第17話 第一村人?
おそらくは放棄されていたであろう村を後にした俺達は、村の畑と同じく雑草で荒れていた街道に沿って西へ進むことにした。
ガサガサッ……ゴトゴト……
「~♪」
「……」
俺は荷車に乗り、ララはそれを引いている。
旅をするに当たって彼女に体力のことを問われ、俺にそこまでの自信はないと答えた結果だ。
あくまでも前世での一般的な体力ではあるが……昔の人はもっと体力があったと聞くし、こういった世界だと体力はないほうになるだろうからな。
前世の感覚だと微妙に複雑な気分だが、身体能力を考えればこれがベストなので仕方がない。
荷車の車輪をゴーレム化して自動車のように操る手を考えるも、
「魔力が惜しいわ。荷車は私が引くから、その分は……ね?♡」
などと視線に熱を込めて言うララによって却下されたのである。
無理に断る理由もないので彼女の案を採用し、その結果俺は荷台で揺られることになった。
ガタンッ
街道は舗装されているわけでもなく、生い茂る草で路面の凹凸が見えづらい。
それによって時折大きく荷車が跳ね、俺はその衝撃を味わうことになっていた。
これは腰に来るな……
ゴーレムの回復能力を使って治せばいいとしても、どうせなら最初から傷めないほうが良い。
なので草の繊維でクッションを作って振動を軽減し、腰やお尻の不安がなくなると周囲の警戒をしつつもララのお尻を眺めたりしていた。
翌日。
途中で一泊することになり、俺達は野営用に作った木製のコンテナハウスで夜を過ごした。
その中でララは昼間の荷車以上に
村は丸太の柵で囲われており、昨日の廃村と同じくあの中に畑などもあるのだとか。
普通の動物だけでなく魔物にも荒らされる可能性があるからで、囲いが必須なせいで家や農作地を増やし難いらしい。
そんな村の入口が見えているのだが……その前には誰もおらず、門自体も封鎖されているように見えた。
「誰もいないな」
「こっち側に人を出入りさせないから、門も見張りも必要ないってことかしら?」
「まぁ……何年前なのかわからないが、昨日の村から避難してきた人に村が魔物に襲われたことは聞いただろうしな」
俺はそう返しつつ、ララに今後の進路を指示しておく。
「じゃあ、森に入ろうか」
「はーい」
俺の指示を受け、かろうじて残る街道から外れていくララ。
彼女が引く荷車に乗る俺も同様に道を外れることになり、そのまま脇の森に入っていった。
これは昨日の村が廃村になっていたからで、だとしたらそんな村の方から来る俺達が不審者に見られるのは明らかだったからだ。
更には次の村がこちら側への門を封鎖していることから人の往来を禁じている可能性が高く、なので俺達は一旦その村を回避しておこうということにした。
あの村の反対側に回って入ることも考えたが、それはちょっと難しいからな。
こちら側への進入が禁じられているのなら、現在あの村は国の東端に存在するということになる。
しかし、俺達にはそんなあの村を訪れる自然な理由がない。
今のところは2人とも冒険者ではなく、魔物を狩るためにわざわざ何の縁もないあの村を訪れるのは不自然だ。
木や石でちょっとした道具を作ったり、草の繊維から布や服を作って行商人を演じることも考えたのだが……やはり行商人としては扱う品の種類が少なすぎるし、商人であれば買い取りもやらなければ不自然になるそうだ。
俺達は無一文であり、客の中にはまず物を換金してから買い物をという人もいるのでそれらに対応することができない。
だったら先に販売だけを行うという手もなくはないが、そうなると換金後に買い物をするつもりの客は不満を持つ。
後回しになるぶん、欲しい物が売り切れて買えなくなる可能性が高くなるからだ。
人の多い大きな街ならともかく小さな村での不満は
そんなわけで……俺達はあの村に入るのを諦め、森へ入ることにしたというわけである。
ザッ、ザッ、ザッ……ガサガサッ
スゥー……ガサッ
体重によって荷車の魔力が余分に消耗することを気にしたララは自分で歩くが、俺は魔物の索敵に集中してほしいとのことで荷車に乗ったままだ。
地面の状況もあり、荷車を転がすのは車体と俺のお尻を傷めるだろうからと少しだけ浮かせて進む。
木々によって進みづらくはあるも、だからといって空を往くのは変に目立ってよろしくないだろう。
俺の能力を知り、有用ならば利用しようと寄ってくる奴がいてもおかしくはないからな。
それは面倒だ。
相応の見返りがあり、俺が気に病むような仕事内容でなければ……考えなくもないが。
「っ!」
そんなことを考えつつ進んでいると、複数の魔石を感知した。
俺の反応に気づいたララが聞いてくる。
「どうしたの?」
「魔石の反応だ。微妙に動いてるから生きている魔物だろう」
「微妙にってことは……その場に留まってるってこと?」
「ああ。それも"何か"を囲むような形だ」
「っ!?それは……」
魔物に囲まれているらしい存在は魔石を持っていないことから、野生動物か人間ということになるだろう。
人間はもちろん、野生動物だって魔物の成長を促す要素にはなり得ると聞いている。
まぁ、それがこの世界では普通のことなのだろうが……
「ララ、どうする?」
「……いいの?」
聞いた時点で俺の意思がわかっていたらしいララはそう聞き返す。
彼女も俺も、正体を隠しておくのなら他人との関わりは最低限にすべきだというのが共通認識だ。
しかし、ララは人助けで有名になっていたらしい性格である。
魔物に囲まれている存在が善良な人間であるとは限らないが、もしもそうだった場合に彼女は気に病むだろうし俺も気に病むだろう。
それが普通のことだとはいえ、何とかなりそうな力もあるのでみすみす見過ごすこともない。
「自然なことなんだろうし、別にこれが正しいことだとは限らないけどな。まぁ、人間だったら何かしらの見返りはあるだろ」
その言葉にララはクスりと笑った。
「フフッ、そうね♪」
見返りがどうでもいいことはバレたようだが……まぁ、いいか。
音を立てないよう浮いた木箱に乗って現場に近づいてみると、怒号と共に聞き慣れた声が聞こえてくる。
ガッ!
