第22話 視えないゴブリン

ドズッ!


「ギッ……!?」



護衛の球体型ゴーレムが直撃し、その直後に小さくゴブリンの声が上がる。



「「っ!?」」



その声に俺達は驚きつつも、聞こえた方に目を向けるが……何もいない。



「ゴブリンの声だったわよね?」


「ああ。だが足音もしないし周囲の草木も動いていない。そんなゴブリン……いや、ゴブリンでなくてもいないんじゃないのか?」



俺がララにそう返すと、彼女は同意しながらも一応の候補を挙げた。



「そうね。幽霊や妖精なら壁をすり抜けたりするけど……」


「そんなのがいるのか。壁をすり抜けるんなら物には触れられないのか?」


「基本的にはね。ただ魔法を使う場合もあるからそれで攻撃や干渉はしてくるけど」


「うぇ、それは面倒だな。それで……奴はその類か?」


「どうかしら?ゴーレムが攻撃できたんだから実体はありそうだけど」


「ああ、確かに。なら見えないだけか?にしても足音まで聞こえないのは不自然だが」



周囲を警戒しつつそう聞いてみると、同様に周囲を見回しながらララは答える。



「魔物にも魔法やスキルを使う個体はいるわ。幽霊や妖精と言うよりそちらの類なんじゃないかしら?」


「そういえば、あの魔境でも魔法を使うゴブリンがいたな。ならスキルでどうにかしてる可能性のほうが高いか」



魔境の核となる"境核"を目指していた際のことを思い出し、ララの話からそう予想した。


俺が気付けないとなると、魔石の反応すら隠せる能力を持っていると思っていいな。


足音や触れたはずの草木の動きに気付けないとなれば……存在そのものを他者に認識させないスキルか?


さきほど声が聞こえたのは、ゴーレムの防衛行動を受けてその効果が一瞬だけ弱まったからなのかもしれないな。


で、肝心のゴブリンを前にして悠長に話している俺達だが……奴から仕掛けてくる気配はない。


まぁ、仕掛けてこられても気配は感じられないんだけどな。


では逃げたのかというとそういうわけではない。


簡単に言えば既に補足済みで、俺達から少し離れた位置でこちらの様子を見ているようだ。


それがわかるのはもちろんゴーレムによってであり、手の形をした土のゴーレムが奴の真上から居場所を指していた。


護衛のゴーレムは"近づく魔物に勢いよくぶつかれ"という命令によって動いたので、俺達が認識できないゴブリンにも問題なく反応できるようだ。


そして"仕掛けなければ気づかれない"という点では魔物に対する俺のゴーレムも同様であり、その性質を利用してゴーレムを出現させ命令を設定した。


つまり、俺達が周囲を警戒しているのは奴を見つけられていないというフリだったのだ。


口で言ったわけではないが、ララは即座に察して俺に合わせてくれた。


そのお陰か奴は本格的に逃げることもなく、次の攻撃機会を狙ってまだ近くにいるのだろう。


別の拠点を持っている可能性もあり、連中のねぐらを全て潰しておきたいこちらとしては逃げてくれても構わないが……



「どうしたものかな。このまま別の拠点にでも逃げられると面倒なことになりそうだが」



逃げに徹され、万が一ゴーレムが振り切られるようなことでもあれば奴を野放しにしてしまう。


それはそれで不味いだろうとララに聞いたところ、彼女は別の拠点については否定してきた。



「別の拠点ねぇ……どうかしら?そんなものはなさそうだけど」


「どうして言い切れるんだ?」


「魔法はともかく、あんな能力を持っている魔物なんてそうはいないわ。となれば奴はあの魔境から来たんでしょうし、この短期間で拠点をいくつも持てたとは思えないのよ」



どうやら魔物も魔法は遺伝する可能性があり、スキルを得られるのは完全にランダムであるとのこと。


その辺りは人間と同じであるらしく、"発生"ではなく"繁殖"で生まれた魔物はどちらかの"親"から魔法の才を受け継いでいることもあるようだ。


その"親"が人間である場合もあるということだが……まぁ、今はいいとして。


とにかく同じスキルを持つゴブリンが複数存在するというのは考え難いそうで、そうなると奴はあの魔境から来たことになるわけだ。


ララは続けてそれを補足した。



「ほら、境核を目指していたときにゴブリン達はこちらに備えていたでしょう?それがあなたの力を伝えた何者かがいるんじゃないかって話してたけど、その犯人がアイツなんじゃないかしら?」


