第26話 鑑定結果

「あ、これ変異種ですね。鑑定に掛けますか?」



先に解体場でゴブリン達のモノを換金しようとしていたのだが、俺を担当しているジェミナは青いゴブリンのモノを見てそう言ってきた。



「えーっと、長さや太さを測っていたのは鑑定じゃないんですか?」


「それはただの査定ですねぇ。提出された物から魔物の全体像を想像して、それを元に報酬を決めてるんですよ」



そうだったのか。


まぁ、鑑定は対象の素性がわかるそうだし、普通に測定するのとは別物ということだよな。


その鑑定を行うかと聞いてきたということは、青いゴブリンが特殊な存在だと思われるからだろう。


ただ……その確認を取ってくるのは何故だろうか?


それを聞くとこんな答えが返ってくる。



「鑑定は有料なので」


「でしょうね」



特殊な道具を使うらしいし、普通の道具ではなくマジックアイテムというやつだろう。


マジックアイテムは動力として魔石を使うと聞いているので、それで無料というわけにはいかないようだ。


そう思っているとジェミナは追加情報を出してくる。



「あぁ、脅威度が一定以上だと認められれば無料になりますよ。上司の認定も必要ですが」



担当者1人では客と共謀して普通の魔物を変異種として処理してしまえるので、それを防ぐためにそうなっているらしい。


最初に俺の名前を書き込んだ査定表には彼女の名前も担当者として追記されており、誰がどの客を担当して鑑定をしたのかは記録しておくことになっているのですぐにバレるそうなのだが……やる奴はやるからそうなったそうだ。


さて。


青いゴブリンは下級の体格だったが、戦闘力はともかく厄介な能力を持つ存在だった。


となれば普通のゴブリンよりは査定が高くなるだろうし、明日以降の宿代がないこちらとしては鑑定を断る理由はない。



「じゃあ、鑑定をお願いします」


「はーい。じゃあ呼んできますねー」


「呼んでくる?」


「ええ。鑑定するのは上司なので」


「なるほど」



鑑定の道具を扱うのは上司なのか。


鑑定が各地で普及しているサービスでそれなりの数があるとは言え、マジックアイテムである以上はその扱いに慎重さが必要なのだろう。


それに脅威度の評価も上司がやるとなれば、鑑定からその上司に任せたほうが効率は良いだろうしな。


そう納得している俺を置いて彼女はブースを出ると……程なくして大柄な男を連れて戻ってきた。


筋肉質でスキンヘッド、更には頬にデカい傷がある。


冒険者だと言われたほうが納得できる容姿だな。


そんな彼が自己紹介をしてくる。



「ゴロンドだ。元はB級中位までいった冒険者だから、脅威度の判定はそれなりに正確だと思うぞ」



俺が初顔だからか、もしくは冒険者のようだと思った内心を察してかそう言って名乗るゴロンド氏。


他にも鑑定の担当者がいるのかは知らないが、こちらとしては正しく判定してくれれば問題ない。



「ジオです。よろしくお願いします」


「おう」



その流れで俺も名乗ると鑑定が始まる。



「じゃあ、始めるか」


ゴトッ



そう言ってゴロンド氏がテーブルの上に箱を置き、それを開いて中から鑑定の道具を取り出した。


出てきたのは……大きな虫眼鏡だ。


大きいとは言ってもレンズ部分が直径20cmぐらいの物であり、持ち運ぶのに苦労するほどではないだろう。


普通の虫眼鏡と違うのは、フレーム全体に何らかの模様が描かれていることだ。


まぁ、ただの装飾である可能性もあるが……



「それが鑑定に使うマジックアイテムですか?」


「ああ、ここに魔石を入れて使うんだ」



彼は持ち手の端を摘むと捻って引き出し、その中が空洞になっていることを見せてくれる。



「へぇ、じゃあそこまで大きい魔石は使えないんですね」


「ああ。ただ、小型で魔力が多いって魔石が必要でな。相当に貴重ってほどじゃないんだが珍しいんで普段使いは出来ねぇんだ。だから普通に調べてわかるような物にはあまり使わねぇんだよ」



魔石は基本的に魔力が多いほど大きい物である場合が多いらしく、鑑定のマジックアイテムに使える魔石は微妙に珍しいようだ。


使うとすれば、今回のように変異種の疑いがある物を調べる場合や、真贋の見極めが必要な場合になっているらしい。


「あまり使わない」と言っているように、頼まれれば有料で使ってもいいぐらいの感じらしいけどな。


それを聞いて俺はレンズ部分に注目する。


見た感じでは本物のレンズというわけではなく、ただのガラス板がはめ込まれているように見えた。


まぁ、拡大して調べるための道具ではないだろうからそれはいいが、対象の情報はどうやって見るのだろうか?


