第9話 魔境

スケルトンとの交渉がまとまり……彼女を一時的にゴーレム化して回復させ、その肉体を取り戻すことになった。


そろそろ暗くなるだろうし、肉体を取り戻した彼女に不足している部分がないかを見落とさないよう、明るいうちにやってしまったほうがいいはずだ。


しかし、"急いては事を仕損ずる"という言葉もある。


万が一魔力が足りずに回復しきれなかった場合、中途半端に回復した肉体がどうなるのかという懸念があるのだ。



「とりあえず、余裕を持たせてこれが人一人分ぐらいの大きさになるまで魔石を稼ごうと思うんだが」



そう言って一纏めにした魔石のゴーレムを指し示すと、スケルトンはそれに頷いて同意する。


魔石の大きさは魔力の量に影響するわけではないが、ゴーレムの回復速度などの出力には影響するようだからな。


肉体の回復に時間が掛かることで痛みなどの悪影響が出ると、その程度によってはショック死する可能性がないとは言い切れない。


なのでなるべく短時間で済ませられるよう、もっと多くの魔石を稼ぐことにする。


もちろん、魔力の量そのものも大量に確保しておかないとな。




スケルトンの肉体を取り戻す件については方針が決まったところ、彼女は筆談で俺に話しかけてきた。



「(食糧が必要よね?時間が時間だし近場で確保したほうがいいと思うのだけど、普通に人が川に入るのは危険だから……釣りの道具は持ってる?)」


「釣り道具は持ってないな。まぁ結構深いし、溺れたりすれば危ないんだろうけど」



スケルトンは俺が溺れる危険性を憂慮しているのだと思ってそう返したのだが、彼女としては別の要素で危険だと言っていたらしい。



「(それも危険ではあるけど、もっと危ないのは魚よ?毒を持ってるし)」


「はあ?でも釣りってことは魚を釣るんじゃないのか?毒のない魚もいるのか?」


「(狙うのは毒を持っている魚よ。毒のせいでゴブリン達から狙われずに大きく成長してるけど、毒があるのはヒレと内臓だけだからちゃんと取ってしまえば食べられるわ)」


「なるほど。まぁそれなら……」



思いがけずあいつらがゴブリンだと確定したが……それはさておき、俺は魚を取るのならと魔石のゴーレムから魔石を少しだけ分離させた。


ゴブリンの魔石と同じぐらいだな。



「(どうするつもり?)」


「ん?こうする」



俺は意図を尋ねるスケルトンにそう答えると、魚を対象にゴーレムの作成を試してみる。



ザババババッ!

ビチビチビチッ



お、上手くいった。


まだ生きているものをゴーレムの材料として集められるかはまだ不明だったんだけどな。


水中から魔石へ引き寄せられた魚達だが、収集されるだけで1つの個体になるわけではない。


ゴーレムの作成には収集・形成・維持という工程があり、工程ごとにコストが別で必要となる。


収集した段階でも一応はゴーレムであるものの、形成の工程を実行しなければ集めたものはそのままであり続けられるのだ。


魚達は普通に暴れて逃れようとしているので、生きているものは俺の指示に従うわけではないらしい。


そうなると……スケルトンの身体を復活させた後、俺が解放しなくても彼女は自由に動けるんじゃないだろうか?



「ちょっと試してみるか」



そう言って俺はスケルトンに魔石を触れさせ、そのまま動いてみてもらうことにする。



スッ、スッ……


「(自由に動けるわね)」



結果、俺の指示とは別の行動を取るスケルトン。


だが指示自体は届いているようで、



フワッ



その指示を受け入れるよう言ってみると、指示通りに宙へと浮き上がった。


どうやら、意思や自我の強いものを操るには同意が必要であるようだ。


まぁ、そうでなかったら生きている人間を本人の意志と関係なく操れてしまうし、その情報が流出すれば危険人物として処分されるか、もしくはその情報を盾に悪人が利用しようとしただろうから俺にとってはこれで良かったな。