「あぁ……確かに、奴があの森にいたのなら納得できるな。ただ、ゴーレムそのものに対応できていなかったのは何故だ?」


「攻撃方法が理解できなかったんでしょう。私だって聞いてなかったらわからないわ、呼吸が出来ない空気で相手を包み込むなんて」



風の魔法で似たようなことをできる人もいるらしいが、標的を中心に竜巻を起こす必要があってかなり目立つのだそうだ。


なので俺の窒素で作るゴーレムのような、何の予兆もなく呼吸を出来なくする攻撃方法は教えてもらわなければ気付けず、それでゴブリン達は対処ができなかったようだな。


あの魔境で認識できないアイツ自身が仕掛けてこなかったのも、俺の攻撃方法がわからずリスクを避けからだと思われる。


じゃあ今仕掛けてきたのは……奴が俺達に追われていると認識し、逃げ切れないか逃げる場所がなく追い詰められているからか。


となれば。


見えないゴブリンが複数の拠点を持っている可能性は低く、ここで始末しておいたほうがいいだろう。


俺はそう判断し、"格納庫"から窒素のゴーレムをゴブリンの頭上に出す。



「ギッ!?グェ……」


ドサッ



念の為にそれなりの範囲を窒素で構成すると……見えなかったゴブリンは手型のゴレームが指す場所で倒れ、その姿を晒すことに。


倒れたゴブリンの体格は大きくなかったが、何故かその肌の色は青かった。



「色が違うな」


「特殊な個体に見られる傾向ね。全てがそうだとは限らないけど」



俺の疑問にそう答え、足で仰向けに転がすと腰に巻いていた布を捲るララ。



「ほら、ここも青いでしょ?先のほうはちょっと黒いかしら」


「見せんでいい」



その肌の色が塗料などによる着色ではないことを強調するための行動だと思ってそう言った俺だったが、彼女としては別の目的もあって見せてきたらしい。



「私だってあなたのモノ以外は見たくないわよ。ただ、冬籠りのために肉食の動物が食べてしまうかもしれないから、先にコイツのモノだけでも回収しておいたほうがいいわ。特殊な個体のモノはギルドから高く評価されるし、村への報告にもコレがあれば厄介なゴブリンは狩られたと安心させられるはずよ。」


「あぁ、なるほど」



ギルドの評価はともかく、あの村からするとある程度の安心材料にはなるか。


特殊なゴブリンはそういないと言っていたし、俺達があの村を去った後にゴブリンが残っていてもコイツがいないとなれば冒険者を呼ぶハードルは下がる。


難しい依頼ほどその報酬は高くなるそうだからなぁ。


というわけで俺は青いゴブリンのモノを回収し、ララと共にゴブリン達の塒になっていたであろう場所へ向かった。





警戒は怠らず、慎重にその場所へ辿り着くと……そこには小高い丘があり、"かまくら"のように横穴が空いていた。


入口の前には見張りなのかゴブリンが2体いたが、それを始末して中を確認しに行く。


俺が魔石を感知しておらず、護衛のゴーレムも反応しなかったので魔物はいないと思って中を覗いてみることに。


当然ながら中が暗いので火を起こして松明を作り、その灯りで照らされた内部には……いくつかの骨と皮が転がっていた。



「動物の骨と皮ばかりね。あの村の人達には被害が出ていないって言ってたし、昔のままなら別の村も離れてるから近場にいた動物だけを獲物にしてたんでしょうね」


「らしいな。だがそうなると……見張りを残しておく必要性はあったのか?」


「骨や皮も使い道はあるし、それらを資産として考えられる頭があればおかしくはないわ。特に皮はこれから防寒のために使うでしょうから」


「あぁ、言われてみれば……骨も皮も使いやすくするためか、なるべく綺麗に処理しているようだな。人間ほどではないが」


「まぁ、道具を用意するのにもそれを使うのにも頭がいるから……ただ、皮をなるべく大きく使えるように取っておくぐらいの頭はあったんでしょうね」



そう言いながら、何らかの動物の毛皮を広げるララ。


その毛皮は猪のものらしく、それがわかる程度には上手く剥いであるらしい。



「あの魔境にいたんならもっと上級のゴブリンもいたし、頭がいいのもいただろうからな。ここの連中もあそこで知恵をつけていたのかもしれない」


「だとしたら……あの魔境も今回のゴブリン達も、今のうちに始末できて良かったわ。万が一あの連中が人里に出てきていたら大事おおごとになっていたでしょうし」


「確かにな。あんな連中が人を襲いだせば、魔法やスキルを使えるゴブリンが増えていたかもしれないし」



俺がそう言うとララは窺うように聞いてくる。



「依頼の報告でそれを伝えて報酬を釣り上げておく?収穫期で多少は余裕があるはずだし、それぐらいは普通のことだと思うけど」


「え?いや……そこまで言わなくてもいいんじゃないか?依頼の完遂を望んで村長の娘が身体を使うぐらいだし、余裕があるって言うんならそれはまた別の機会に使えるよう取っておいたほうがいいだろ」



ゴーレムの能力もあるし、稼ごうと思えば稼げるのであの村から搾り取る必要はない。


そう考えての返答に、ララは……兜で口元しか見えないが、それでも笑顔であることがわかるほどに口角を上げていた。



「うんうん、そうよね。貴方はそういう人よね♪」


「……言っておくが、誰彼構わず助けようとは思ってないからな?」



無理をしてまで彼女が好む正義の味方ムーブをするつもりはない。


あくまでも、俺の力が及ぶ範囲で、俺が手を貸してもいいと思ったら……考えなくはない、ぐらいだ。


俺の言葉からそれを察したのかどうかは不明だが、ララは兜を脱ぐと俺に身を寄せてくる。



「わかってるわ。別に私の主義主張を押し付ける気はないし、よっぽどの悪事に手を染めさえしなければ構わないわ」


スリスリ……



そう言いながら、ララは何故か俺の股間を撫でてきた。


彼女の意図を察して俺は聞く。



「こんな所でか?」


「こんな所だからよ。人目に付かず、お風呂にも入れるでしょう?それに……」


「それに?」


だけじゃ足りなかったのよ♡」



朝の分では満足できなかったか。


それに応えてやる義務はないが、自分だけしてもらっておいてというのも少し悪い気がする。


というわけで……俺達は暫くその場に滞在することを決めたのだった。

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