第19話 村での夜

「あ、はい。いいですよ」



この村の村長であるラジル氏の頼みに、俺はそんな感じで軽く引き受ける返事をした。


そんな俺にラジル氏は強面な顔を幾分緩ませ、機嫌良さそうに「そうか、ではよろしく頼む」と言って奥へ引っ込んだ。


入れ替わるように出てきたのは……彼の娘であるリンダだった。



「聞こえてはいましたけど、いいんですか?引き受けてもらって」


「まぁ……急ぐわけでもないし、宿と食事は用意してくれるそうだからな」



そう返した俺に、リンダは少し含みのある微笑みを浮かべる。



「ええ。ちゃあんとご用意しますから♪」



その微笑みと言葉の意味は少し後に判明した。





荷車を倉庫にしまい必要な荷物を母屋の方に運んで一息つくと、兜を脱いで顔を晒したララが村長の頼みを聞いたことについて尋ねてくる。



「ゴブリンの調査なんて引き受けて良かったの?」


「なにか不味いか?冒険者じゃないと請けてはいけないとか」


「そういうわけじゃないけど……もしもそうだったら田舎の村は全部魔物に潰されちゃうわよ」


「だよなぁ。じゃあ引き受けても問題はなかったんだな?」


「まぁね。ただ冒険者として請けたわけじゃないから実績にならないってだけ」


「んなもんどうでもいいよ。逆にこの件が俺達のせいかもしれないから放っておくのも悪い気がしてな」


「私達のせい?どうして?」


「村長がゴブリンの目撃情報が増えたのは2,3日前からって言ってたろ?その頃に俺達は何をしてた?」


「…………あ」



ララも魔境を潰したことを思い出し、その際に逃げたゴブリン達のことも思い出したようだ。



「あのときのゴブリン達がこっちに来ていると?」


「まぁ、可能性としてはあるってだけだ。それで被害が出ても別に俺達の責任になるとは思わないが、気にならないと言えば嘘になるからな」



その答えをララはお気に召したらしく、とてもいい笑顔で頷いた。



「うんうん、そうよね♪」


「……何がだ?」


「いいのいいの。良い子にはちゃあんとご褒美をあげるからね♡」


バチン★



効果音が聞こえそうなほどに思い切りウインクをする彼女だったが、どうも俺が"弱者の味方"だと誤解しているような節がある。


あくまでも自分が気になるというか、気不味い思いをしたくないだけなので期待しすぎないでいただきたい。


そんなことを話していると……リンダを始めとした数人の若い女がやってきた。


まだ明るい時間であり、食事には早いのではないかと思いつつ応対する。



「もう食事の準備を?」


「いえ、お掃除の方を。定期的に手入れはしてますので軽くですが」


「なるほど」



リンダの言う通り、商隊などに貸すからかこの家は比較的綺麗にしてある。


なので掃除は言葉通りに軽く済ませられるのだろうと彼女達を受け入れ、早速作業に取り掛かってもらう。


そんな中からリンダが聞いてくる。



「ジオさん、寝室はどこを使われます?」


「ああ、そこを……」



そう言って自分が使うつもりの部屋を指すと、即座にこんな質問が返ってきた。



「ルルさんのお部屋は?」


「え?あー……」



ララは再び兜を被っているが頭部の上半分を隠しているだけだし、そもそも体型から女であることが明らかだ。


俺達の関係は護衛と雇い主だが、そこに気を遣うのが自然かな?


護衛なのだから同じ部屋にと言ってもおかしくはないのだろうが、彼女だって1人になりたいときもあるだろうし。


というわけで、俺はララに部屋を分けることを提案した。



「じゃあ、ルルはあっちの部屋でいいか?」


「え?まぁ……構わないけど」



必要なら部屋に行けばいいと考えてか、少し離れた部屋を指定した俺に特段拒否するでもなく頷くララ。


それを受けてリンダが女の1人に指示を出し、一通りの掃除が終わると食事の用意をするために帰っていった。


この村での待遇についてララに聞く。



「このぐらいのことは普通なのか?」


「向こうは恩があると思ってるんでしょうし、周辺の調査も頼むんだから気を遣うのもおかしなことではないわね」


「うーん、原因が俺達だったら気不味いんだが」


「ゴブリンに聞いてもわからないでしょうし、今回の件は原因がはっきりすることもないでしょうから気にしてもしょうがないわよ」


「そんなもんかねぇ」


「そんなものよ。それにあっちだって嫌々やっているわけでもないみたいだったし、遠慮なくお世話になっておけばいいのよ」


「そうか……」



自分が原因である可能性もある以上、性格的にはどうしても遠慮してしまいたくなるのだが……まぁ、現地の人間であるララがそう言うのだし、程々にリンダ達の世話になるとしよう。





