかのように声を漏らした。
なんだ。
驚かれなかったから珍しいものではないのかと思っていたが、複数の魔法を同時に使えることは普通じゃなかったらしい。
今までそこに思い至らなかったのは……男達は頭に血が上っていたからかもしれないが、周囲の人達はそこよりも揉め事の成り行きのほうに意識が行っていたからか?
まぁいい。
ならばと俺は氷の手を増やしてみせることにする。
「これが限界ってわけでもないんですが」
ブワッ
「「「っ!?」」」
ギルド中に50個もの氷の手が現れ、その光景に全員が声を失う。
ちなみに、統一したほうがなんとなく扱いやすいので全部右手だ。
これらは魔境で境核の捜索に使ったゴーレムの数に比べると六分の一だし、全部を同時に運用してもなんともない数である。
「な、なにもんだテメェ……」
件の男は先程よりも顔色を悪くしてそう問い掛けてくる。
それに答えたのは……いつの間にか階段から降りてきていたらしい、解体場でも聞いた声だった。
「その男は"
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