第18話 村長からの頼み
ゴブリンの集団に襲われていた男女は俺達が回避しようとしていた村の住人だったらしく、とある事情でこの森に入っていたのだそうだ。
その事情とはそこまで深いものではなく、まぁ……簡単に言うと男2人が女に良いところを見せたかっただけのようだった。
「2人とも自分が付いてるから大丈夫だ、なんて言ってたから、村の外を見てみたくて出たんですけど……」
「「う……」」
女はリンダという名前で、彼女に気のある男2人が彼女の要望を叶えるために村から連れ出したらしい。
その結果があの窮地であり、そこを責めるリンダの言葉に男達は気不味そうに呻いた。
そんな彼らの前でリンダは自分も足を痛めているかもしれないと言って俺の腕に捕まっており、その腕は何故か彼女の胸に挟み込まれている。
これは俺が魔法使いとして軽装だったことと、ララが剣士として武装していたことからこうなった。
また魔物に襲撃された場合、剣士であるララには即座に動ける状態でいてもらったほうがいいからだ。
だったら自力で歩けているほうの男、レットでも良いのではないかと思うのだが……彼もゴブリン達に暴行を受けて怪我をしているのは明らかである。
よって消去法で俺が選ばれたのだと思われるもリンダは俺への接触を強め、貸した大きな布の下にある柔らかな感触を味わわせてきていた。
「……」
後ろでもう1人の男、ノッビオを乗せた荷車を引くララの気配が若干怪しくなるが……まぁ、別に俺と彼女は恋人でも何でもないので文句を言われる筋合いはない。
そもそも、俺から望んだ状況ではないからな。
そうしてリンダ達を彼女達の村へ送っていると、その道中では聞かれて当然のことを聞かれてしまう。
「ジオさん達はどうしてこの辺りに?」
「あー……」
現在のこの国としては東端にある村の近くなのだし、用がなければこの辺りを彷徨いていること自体が不自然になる。
村自体に用があることにできれば良いのだがそれも難しく、更に東へ用があると思われるのも……俺達のことがララのことを知る者に伝わってしまうかもしれず、それは避けたいのでよろしくない。
しかし、元々はこの辺りで他人と接触するつもりがなかったので大した理由を用意しておらず、リンダの質問に対して俺は咄嗟にこう答えた。
「冒険者になろうと思って適当な町へ向かってたんだが、道中の噂で東の端にある村には結構な美女がいると聞いてな。急いでいたわけでもないからちょっと寄り道して見て行こうかなぁ、と」
あくまで噂として聞いただけだということにし、そんな美女はいなくても問題がない言い方にする。
実際にいたとしてもちょっと見て帰ればいい。
そう考えての返答だったのだが……その答えにリンダはパッと顔を明るくさせつつも、照れたような反応を見せた。
「あら!それってもしかしたら私のことかもしれませんよ。この2人以外にもよく誘われますし、商人の護衛で来る冒険者達にも……」
「「えっ!?外の男からも?」」
彼女の言葉に、俺の前後から同時に男達の声が上がる。
村内での人気はともかく、外部の男にも誘われるほどだとは思っていなかったらしい。
まぁ、他の村や町へ向かう商隊の護衛なら多くの女を目にするだろう。
となれば目も肥えて評価基準は高くなり、リンダはその目に留まらないとでも思っていたようだ。
ただ……前世も含めていろんな女性を見ている俺の目で見てもリンダは確かに美女であり、ゴブリン達に露出させられていた身体も中々のものだった。
ララほどではなかったかな?
それでも多くの男に誘われると言う言葉が偽りではないと思えるほどの容姿ではあるし、だからか俺がこちらへ来た理由としては不自然だと思われなかったようだ。
しかしそうなると……彼女達が3人だけで村を出ることができたのは何故だ?
そこまで評判の美女であるリンダを魔物がいつ出てもおかしくはない場所に連れ出すなど、彼女に思いを寄せる他の男達が見過ごすはずもないだろう。
それについてリンダに聞いてみたところ……この男2人は彼女の幼馴染であり、村を囲う塀をこっそり越える方法を用意できたからということで誰にも見つからずに出て来れたのだとか。
「ハァ、帰ったら怒られちゃうわ」
「「うぅ……」」
事の経緯を話したリンダがそう呟くと、彼女を連れ出した2人は再び気不味そうに声を漏らす。
それに対してかそれを無視してか、リンダは怒られることを考えて憂鬱そうにしていた顔をパッと明るくさせて俺に笑顔を向けてきた。
「でも……ジオさんに出会えたことを考えればむしろ良かったのかも♡」
スリッ……
そう言いつつ、熱の篭った目で俺を見ながら腕を軽く撫で上げてくる。
「えーっと……」
特に小声でもなかったその声と行動に、彼女を連れ出した男達が俺への敵意を持つのではないかと不安になった。
俺はリンダ達の村に長居するつもりはなく、彼女に手を出すつもりもない。
それで30年前のララと同様の手口で危害を加えられるのも嫌だしな。
なので2人の様子を気にしてみると、どちらも悔しそうではあるが口出しする気はないようだった。
いや、出してくれていいのだが……さっきの魔法に見せかけたゴーレムのせいで言えないのかもしれない。
彼らがリンダを止めないようなので、俺が自分で彼女を止めようとする。
「あの、俺はすぐ他所に行くからそういうのは……」
「あら、そうなんですか?でも美女の噂で態々こんな所まで見に来るぐらいには女好きなんでしょう?」
「それは……まぁ……」
そこを否定すると俺達がこちらへ来た理由が成り立たなくなるので、消極的にだが肯定しなければならない。
すると……それを受けて、リンダは掴んでいた俺の腕を更に自身へ押し付けた。
ついでに狙ってか、それにより俺の手は彼女の下腹部に押し当てられている。
「だったらお礼として……ね?♡」
その言葉に背後からララの視線が突き刺さるが……頑なに断るのも不自然なのでこう答えておいた。
「まぁ、その気になったら」
暫くして、俺はリンダ達の村に到着した。
「このバカ野郎がっ!」
ガッ!
