第23話 鑑定、あるってよ!

「じゃあ戻るか」


「そうね♪」



俺の声に機嫌良さそうな声で応えるララ。


あれから数時間が経ち、その間に満足できたからだろう。


浴槽を使った入浴まで済ませた彼女は綺麗になった身体を再び鎧で包み、長大な剣を背負うと俺の前を進む。


"他者から認識されなくなる能力"を持ったゴブリンの件で、護衛を自負しながら何もできなかったのを気にしているようだ。


あれは俺のゴーレムのような、特殊な法則で動くものでなければ対応できなかっただろう。


なので気にしても仕方ないと思うのだが……言っても気にするものは気にするだろうし、これで本人の気が済むのなら好きにさせておくか。


そうして俺達はゴブリン達のねぐらを出ると、一旦放置しておいたゴブリン達の死体から魔石とモノを回収しつつ村へと帰還するのだった。





特に何事もなく村へ戻ると、村長であり依頼人でもあるラジル氏の家へと向かう。


ノックをすると彼の妻が出てきたので取り次いでもらった。


玄関で待っていると伝えたのもあり、程なくしてラジル氏はやって来る。



「おう、戻ったか。北側じゃ何もなかったらしいとは警備の者から聞いたが」


「ええ、その後に南側を調査しまして。その結果がコレです」



そう言って俺は手に持った皮袋を軽く上げる。


この皮袋はゴブリン達の塒にあった毛皮の一部を使った物だ。


もちろん革にする加工などはしていないので時間が経つと硬くなってしまうだろうし、だからこそ剥ぎ取ってから時間の経っていなさそうな、まだ柔らかいものをゴーレムとして成型した。


その中にはゴブリン達のモノが詰まっており、身体のごく一部とはいえ30本以上もあるので中々の大きさになっている。


それを見てラジル氏は目を険しくした。



「やはり、玄関でってことだったのはそれがあったからか。回収してきたのは鼻か?それともモノか?」


「モノのほうですね。全部で33本です」



その数に彼は更に目を険しくする。



「多いな。拠点を持っている規模じゃないか」


「丘に横穴を掘ったような場所を塒にしていたようです」


「丘に横穴……あぁ、動物を狩りに行く連中が休憩や急な雨宿りのために作った場所だな。そこまで広くはないはずだが」


「そうですね、ノーマル級のゴブリンでも30体以上入れば横にはなれなかったとは思います」


「ってことは広げる工事なんてしてないだろうし、そこで増えたわけじゃなく他所から流れてきた連中ってことか」



その場で増えたのなら数に合わせて拡張工事ぐらいはするだろうし、周囲に簡素な家屋を建てたりしてもおかしくはないそうだ。


まぁ、普通の動物でも巣作りぐらいはするからな。


それを聞いてあの場所の現状を報告する。



「おそらくは。暫く滞在して周囲の警戒をしてましたが、やって来るゴブリンはいませんでした。一応、見張りも含めて全滅させたつもりですが」


「ゴブリンは夜にも動くし、それに備えて昼間に休んでいることもある。この時間まで待って塒に戻る奴が一匹もいなかったんならもういないと思っても良さそうだな」



今は夕暮れ前と言ったところで、警戒していたという時間の殆どはゴーレム任せのタイムだったのだが……少なくとも起きていれば魔石の反応には気付くし、警戒をしていたことには違いない。


