第25話 まずは解体場へ
俺達はイスティルへ入る列に並び、自分たちの順番を待つ。
先ほど声を掛けてきた女は俺達から離れて先に並んでおり、程なく荷物の検査を受けて町の中へ入っていった。
そうしてしばらくすると俺達の順番が来たので担当者の下へ進み、定型文であろうセリフで迎えられる。
「見ない顔だな、イスティルへようこそ。来た目的は何だ?」
「冒険者になろうかと」
「ふむ……商人でもないのか?」
彼も俺の格好で商人の可能性もあると思ったようだ。
それには首を横に振る。
「今のところはまだですね。必要であれば商人ギルドにも登録しようとは思ってますが」
「ということはどちらの登録証も持っていないのか。そっちの女もか?」
「ええ」
「なら通行料は1人1000コールだ。冒険者ギルドに登録した後なら半額になるぞ」
「ああ、そうなんですね」
それを聞いて、依頼の報酬として貰った分から金を出そうとすると担当者がそれを止めてきた。
「ああ待て、支払いは荷物の検査が済んでからだ。持ち込めない物を持っていたら入れられないからな」
武器を持ち歩いていてもおかしくはない世界だが、だからといって何でも持ち込んでいいわけではないのだろう。
先に入っていった人達も受けていた検査だし、俺達は素直に応じることにする。
スッ、スッ……
「よし、次はそっちだ」
俺の身体検査を済ませた担当者はそう言うと、ごく当たり前のようにララへ手を伸ばす。
担当者は男であるが女に対しての持ち物検査も普通のことであるらしく、ララは若干嫌そうではあるが大人しくそれを受けた。
スッ、スッ、ススッ……
「よし。では荷車の方を」
彼女のお尻を調べた時間は少し長かったが……担当者も数をこなす必要があるからか、多少は機嫌を良くしつつもさっさと仕事を進めることを優先したようだ。
そんな彼に俺は荷車の木箱を開けてみせると、まずはその箱自体に注目される。
「釘を使っていない木箱か」
この木箱はゴーレムの力で作った物だが、そのまま箱状に変形させては継ぎ目がなくなってしまう。
流石に継ぎ目がないと大木から態々削り出した物だということになるし、そうなると中に入っている物も余計に注目されてしまうかもしれない。
それは面倒なので釘を使わずに組める木材を作り、箱として組んだ物を使っているのである。
「あぁ、釘がなかったんで何とか作ったって物なんですよ」
「そうか。中々良く出来てるんじゃないか?」
それ自体は少し珍しくはあるも全く存在しないわけではないらしいので、俺の説明に担当者はすんなり納得する。
次に彼は木箱の中を調べ始めた。
食糧の入った袋を確認し、それをどけると"主"の防具を調べ始める。
「何だこれは?防具のようだが大きすぎるな」
やはり防具に注目されるか。
明らかに人外のサイズだしな。
怪しまれれば出処を聞かれるだろうし、余計な疑いを持たれないようにこちらから説明しておこう。
「遠くのとある土地で、魔境を征服したときに手に入れた物ですね」
"魔境"を潰すことは"征服"などと言うらしく、それによって手に入れたことを明かす。
土地のこと以外は事実だし、態度にそこまで怪しい様子は出ないだろう。
その話に担当者は驚く。
「魔境を?2人でか?」
それにはすかさずララが答える。
「いいえ、彼が1人でやったわ」
「はあ?」
更に驚く彼の様子から、やはり魔境を1人で潰すというのは珍しいことなのだろう。
魔境が発生すれば魔物は増えるし、その魔物によって境核が隠されたりしてしまうからな。
俺としてはララと一緒にやったことだと言って欲しかったのだが、公平を重んじるらしい彼女としては俺の功績に乗っかることに良い顔をしなかった。
そこに関しては無理にというわけでもなかったので俺はそれを受け入れ、事実で答えることになっている。
となれば……驚いている担当者は信じていなさそうだし、彼を納得させるために多少なりとも俺の力を見せておくしかないか。
あくまでも魔法っぽく見せないとな。
「まぁ、俺はこういう事ができまして」
フッ、タプンッ……
「っ!?魔法か、とはいえ1人では……」
俺は拳を握り、その中にゴーレムの核が来るように調整して水球のゴーレムを出現させた。
宙に漂う水の塊に担当者は少し驚くが、これだけで魔境の征服を単独で成し得たとは思えなかったようだ。
そこで、彼に俺が魔物を狩るイメージを湧かせようとゴーレムを変化させる。
ジャババッ……ビシッ
「うわっ!?」
水球は俺の指示で蛇のように形を変え、彼の両足に絡みつくと氷になった。
切り離せばゴーレムとして操作できなくなるのでこういう方法にしたのである。
それによって担当者は足を動かせなくなり、魔物を足止めや拘束をして狩るという戦い方を理解できるだろう。
「わ、わかった。これを解いてくれ」