「くそっ!」
「ギャッギャッギャ♪」
「ギギャギャッ♪」
「ギヒヒヒ……♪」
攻撃を受けたのか、苦悶の声を上げた男にゴブリンの笑い声がいくつも上がった。
数人の人間を囲んでいたのはやはりゴブリン達のようで、その余裕の声からは人間を嬲っていることが窺える。
魔石の反応からするとノーマル級のゴブリンしかいないようだが……人間よりも数が多いから余裕なのか?
俺が連中の魔石を感知できた時点であちらも俺を感知できていたはずなのだが、現時点で気づかれていないのは目の前の獲物を楽しむことに集中しているからなのかもしれない。
そう思いつつ更に近づき現場を見てみると……そこには20歳前後に見える3人の男女と、それを囲むゴブリン達がいた。
ドゴッ!
「うぐっ」
ズドッ!
「げふっ」
男2人は殴る蹴るの暴行を受けているが、抵抗らしい抵抗は見せていない。
その理由は残る1人の人間である女性が原因だろう。
「ゲヒヒヒ……♪」
モミモミ、グニグニ……
「うう……」
女性はゴブリン達に手足を拘束され、何体ものゴブリンに身体を弄られていた。
主に胸やお尻がその被害に遭っている。
ワンピースだったらしい服は前面で左右に破られ、自主的にやっていれば露出魔のような姿だと言えなくもない。
今は触られるだけに留まっているが、放っておけばそれ以上の被害を受けるのは必至だと思われる。
男達の方も命に関わるだろうし、とりあえず助けておくとしよう。
ただ……人質の対応が最優先だと思うのだが、現状では3人ともがその立場になり得るので下手に手を出すのは危険である。
というわけで……俺は水でいくつかのゴーレムを作ると、ゴブリン達の顔前に出現させて頭部覆うことにした。
「ギャボッ……!」
「ゲボゴボ……」
「ガババババ……」
バシャバシャッ!
突然水球に頭部を覆われ呼吸ができなくなったゴブリン達は、その水球を手で剥がそうとしたり転がったりして離れようとする。
大きな出力は不要なので核となる魔石をできるだけ小さな物にしており、そのせいで連中にはただの水が纏わり付いているように認識したのだろう。
だが……それは呼吸を可能とするまでには至らず、程なくして連中は1体たりとも動かなくなった。
「「「……」」」
ゴブリン達に襲われていた男女は目の前の光景に硬直しつつも、さらなる敵の出現を警戒してか辺りを見回す。
もちろん彼らを襲う気はなく、魔力を使った以上は魔石の回収もしておきたいので……その作業を安心して行うため、さっさと帰ってもらうことにしよう。
ガサガサッ
「大丈夫か?」
「「「っ!?」」」
俺は草木を揺らして彼らの前に姿を現し、そう声を掛けてみた。
「ひ、人?」
「良かったぁ……」
「はぁぁ……」
彼らは俺に驚くも、その相手が普通の格好をしていたことで安堵する。
服装をこの世界で一般的な物に変えておいたのは正解だったな。
元々着ていた物はララに珍しいと指摘され、彼女のアドバイスの助言を受けて作っておいたのだ。
それでも新品であることと、多少は着心地などの質にこだわったので珍しさがないわけではないらしいが……まぁ、不自然なほどではないそうなのでこうなった。
ガサッ
「……」
それに加えてララが無言で俺の背後に控えたことから、彼らは俺が何らかの立場にいる人物なのではないkと推察したようだ。
「あ、あのっ!助けていただきありがとうございます!」
「「ありがとうございます!」」
代表して言った女に続き男2人も揃ってお礼を言い、それを受けて俺は荷物から大きめの布を出した。
「とりあえずこれを。その格好では人目が気になるだろう」
その言葉に女は自分の格好を見ると、俺がゴブリン達に破られた服を隠すように言ったのだと理解するも……遠慮がちに聞いてくる。
「えっ?でも……いいんですか?」
「いいよ。替えはあるから」
そう言って俺が背後のララに目で合図すると、彼女は草木の向こうから荷車を引いて戻って来た。
俺が座るスペースを考慮して木箱は1つしか乗っていないが、それで替えがあることを理解して彼女は布を受け取ってその身を隠す。
「さて……」
次は男2人のほうだ。
とはいえ怪我を治してやるわけにもいかず、状態を確認するに留めておく。
「自分で歩けるか?」
「えっと……よっ……だ、大丈夫です」
「よっ……ぐっ!?」
2人はそれぞれ立ち上がるが、1人は右足をやれらたらしく苦痛で呻く。
「しょうがない、運ばせるから荷車に乗りな」
「えっ!?いや、それはっ!」
俺の提案に言われた男は激しく首を横に振る。
世話になりすぎるのは良くない、と考えるぐらいの危機感や倫理感があるのだろう。
しかし……
「せっかく助けたのに、その怪我のせいでまた襲われるかもしれないぞ?俺にまた助けろって言うつもりか?」
「っ!?あっ、いやっ……じゃあ……」
そうなった場合のほうが不味いと思ったのか、その男は素直に荷車へ乗車する。
「じゃあ……ルル、行くぞ」
「……」
コクリ
こうして……偽名としてルルと名乗ることにしたララに指示を出し、俺達は彼らを連れて森を出ることにしたのだった。
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