さて、スケルトンは食べないらしいし、1匹1匹がそこそこ大きいので5匹もあれば十分だろう。


なので余分な魚はゴーレムから分離させて川へ解放し、続いて魚と同じように焚き火用の薪を確保してから野営地に戻る。







ジュウゥ……パチパチッ


「……」


「ん?どうした?」



俺は火を起こして川魚の頭を鉄のナイフで落とし、再びゴーレム化して身だけを分離させた。


それを木の串に刺すと塩を振って焼いていく。


念の為に皮も剥いであり、それ故に崩れやすくもなるだろうから焼加減には十分気を付けなければならない。


なので魚から目を離せないのだが……そんな俺に、微妙な雰囲気を漂わせるスケルトンが筆談で言う。



「(便利すぎない?その力。ゴーレムにしたものは見えない何処かに仕舞っておけるなんて)」



"格納庫"から出した塩のゴーレムを見た彼女が先ほど土や魔石で出来たゴーレムを出し入れした件を思い出し、それについて質問された俺が今後も見られるだろうからと教えた後の言葉がこれである。



「そう言われてもな。望んで手に入れたってわけじゃないし」


「……」



そう返すと彼女は少し間を置き、



「(まぁ、そうよね。持って産まれたものにどうこう言うものじゃないわ。重要なのはその後なんだから)」



と返してきた。



「お、おう」



何だ?


生まれで苦労したことがあるのだろうか?


そういう知人でもいたのかもしれないが……まぁいいか。





俺は食事を済ませると、ゴブリンの夜襲に備えて石の壁を増築する。


スケルトンの奴は離れていれば狙われないのかもしれないがここに滞在するつもりのようだし、逃げ遅れて巻き込まれる可能性もないとは言えないからな。


ついでに屋根も作って投石を防ぎやすくする。


魔石のゴーレムからはそのぶん魔力が減ってしまうが……まぁ、これは先行投資ということで。


そうして薪を焚べるのは自分の仕事だと焚き火の様子を見る彼女を横目に、その肉体を取り戻すために集める魔石の数を考える。


スケルトンの身長は160cmもないと思う。


これなら十分だという根拠は一切ないのだが、その身長の人間がすっぽり入るぐらいの球体にするとして……普通のゴブリンでは1000や2000じゃ足りなそうだな。


もっと大きな魔石を持つ魔物はいないのだろうか?


それをスケルトンに尋ねてみると、この土地の現状について伝えてきた。



「(大きな魔石?あぁ、なら魔境の核がどこかにあるはずだけど)」


「魔境?」



何だそれ?と思って聞くと答えが返ってくる。



「(知らない?場所や範囲は決まってないんだけど、魔物が強くなったり増えやすくなったりする事があるのよ。それを"魔境化"と言って、それが起きた場所を"魔境"と呼ぶの)」


「へぇ、そうなのか。俺の居た所じゃ聞かなかったな」



彼女の言葉からこれは常識的なことのようなので、それを知らないことでこの世界の人間ではない事がバレそうではあった。


しかし聞かないわけにもいかなかったので、故郷では縁遠い言葉だということにして誤魔化す。


それはあり得ることのようで、そこまで怪しまれずに話は進む。



「(そう。それでその原因が魔境の核……"境核"と言われる魔石で、物によるけど結構大きな物なのよ。手に入ればだけど結構な高値で売れるわ)」



"魔核"でないのは別のものと混同するからだとのこと。


更に聞けば魔石を利用するマジックアイテムというものがあるらしく、その中には大型の魔石……つまりは大きな出力を必要とするものもあるそうだ。


そういったものは大きな効果や利益を発生させるということで、境核を始めとした大型の魔石は価値がかなり高いのだという。



「だったらここの境核も誰かが手に入れてるんじゃないか?」


「(だとしたらここは魔境ではなくなっているはずよ。私が見た限りだけど、あれだけゴブリンが彷徨いているからまだ魔境のままだと思うわ)」


「あぁ、そうなのか。でも価値が高いのなら誰かが狙いに来てないか?その割には人を見てないんだが」


「(境核は奪うにしろ壊すにしろ、魔境によってその難易度が違うから……ゴブリンって元々増えやすくて多い上に上位種は強くて賢いし、普通の冒険者にとってここの魔境は難易度が高いほうだと思うわ。だから30年前に私が依頼を受けてここの魔境を潰そうとしたんだけどね)」



それを1人でということは本当に強かったのだろう。



「そうだったのか。ってことは……それからずっと、ここは魔境のままなのか?」


「(だと思うわ。私がこんな姿になった当時、何度か人と接触しようとしたのもあるだろうけどこの森に近づく人はいなくなったし。そのせいで上位種の数や質も上がってるんじゃないかしら?)」