予想通りに俺の力を理解したのか、彼はすぐに拘束を解除するようにと言ってくる。
従わずに続けて敵対行動だと見做されるのも不味いので、俺は言われた通りに氷の拘束を解除した。
「はい」
フッ
「っ!?ハァ、こんな事をできるやつがいるとは……」
担当者はそれに安堵して一息つくと、別の疑問が湧いたようだ。
「遠くの魔境で手に入れたと言っていたが、ここまで持ち歩いているということは何かに使うのか?」
そこを気にするか。
まぁ、遠くからと言っていたのにこんなサイズの防具を処分していなければそれも当然だな。
その疑問にはこう答えておく。
「まぁ、使い道はありますね。今のところは秘密ですが」
先ほど絡んできた女の態度から、手の内を隠しておくのも普通のことのようなのでそう言っておいた。
それは問題なく通り、彼は納得すると俺達を通すことにしたようだ。
「そうか……まぁいいだろう、1人1000コールだ」
それに応じて俺達は2000コールを支払い、ようやくイスティルの中へ入ることができた。
「おお……」
町の中に入ると、数多のファンタジー作品で見たような光景が広がっていた。
道は舗装されていないが中世西洋風の建築物が並び、それに見合った格好の人々が行き交っている。
それらを見回しているとララが忠告してきた。
「町は初めて?珍しそうに周りを見てるとスリやボッタクリに目を付けられるわよ?」
「ああ、そうか。そういうのもいるか」
元の世界でも、上京した人間がそういう連中に目を付けられるというのはよく聞く話である。
幸い俺は引っ掛かったことはないが……チラシ配りの人が大変そうだからと貰ってあげようとしたら怪しい集会に勧誘してきたので、それ以降は無視することにしていたな。
気をつけていこう。
「忠告助かるよ。じゃあ、まずは宿を探そうか」
「そうね。荷車と荷物もあるし、ある程度はちゃんとした宿が良いとは思うんだけど……」
基本的には宿に居てもらうララだが全く出歩かせないわけではなく、あくまでも彼女の素性がバレないように冒険者ギルドへ近づけさせないだけだ。
そして荷車などのゴーレムに出来る荷物は"格納庫"に入れておくこともできるが、肝心の"主"の防具が入れておけない。
そうなると荷物を単独で部屋に置いておくことになるし、ある程度の防犯意識がある宿にしたいところである。
となれば、客引きをせずとも経営に問題がない宿にしたいのだが……土地勘がないどころかこの世界の知識に疎い俺では探すのに手間取るだろう。
というわけでララに聞く。
「ルル、良い宿を知らないか?」
「うーん、昔の記憶だよりになるけど……」
彼女の言う"昔"は30年前なのだか、とりあえず参考として教えてもらう。
まぁ……ララもこの町に長く居たわけでもないらしく、当時は評判が良かった宿をいくつか挙げた。
当然ながら、彼女が利用した宿は素性がバレるかもしれないので避けることにする。
「はい、では一泊ですね」
到着した宿は一階に食堂兼酒場があるそこそこ大きな宿で、その規模故に荷車の管理もしてくれる所だった。
時間的にはまだ夕方にもなっていないが、そこそこ混んでいるのは収穫時期で町に来る人間が多いからだろうか。
そんな店内を行き交うウェイトレスは美女や美少女が多く、スタイルも良い人材が揃っていた。
そういったことも含めてなのか……そのぶん宿泊費は高くなっており、手持ちの金では一泊しかできないのだか。
なので冒険者ギルドで登録するついでにと、これまで集めたゴブリンのモノを換金することにした。
「いってらっしゃーい♪」
というわけで。
金銭的な問題で同じ部屋に泊まることになったからか、機嫌の良いララに見送られて俺は宿を出た。
ララと宿の人に聞いた限り冒険者ギルドの場所は昔と変わっていないようで、特に迷うことなく目的地に到着する。
デカい組織なだけあって建物が大きく、出入りする人間もそれなりに多い。
時間的にはまだ夕方になっていないぐらいだし、そうなるとこれから仕事を終えて依頼の報告に来る人が増えてもっと混んでくるだろう。
早い内に用事を済ませたほうがいいな。
俺はそう考えると裏手に回る。
表側にある受付では採取物や討伐証明の確認をしておらず、それらを裏手の解体場で済ませると発行される書類を提出して依頼の手続きをする場所らしいからな。
冒険者でなくとも襲われて仕方なく魔物を狩ることがあるそうだし、その討伐証明として魔物の一部を換金することは一般人でも可能だそうだ。
なので、時間が掛かるかもしれない登録手続きの前に荷物を減らしておこうと考えたわけである。
ワイワイ……ガヤガヤ……
そうして向かった解体場にもそれなりの人間が出入りをしていた。