なので堂々と報告した俺の言葉にラジル氏は安心したのか、目にあった険しさを消して感謝の言葉を述べる。



「感謝する。急な上にギルドも通さず、報酬も大して渡せんというのに」


「いえ、お世話になってるだけでも十分なので」



そう返した俺に、彼は心配そうな顔をした。



「俺が言うのも何だが……大丈夫か?」


「何がですか?」


「欲がなさすぎだ。そんなんじゃ周りの連中に良いように使われるぞ?」



あぁ……報酬が少なくてもいいのならと、俺を利用しようとする連中が増えるのではないかと危惧しているらしい。


自身がそのうちの一人だと思っているからか、ラジル氏は気不味そうに言ってきたわけか。


それでもわざわざ言い出したのは、依頼を完遂した俺に対する誠意なのだと思われる。


そんな彼に俺は言葉を返す。



「大丈夫です。依頼は気に入らなきゃ断りますし、請けてもいいと思えるものを請けるだけですので。それに……」


スッ



俺は皮袋を軽く上げて言葉を続ける。



「知ってるでしょう?俺に欲がないわけではありませんよ」



その皮袋にはゴブリンのモノが詰まっているわけで。


それでを示唆した俺の言葉に娘のリンダを思い出してか、ラジル氏はニヤリとして頷いた。



「そう言えばそうだったな。まぁ、それでもわざわざここまで来てくれる冒険者に出す報酬としては安いんだが……今夜もそちらでをさせよう」



連日か。


今日はララともヤッたし、そこまでを欲してはいないのだが……あちらとしては誠意のつもりだろうし、ここで断って後から別の形で要求される可能性を潰しておきたい気持ちもあるのだろう。


であれば。


無理に断るのは逆にあちらを不安にさせてしまうかもしれないので、自分の身体をゴーレム化して体力もも回復させてからお受けすることにしよう。


そう決めたところでララが口を開く。



「ジオ、一応中のモノを確認してもらっておいたほうが」


「あぁ、それはそうだな」


「おぉ、すっかり忘れていた。娘を助けてもらって信用していたからかな」



彼女の言葉に俺とラジル氏はそう言い、玄関から少し離れた場所で回収したゴブリンのモノを確認してもらう。


すると……小山になったそれらを平らに均し、その中に青いモノがあるのを見たラジル氏が目を見開く。



「こ、コイツはっ!?」


「ご存知なのですかっ!?」



ついテンションを合わせて聞いてみると、彼が青いゴブリンについての情報を教えてくれるのかと思えば……



「いや、詳しくは知らん」



と返されて拍子抜けした。


続けて、顔を険しくしたラジル氏が俺に聞く。



「だが、特殊なゴブリンだったのは確かなんだろう?」


「ええ、まぁ。その場にいるのに見えなくなるような力を持ってました」


「何っ!?そりゃリンダ達を襲った連中の中にいた奴じゃねぇか?」


「え、そうなんですか?」


「姿を見たわけじゃないらしいがな。見えない誰かに手で突き飛ばされて、倒れたところを普通のゴブリン共に襲われたそうだ」


「それは……かなり運が悪かったのでは」



奴の力は音だけでなく、草木の動きすらも認識できなくなる。


となれば塗料を撒いたとしても姿を認識できず、広範囲に攻撃してダメージを与えるぐらいしか方法はないだろう。


普通に実力のある者でも奴の相手は難しく、そうなるとリンダを連れ出した2人の力不足を責めるのは酷だというものだ。


そう思っていた俺にラジル氏はこう返す。



「いや、連れ出さなければ遭遇することもなかっただろう。他の者が襲われることになったかもしれんが、それは少なくともリンダじゃなかったはずだ」


「あぁ、それはそうですね」



まぁ、女を連れ去られればゴブリンは増えやすくなるそうだしな。


ごもっともなその意見には賛同するしかなく、リンダを連れ出した2人の処分が軽くなることはないと決定した。


ここでラジル氏は険しかった顔を綻ばせる。



「ふむ。階級と違って実力を測るのが難しく、それも姿を消すような厄介な奴か。ギルドに報告すれば高く評価されそうだし、報酬も弾んでもらえるだろう」



彼は俺への報酬が少ないこと自体を気にしていたようで、だからこそ娘のリンダを始めとした村の綺麗どころを世話役として寄越した。


しかし、青いゴブリンの件で俺の収入が増えるのなら……と、幾分気が軽くなったようだ。


だが、そこで俺は首を横に振る。



「それはどうでしょうね?色で特殊な個体だとは判断されるでしょうけど、見えなくなる力があったことの証明はできませんから」



ララに聞いた話だが、スキルは実際に使っているところを確認できなければ持っているとは認定されないそうだ。


事前にそういった情報があれば、それを証明するための人員が冒険者ギルドから付けられるらしい。


となれば既に死んでいる青いゴブリンが厄介なスキルを持っていたという情報は俺達からしか出て来ず、それが報酬を釣り上げるためのでっち上げを疑われる可能性があるということだ。


なので報酬が増えるかは微妙なところだと言ったのだが……しかし、ラジル氏は首を横に振り返してきた。



「いやいや、ギルドで鑑定してもらえばいいだろう?」


「「?」」



鑑定……前世で色んな作品に出てきていた、対象の情報を見ることができる能力だろうか?