「だからここに手を出そうって人はいないのか。でもそんなことになるんなら、お前に依頼を出した上に裏切った村はどうなってるんだ?」


「(ゴブリンが現れるようになって危険だったのは事実だったはずよ。依頼自体も必要だったから出してたんだと思うんだけど……この分じゃゴブリンの被害を受け続けてるかもしれないわね)」


「30年もか?だとしたら村を放棄して別の土地に移ってそうだが」



全滅している可能性もあるが危険だと判断して依頼を出してるぐらいだし、彼女を嵌めた時点で魔境がそのままになることはわかっていただろうから逃げている可能性のほうが高いだろう。



「(そうかもしれないわ。あぁ、それでこの魔境を急いで潰す必要がなくなって放置されてるのかも。この国にとってもここは端のほうだし)」


「田舎で影響が少ないからってことか。何が起きるかわからんだろうに」


「(私もそう思うわ。境核はともかく村の人達も心配だったし、だからこそ報酬がほとんどなくても依頼を受けたのだけど……その結果がこれじゃあ、ね)」



そう言うと彼女は存在しない目で、骨だけになった自分の手を見た。


助けようとした相手に裏切られてこうなったわけだし、気の毒だとは思うが……そんな状態を治すため、今は境核についての確認を優先する。



「で、その境核ってのはどこにあるんだ?」


「(魔境は核を中心に広がっていくから基本的には魔境の中心部にあるんだけど、大きさによっては魔物が別の場所に移してしまうこともあるからわからないわ)」


「なるほど。賢いやつがいれば護りやすい場所に保管するか」



俺の魔石を感知できる能力が境核にも適用されるのなら、境核も感知範囲に入りさえすれば見つけられそうではあるな。


後はその境核が無事に手に入るかということが問題なのだが……それを考えようとしたところでコブリン達の接近を感知する。


ん?


魔石の反応は大きく分けて2種類だ。


そのほとんどは昨夜の指揮官のようで、それ以上の反応が1つ存在する。


それがゴブリンなのかは不明だが、戦力が一段階上がったということだろうか?



「敵が来るぞ。おそらくゴブリンで数は……50以上いるな」


「(何でわかって……って50?結構多いわね。大丈夫なの?)」



ふむ、彼女は50体でも結構多いで済ませられるほどの実力はあったようだな。


まぁ、今はその力を当てにはできないんだが。


そんな彼女に俺は答える。



「ゴブリンだけならな。ゴブリン以外の魔物はいるのか?」


「(元からいた魔物は他にもいたはずだけど、ゴブリン以外は見なくなったわ)」


「そうか。なら問題はないかな?」


「(そうなの?)」


「お前に見せた魔石は全部昨日と今日に稼いだ物だ。どちらかというと逃げられるほうが惜しいぐらいだな」



そう返すと俺は川の向こうに魔石を飛ばして設置しておき、石の壁に隠れながら襲撃を待つことにした。





しばらくしてやって来たゴブリン達は魔石の反応通りそのほとんどが指揮官のようで、それらを率いているゴブリンは一回り体格が大きく上位種だろうと思われる。


スケルトンによれば弱いほうがリーダー級で、それを率いているのがコマンド級と言うらしい。


体格だけでは判別がつかないこともあるようだが、俺から魔石の反応について聞くと彼女はそう判断した。


ちなみに最下位のものはノーマル級で、リーダー、コマンド、ジェネラル、キングと大まかに位が上がっていくようである。


級とはあくまでも魔物の強さや脅威度を表すものであり立場によるものではないので、リーダー級であってもその集団の中では最下位であったり、逆に最上位だったりすることもあるそうだ。


リーダー級は最下級のノーマル級より賢そうだったし、それより上位のコマンド級ならもっと賢いのではないだろうか。


ならば頭を使ってくるかと気を引き締めていたところ……コマンド級の号令でゴブリン達は普通に投石を始めてきた。



「ギャギィッ!」


ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ……

ガッ、ゴッ、ガツッ



リーダー級はノーマル級より力があるのか飛んでくる石が昨夜のそれより大きくなっているが、石の壁に屋根も増やしたことで問題なく防げている。


ふむ。


どんなことをしてくるかと確認しておきたかったが、やってくることはノーマル級と同じなのか?


そう思っていると、



「グガァァッ!」



と大きな声が辺りに響いた。


それによってか投石が止んだので、壁から顔を出してゴブリン達の方を確認する。


そうして見たものは……コマンド級のゴブリンが川を飛び越えてくるところだった。

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