「うぐっ!」
村の入口に現れたリンダの格好からすぐに何かがあったと察し、警備の男達が集まってきた。
その事情を聞くと……彼らは彼女を連れ出した男達を激しく叱責し、更には殴りつける者も出る。
警備の男達は6人ほどだったが、その中にもリンダに気のある者がいたようだ。
元々ゴブリン達に襲われて怪我をしていたので一発ずつで済まされるも、そんな所へついて行ったリンダも殴られはしないがキッチリ叱られていた。
流石に俺の腕を掴んだままでは不味いと、彼女は俺から離れてそれを受ける。
「リンダも、何かあったら親父さんが悲しむぞ?」
「反省してるわ。今後は気をつけるから」
「ハァ、まったく……」
彼女が今回のことで懲りて本心からそう言っているようだからか、それでこの件はリンダを連れ出した男達にある程度の処罰を下すことだけを決めて解散となった。
すると警備の男達の中から、代表者らしき男が俺にお礼を言ってくる。
壮年の男で落ち着いているし、リンダに気がありそうな感じではないので妻帯者かなと俺は予想した。
「リンダ達を助けていただきありがとうございます」
「いえ、偶然出くわしただけなので」
グイッ
「凄かったのよ!10匹はいたゴブリン達をあっという間に……」
リンダは俺の腕を再び掴むと、俺がゴブリン達を始末した様子を説明する。
「魔法をお使いになるのですか……なるほど」
リンダの話を聞き、納得したように頷く警備の代表者。
そんな彼が俺に聞いてくる。
「今日はこの村でお泊りに?」
「いや……」
「そうよ!商隊が使う家を使えないかしら?」
俺の答えを遮り、リンダがそんな事を言いだした。
まだ明るい時間だし、美女を見るという目的は果たしたことになるので去ろうと思っていたのだが……
そんな俺の考えを余所に2人は話を進める。
「商隊が使う家をか。まぁ、いつも貸してるから問題はないと思うが……村長に許可をもらってからにしろよ?」
「わかってるわ。今から行ってくる」
「なら寄り道しないようにな。その格好で長々と出歩いていれば色々と噂が立つだろうから」
「はぁい」
布一枚を巻いた姿で出歩いていれば、確かによろしくない噂が立つだろう。
それがわかっているらしいリンダはそう返すと、俺達を連れて自身の家へと案内した。
結局は滞在を辞退し損ねたが……急いでいるわけでもないのでまぁいいか。
「はい、ここが私の家よ」
「「……」」
俺とララはリンダが案内した家の様相に少々驚く。
それはボロ家だったとかいうわけではなく、逆に他の家と比べて大きく上等なものだったからだ。
決して豪奢というわけではないが……俺は彼女に確認する。
「ここがリンダの家なのか?他の家に比べて立派だが……」
「そうですよ?立派なのはまぁ、村長の家なので」
「え?じゃあリンダは……?」
「村長の娘ですよ?」
当然のことのように言う彼女だが、聞かされていない俺としては驚くしかない。
というか……村長の娘であるリンダを連れ出し危険な目に遭わせたとなれば、あの2人は相当重い罰を受けるのではないだろうか。
まぁ、そこは俺がどうこう言うことではないな。
そう思っていた俺に彼女はクイッと頭を傾けて聞いてくる。
「言いませんでしたっけ?」
「聞いてないな」
「まぁ、他の娘と大して変わりませんから気にしなくてもいいんですよ?とりあえず待っててください。父に見つからないように裏口から入って着替えて来ますので」
そう言ってリンダは家の裏手に回っていき、それを見送った俺達が暫く待っていると……不意に正面のドアが開かれた。
ガチャッ
「……」
そこに現れたのはリンダではなく大柄な強面の男であり、そんな彼は暫く無言で俺達を見て口を開く。
「村長のラジルだ。娘が世話になったそうだな、礼を言う」
「ああ、いえ……」
この感じだとペラペラ喋るタイプではないようだ。
そんな彼に俺は愛想笑いで返し、それをどう思われたのかはわからないが……彼は俺達の背後を指した。
「宿はあの家を使っていい。食事は持って行かせる」
ラジル氏が指差した家は倉庫付きらしい大きめの物件で、恐らくはあれが商隊などの来訪時に貸している家なのだろう。
ただ……ララの30年前のこともあり、食事まで用意してもらうことには少し警戒する。
「いいんですか?そこまで」
「これぐらいは当然のことだ。それより魔法を使えるとか聞いたのだが」
「え?あぁ、はい。それらしいものは」
唐突な話題の路線変更に少々驚くも、リンダ達にはそう説明してあったのでそれに頷く。
すると、その返答に彼はこんな事を言いだした。
「なら少し頼みたいことがあるのだが……」
「はあ、何でしょう?」
急ぐ旅でもないので聞ける頼みであれば聞いてもいいし、請けられない頼みならば聞くだけにするだけだ。
そう思って聞いてみたところ、ラジル氏は困った顔をしてその頼み事を口にする。
「警備の見回りによると、2,3日前からこの辺りでゴブリンが増えているらしくてな。放っておくわけにはいかんし、大した礼は出来ないが調べてくれないか?」
2,3日前……あ。
その内容に、俺は魔境を潰した際に逃げたゴブリン達のことを思い出した。
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