中心にある大きな水車を囲むようにあるいくつもの区切られたブースで解体などをするらしく、そこが空くのを待っているようだ。
んー……解体が不要な物は建物の壁際に並ぶブースで受け付けるようで、比較的荷物の少ない人達がそちらへ並んでいたので俺もそれに倣う。
荷車は宿に預けてきており、荷物と言える物は革袋1つだしな。
「お次の方ー」
冒険者でなくても解体場に来る人間は普通にいるからか、それらしくない格好の俺でもさほど目立たずに自分の順番を迎える。
俺を呼びに来たのは作業着を着た若そうな女で、肩より少し長い程度の黒髪が目元を隠していた。
しかし暗い性格というわけではないようで、俺を自分のブースへ案内する前に質問してくる。
「ここでは初めての方ですよね?」
「ええ」
「では最初に聞いておきますが、担当が私でも構いませんか?」
「何か問題でも?」
「いやー……物によっては重かったりもしますので、力が足りずに素材を駄目にされるのを嫌う人もいまして」
ああ、落としたりして素材の価値が下がったりすればそれは嫌がるだろう。
ただ、今回の俺には問題ない。
「大丈夫です。今回は重い物じゃありませんので」
「そうですか。じゃあ、今回はこのジェミナが担当しますねー」
「はい、お願いします」
そんなやり取りをして彼女は俺を自分のブースに案内し、到着すると入口を衝立で塞いだ。
「こうしないと、無関係な人が入り込んで懐事情を探ろうとしたりすることがありますからね」
その様子を見ていた俺にジェミナはそう説明すると、血で汚れることもあるのかその跡がシミとして残っているテーブルの向こうに周り仕事を進める。
「えーっと、お名前は?」
「ジオです」
「はいはい……っと」
まずは俺の名前を聞き、書類に書き込むと持ち込んだ品を聞いてきた。
「それで、今回お持ちなのは何でしょう?」
「あー……」
そう問われて若干気不味くなる。
提出するのはゴブリン達のモノであり、女に出すのはセクハラにならないかと思ったのだ。
担当が自分でいいかと聞かれた際、その点のことがすっかり抜けていた。
しかしまぁ……彼女で良いと言った手前ここで出さないわけにもいかないので、冷ややかな目を向けられても甘んじて受け止めるとしよう。
そう覚悟して革袋をテーブルに置く。
「えーっと、これです」
ドンッ
「あら、大きくはないですけど重そうですね」
ジェミナがそう言うだけあって重そうな音がしたのだが、それは俺が細工をしていたからである。
その事情を説明しながら、俺は革袋の中身を出して見せた。
「いえ、素材自体はそこまででもありませんよ」
ズッ、ゴトッ
「え?氷……ですか?」
そう。
彼女の言う通り、俺はゴブリンのモノを氷漬けにしておいたのだ。
"格納庫"に入れてあった物だが、換金するにあたってやったことである。
生モノの常温保存など、秋口らしいこの時期でも数日あれば傷んで異臭を放ってしまうかもしれない。
そこで傷むことのなかったゴブリン達のモノだが、そのまま出せばどうやって鮮度を保ったのかと疑問に思われるだろう。
それを避けるため、魔法で氷漬けにしておいたことにしたというわけである。
町の入口でも水を氷にして見せたし、必要になったら彼に証言してもらえないかと期待しよう。
ここまでするのは……異空間への収納というものが、悪用を疑われればそれを晴らしようがない力だからだ。
他人が中を確認できない以上、全部排出したとしてもそれを証明できないからな。
そんなわけで氷漬けにしたゴブリン達のモノを、魔石を握り込んだ手で触れながら解凍する。
「氷は保存のためにやったことです。確認していただきたいのはその中身でして」
タプンッ……フッ
氷が水になり、その水が消えて33本のモノが並ぶ。
魔境にいたゴブリン達のモノは、俺やララがあの森に居たことを隠蔽するために含めていない。
革袋1つに収まっていたのはそれらを除外してあったからだ。
で、そんな事情で出したゴブリン達のモノに、ジェミナがどう反応するのかが気掛かりだったのだが……
「あ、ゴブリンのモノですねー」
割と普通に対応された。
まぁ、それはそうか。
ゴブリン自体は珍しくないようだし、これまでに何度も対応しただろうからな。
変に気を遣いすぎたな……まぁいい。
「ふんふん……」
サッ、サッ……
慣れた手つきでモノを掴み、メジャーらしきもので長さや太さを測ったりする彼女。
鑑定には特殊な道具を使うと聞いているが、メジャー以外に使っている物はないな。
あのメジャーが鑑定用の特殊な道具なのだろうか?
そう思っていると……そんなゴブリン達のモノの中から、ジェミナはある1本に注目して言った。
「あ、これ変異種ですね。鑑定に掛けますか?」
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