そこを気にしていると、ゴロンド氏がそのマジックアイテムの中に魔石を入れて蓋を閉じた。


それと当時にフレームの模様がぼんやりと白く光る。



ボワァ……



「おお……」


「これが動いてる状態だな。この状態で調べたい物をコイツを通して見るんだ」



そう言うと、ゴロンド氏は鑑定のマジックアイテムを青いゴブリンのモノに向ける。



スッ……


「……」

「……」

「……?」



何も起きない。


しかしゴロンド氏とジェミナは平然としており、これはごく普通のことであるようだ。


なのでそのまま待っていたところ……1分ほどして、レンズ部分に青い光で文字が浮かび上がる。



ホワァ……


・ゴブリン

 ・ノーマル(変異種)

  ・完全認識阻害



どうやら種族に階級、それと特殊な能力があればそれらが表示されるようだ。


実際には日本語に見えず、それでも理解できてしまうことに違和感があるのだが……慣れるしかないか。


そんな事を考えている俺を余所に、ゴロンド氏とジェミナは表示された内容に険しい顔をしていた。



「変異種なのはともかく、完全な認識阻害だと?」


「それって、目の前にいても気付けないってことですか?」


「ああ。ただの認識阻害ならできるやつはできるんだが、流石に目の前にいても気付けないほどじゃない。だが完全にとなると……」



そこまで言うとゴロンド氏は俺を見る。



「……どうやって始末したんだ?」



まぁ、そこが気になるよな。


あのゴブリンの能力が"完全に認識できない"というものであるのなら、元冒険者としてそんな相手を殺した手段を聞いておきたくもなるだろう。


どうするかな。


下手に誤魔化せば、誰かが始末していた死体から回収してきただけだと思われかねない。


それでは金にならないかもしれず、鑑定代でマイナスになってしまう可能性がある。


なので俺達が倒したことにはしなければならないのだが……


寝込みを襲ったと言うのは難しい。


魔物は人間を遠くから察知できるようだし、実力としてはノーマル級のアイツが単独で寝ているはずもなく、こちらが襲う前に仲間が気付いて起こすだろう。


となれば普通に戦ったことになるわけで。


実際にはゴーレムのお陰で奴を補足できたわけだが、現時点ではゴーレムのこと自体を隠しておきたい。


……ララの存在を利用するか。


彼女の正体は隠しておくにしても、"ルル"としては普通に行動を共にするつもりだから問題ないよな。



「えーっと、護衛として連れている剣士がいるんですが女でして。奴はそこに気付いてか、俺よりも防具で身を固めていた彼女を狙ったんです」


「え、大丈夫だったんですか?」



心配したジェミナに答える。



「ええ。奴はナイフを使っていましたが防具で防ぐことができたようで。そこで襲ってきた何かがいると気付いて周囲を氷漬けにしたんです」


「氷漬け?魔法使いか」


「ええ、このように」


タプン……ビシッ



今度はゴロンド氏にそう答え、魔石が握り込んだ手の中心に来るよう水の塊を出現させた。


更にそれを氷に変化させるが……彼はその後の対応を聞いてくる。



「それで拘束はできたんだろうが、その後はどうしたんだ?このゴブリンがスキルを使ってりゃあ、氷の中にいても気付けないんじゃないか?」



その問いに俺はこう答えた。



「特に何も」


「何も?」



訝しげなゴロンド氏だったが……彼は続けた俺の言葉に納得する。



「ええ。ゴブリンも呼吸をするようですし、そのまま待ってれば死ぬんじゃないかと。実際にその通りで、いつの間にか氷の中で姿を現してましたから」


「なるほど、息をできなくして始末したってことか」


「ほぇー……」



彼と共にジェミナも感嘆の声を漏らし、鑑定のマジックアイテムと俺の間で視線を行き来させていた。


それで2人を納得させることはできたようなので、氷のゴーレムとなったそれを"格納庫"へ仕舞っておく。


すると……ゴロンド氏は査定表を確認してから聞いてくる。



「全部で33体か……全滅させたのか?」


「ええ。最寄りの村の人達が利用していた洞穴をねぐらにしていたようですが、そこにある数だけでした」



そう言いながら、俺が作業台に乗っているゴブリンのモノを指で指すと彼は頷いた。



「そうか。名前しか書いてねえってことは、お前は冒険者じゃねえのか?」


「まだですね。この後登録してみようかとは思ってますが」



冒険者であれば依頼以外でもギルドでの評価を稼げるようにするため、ギルドの登録証に記載されている情報もあの査定表に書いておくようだ。


複数人でもそれは同様であるらしく、それ故に解体場には査定対象に関わった人間が全員やって来ることもあるらしい。


持続的なチームを組んでギルドに登録していれば、代表者や担当者に任せることのほうが多いそうだが。


これは受付が混み難くするためで、男が多い冒険者が美女の多い受付に押し寄せるのを防ぐためであるようだ。


美女か……特に何かをする気はないが、そこは少し楽しみでもある。


ゴロンド氏はそんな俺の予定を聞くと、話しながら査定表に何かを書き込み始めた。



「この青いゴブリンはかなり厄介な魔物のはずだ。食料や女を人知れず奪うことができ、それによって数を増やすことも容易かっただろう」


「はあ」


「だから俺としては相当高く評価したいところなんだが、そこまでとなると俺の一存では評価を確定できん」


「そうなんですね」



まぁ、評価というものは見る人の立場によって変わるだろうし、今回は現場の人間だけで決めるべきではないということなのだろう。


青いゴブリンの場合は視野の広い見方をしたほうが良さそうだしな。


それは理解できるのだが……ゴロンド氏の続けた発言に俺は戸惑った。



「というわけで、俺だけでは評価が難しいからここのギルド長に判断を仰ぐ」


「えっ」

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