彼の発言に顔を見合わせる俺とララ。



「聞いていた話と違うな」


「私も知らなかったわ」



これは……おそらく、ララの知識が30年前で更新を止めていたからだろう。


本人も知識にブランクがあることを自覚はしていたはずだが、彼女の中では確かな情報だったことで俺に明言してしまったのか。


まぁ、そこを責める気はない。


この世界について何の情報も持っていなかった俺には、ララの古い情報でもあるだけマシだからな。


既に成人した姿である以上、何も知らなすぎると奇異な存在に見られるだろうしそれは避けたいところである。


幸いしたのは、今回の件をラジル氏が不自然だとは思わなかったことだ。


その理由は彼が自ら口にした。



「あぁ、冒険者ギルドにはまだ登録はしてなかったんだったな。一般にも知られてはいるが、馴染みがなくても仕方がねえか」



聞けば、鑑定というのは冒険者ギルドが数年前から扱っているサービスで、有料ではあるが対象がどんな物であるかを調べてくれるらしい。


これで証拠品の偽証が減り、それによってトラブルも減ったので大変重宝しているそうだ。


意図的かどうかはまた別の話だが、似ている回収物が価値の高い別物として提出されることはよくあったらしいからな。


で、それは商人ギルドからも利用されることになり、冒険者ギルドは商人ギルドに対する影響力を増したのだとか。


そんな"鑑定"ではあるが、それがどんなものかと言うと……とある"特殊な道具"を使うのだそうだ。



「へぇ、どんな物なんですか?」


「いや、俺も自分で見たわけじゃないから詳しくは知らん。ただ、それを通して調べたい物を見ると聞いたな」



見る、ということは……顕微鏡みたいなもので調べるのだろうか?


見ただけでわかるのかは疑問だが、特殊というだけあって何か秘密があるのかもしれない。


まぁ、どうせ冒険者ギルドには行く予定だし、そのときにギルドの人から聞けばいいか。





そんなわけで報告が終わり、ラジル氏と別れて宿に戻ると……リンダ達がやってきた。



「来たよー♪」


「おう……増えてないか?」



ドアを開き、笑顔で現れたリンダ達は……何故か昨日のメンバーに2人が加わり、全員で5人になっている。


増えた2人は顔を赤くしているが、それは人が増えた分だけ持ってきた水や食料が増えたことによる荷物の重量が原因ではないだろう。


どういうことだ?


ラジル氏との話で、依頼の報酬は青いゴブリンで増える見込みだということになっていたはずだよな。


その点についてリンダに聞くと、



「まだ討伐報酬が増えると決まったわけじゃないでしょう?それに見えないゴブリンなんて危険過ぎる魔物を片付けてくれたんだったら、それに見合うように労ってあげるべきだってね」



とのことだった。


見えないゴブリンが収穫期である現在の村を狙っていれば、納税分の収穫物まで盗まれ食糧不足になる可能性があった。


更にはゴブリン達が増える可能性も高くなっていずれは大きな群れになるかもしれず、この村には大きな危機が訪れていたかもしれなかった。


その2つの可能性を潰した功績は大きいということで、報酬の増量を人員で賄ったということだそうだ。



「「よ、よろしくお願いします!」」



赤い顔のまま頭を下げる増えた2名。


報酬として増えただけあって見た目も身体も悪くなく、リンダ達から聞いているのかその目は期待しているようにも見える。


というわけで。


俺は断るのも忍びなく、決めていたとおりに彼女達のを受けることにした。

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