そうして少し暗くなってきた頃、リンダ達は食事や蝋燭などを持って再びやって来た。



「……よし。はい、これどうぞ。灯りに使って下さい」



リンダは火の着いた蝋燭を使って竈で火を起こすと、それを含めて数本の蝋燭を渡してくる。


俺はそれを受け取って燭台に設置し、食事が来るまでそれを眺めたりしていた。


前世の物に比べると少し不純物が含まれているようで、臭いも獣臭さが感じられる。


ふむ……俺ならこういう物もゴーレムとして作れるかもしれないな。


冒険者としての収入が見込めなかったら試してみよう。


そんなことを考えつつ食事を待っていると、リンダ達が鍋や食器などを持って食卓へやって来た。



「お待たせしました。大したものではありませんが……」



食卓に並べられた料理は肉と野菜のスープに平たいパンのような物など、豪勢というには程遠いが国の端にある村としては十分なものだろう。


それに……



「あら、お酒もあるの?」



料理と共に並んでいた壺から漂うアルコール臭に、ララは少し機嫌良さげな声を上げる。



「ええ、機会があれば商隊から買ってますね。作っている土地が遠いので気軽には飲めませんが……」


「あら、そんなものを出していただいていいの?」


「アハハ、今日はお礼ですし遠慮なくどうぞ。商隊が来ればまた買えますから」



飲みたそうな、でも申し訳なさそうな感じでそう聞くララに、リンダは笑ってそう返した。



「そう?じゃあ……」



やはり飲みたかったのか、リンダの勧めで酒壺へ手を伸ばすララ。


ここまで飲みたがっていたということは酒の味を知っていたのだろうが、30年前はまだ10代だったはずだよな?



「んっ、んっ、んっ……ぷはぁっ!ハァァァ……」



一杯を一気に飲み干し、後味を堪能するように息を吐くララ。


……まぁ、この世界では飲酒が許される年齢は低いのだろう。


前世でも国によって違ったようだし。


だとすると、俺達だけで飲むのは悪い気もするな。


そう思って俺はリンダ達にも酒を勧めてみる。



「良かったら君達もどうだ?」


「「「いいんですかっ!?」」」



俺の勧めに喰らいつくリンダ達。


ララもあれだけ飲みたがっていたぐらいだし、やはり10代でも飲酒は普通で彼女達も酒が好きなのかもしれない。


そう思って俺は再び酒を勧めておく。



「どうぞ。俺達は町の方へ向かう予定だし、飲む機会はあるだろうからな」


「「「……」」」


コクリ


その言葉に彼女達は目を見合わせ、同時に頷くとララが確保していたものとは別の酒壺に手を伸ばした。






「スゥ……スゥ……」



暫くして。


俺達は食事を終え、食事と並行して飲酒を続けたララはテーブルに突っ伏して眠りについていた。


そんな彼女を見てリンダが聞いてくる。



「ルルさんってお酒に弱かったんですか?」


「さあ?久しぶりに飲んだらしいから飲みすぎたんじゃないかな?」


「ということは……ジオさんって、ルルさんとはそこまで長い付き合いというわけではないんですか?」


「まあ、そうだな。最近ちょっとした事情で俺の護衛として雇う形になっただけだし」


「ああ、魔法使いお一人でというよりはそのほうがいいでしょうしね」



リンダは俺がララを護衛として雇ったことに対し、魔法使いとしてはそれが常識であるかのような反応を示した。


基本的に魔法使いは軽装であるらしく、それは金属類が魔法の行使を阻害してしまうかららしい。


そんな魔法使いが1人で活動するというのは少々珍しいことのようで、そうなると俺としてはララを連れていて良かったということになるのだが……



「スゥゥ……スゥゥ……」



30年前の件だってあるんだし、護衛としてはここまで無防備に眠られるとどうかとも思う。


まぁいい、とりあえず彼女の寝室に運んで寝かせてやるか。


部屋には鍵もあったはずだし、ゴーレムを使えば内側から掛けることもできるからな。



「じゃあ、ルルを寝室に寝かせてくるよ」


「「「はぁい♪」」」



やけに機嫌の良さそうな声で送られ、俺はララを寝室に寝かせて食卓へ戻る。


リンダ達もそろそろ帰らせたほうがいいよなぁ。


この村の治安はともかく、どうせなら送って行ったほうがいいか。


皆ある程度は酔っているのでご家族に会うと気不味い気もするが……まぁ、事情を説明すれば問題はないだろう。


そう考えながら食卓へ到着すると、そこには予想外の事が俺を待っていた。



「「「おかえりなさーい♡」」」


「ただい……ま?」



その光景に俺は疑問の篭った返事をしてしまうが、それは仕方のないことだろう。


何故ならリンダ達3人は全裸であり、前を一切隠さず俺に晒していたからだ。


リンダはもちろん、他の2人も十分に可愛らしくスタイルも悪くはない。


この光景自体は嬉しくあるものの、事情によっては嬉しくなくなるのでその辺りを確認する。



「えーっと……どういうつもりだ?」


「どういうつもりって……お礼よ?ねえ?」


「「ええ♪」」



酒が入った影響か幾分砕けた口調で答えるリンダと、それに対して揃って肯定する他の2人。


これは……最初からの人選だったようだな。


とはいえ素直に受け取っていいものか。


お礼ということならこれに対しての見返りは不要なはずだが、場合によっては受け取ったことを交渉材料にされることもあるだろうからなぁ。


それを危惧して躊躇していると、リンダ達は揃って俺に近づいてくる。



「どうしたの?私達じゃ気に入らなかった?」


「「……」」



リンダの言葉に他の2人が悲しそうな顔をする。


彼女達もだったのだろうし、先程の態度から盛り上がっていたようなので水を差した気がして申し訳ない。


なので俺は咄嗟にそれを否定する。



「いや、気に入らないことはない。ただ、そのを受け取ったことで何かあるんじゃないかと思ってな」


「「「ああ……!」」」



そう言うとリンダ達は納得したような顔を見せ、同時にホッとした表情も見せた。


リンダは俺の懸念について事情を説明する。



「それは気にしなくていいわよ、父さんから頼まれたことをちゃんとやってくれれば」


「この辺りで増えたゴブリンの調査のことか?」


「ええ。国の端にあるこんな村じゃ大した報酬は渡せないでしょ?だからおまけをつけて、それを先に払ってしっかり仕事をしてもらおうってことだったのよ」


「なるほど」



まぁ、そうなる事情はわからんでもない。


まだ一端しか知らないこの世界だが、ララに聞いた限りでは人権だ何だって話はまだまだなようだからな。


なのでを任される人もいるだろうとは納得できるが……村長の娘でもか。


魔物が現れたとなれば、この辺り一帯が"魔境"になる可能性もあるからだろう。


放っておけばあの廃村と同じ運命を辿るかもしれず、それを回避するためなら……ということなのかな。


そう納得する俺にリンダは言う。



「で、ジオさんはちゃんと仕事をしてくれる気なんでしょう?だったら何も気にすることはないわ♪」


「「うんうん」」



彼女の言葉に揃って頷く他2人。


聞きようによっては冒険者などを逃げられなくする罠にも思えなくはないが、実際には冒険者だって逃げようと思えば逃げられるだろう。


となれば……これはただただ相手に縋っているだけであり、持てる手段のすべてを持って頼み込んでいるだけだとも言える。


そう考えれば特に悪意があるとは思えず、元々は潰した魔境の後始末として引き受けたので俺としては無理に断る理由はない。


また悲しそうな顔をさせるのも悪いしな。


というわけで……俺は彼女達を連れ、自分の部屋へと向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る