第7話 骨に聞く

外出から戻ってきた俺の野営地へ動く骨……スケルトンが訪れていたため、まずはゴーレムを接近させてみることにした。


奴は焚き火の跡や石の壁などを調べているようだが、俺を襲うための下調べ中である可能性があるからな。


肉体のないあいつに聴覚があれば……ゴーレム作成中の音や、その後に茂みの中を移動させる際の音で奴が気づくかもしれない。


なので"格納庫ハンガー"に収納してあるゴーレムを使おうと思うのだが、俺の傍でゴーレムを出現させれば茂みの中を移動する際に音が出るだろう。


出現させた後に俺が移動するとしても音は出そうだし、どちらにしても俺の居場所がバレてしまう可能性がある。


そんなわけで、なるべく遠くにゴーレムを出現させたいと思ってみると……土のゴーレムは川の向こう、スケルトンの背後数mほどの場所に浮いた状態で現れた。


確認できた限り、ゴーレムを直接操作できるのは自身から100mほどの距離までだが、"命令"に従って自動で動く場合はその距離が大きく伸びる。


直接操作の3倍までは遠くまで歩いていったのを確認するも、ゴブリン?の襲撃があって計測はそこで切り上げていた。


よって最長で俺から300mは離れた場所に出せると思っていたのだが、"格納庫"から出す場合は直接操作ができる距離になっているようだ。


スケルトンはそのゴーレムの出現に気づいていない。


まぁ、ゴブリン?もゴーレムの姿が見えなければ気にしていないようだったしな。


ならばと俺はゴーレムを浮かせたまま移動させ、スケルトンの背後に忍び寄らせた。



スィーッ……


クルッ


「……っ!?」


ビクゥッ!



敵ではない可能性もあるのでゆっくり接近させると、スケルトンまであと少しといったところで奴は偶然か振り返る。


奴はゴーレムを見て驚いたようだ。


まぁ、成人男性ほどの物が浮いていれば俺でも驚きはするだろう。


そんなことを思いつつもスケルトンの反応に注視すると……



バッ、ササッ



奴はその場から飛び退き、俺が薪として岩壁の傍に置いていた角材を持ってゴーレムに構えた。


人間らしいというか、戦い慣れたような動きをする奴だな。


まぁ、あのスケルトンに生前があるとすればその骨格は人間そのものだし、ゴブリン?のような存在だとしても戦闘経験が多ければあのぐらいは動けるか。


……ん?待てよ。


ゴブリン?で思い出したが、奴らと同じような存在ならあの黒い玉を持っているはずじゃないのか?


唯一隠せる頭蓋骨の中にあるのかもしれないが、そもそもあの玉をあいつから感知していない。


だからこそ、あいつが河原に来ていることは視認するまでわからなかったわけだからな。


黒い玉を持っているのはゴブリン?だけなのか、スケルトンも持っているが頭蓋骨に隠してその存在自体も隠蔽できるのか。


俺はあれを感知することで余裕を持って迎撃準備ができるのだし、あいつのような存在から襲われる可能性を考えると調べておく必要があるな。


幸い奴の後ろは岩壁で左右にしか逃げ道はない。


それに加え、先程の動きがあいつの最速の動きであれば……黒い玉の力を大きく消費するがゴーレムでも問題なく対応できる。


距離は……まだ直接操作できる範囲だな。


というわけで、俺はゴーレムを操りスケルトンに迫らせた。



スッ


「っ!?」


バッ



少し前進したゴーレムに反応し、スケルトンは川上方向へ跳ぶのだが……



ビュッ、ガシッ


「っ!?」



その動きに難なく追いついたゴーレムは奴を捕らえ、両手を掴んで岩壁に押さえ付ける。



カシャッ



押さえ付けた際の衝撃は岩壁に骨の当たる音がここまで聞こえてくるほどだったようだが、これぐらいしないと多少なりとも攻撃されればそのダメージの回復に黒い玉の力を使ってしまうからな。


で、捕らえられたスケルトンだが。



「……っ!……っ!」


ブンッ、ブンッ



両手首を岩壁に押さえ付け、蹴りを警戒して股の間にゴーレムの身体が入っている。


遠目ではあるが骨格や立ち姿が女性的だったし、せめてもの抵抗か顔を激しく横に振っているので……人間だったら不味い絵面だな。


そんなスケルトンはゴーレムの力に抵抗しても無駄だと判断したのか、



「……」


カランッ



と持ったままだった角材を手離し、激しく振っていた顔は背けたままだが動かなくなった。



「うーん……」



まるで好きにしろと言わんばかりの態度ではあるが、女性らしい仕草をされると罪悪感が湧いてくる。


しかし調べないわけにもいかないので……スケルトンを拘束しているゴーレムは「そのまま拘束を続けろ」という命令を設定し、直接操作をする対象から外す。


そうして木板のゴーレムを直接操作の対象として追加で出し、浮かせたそれに乗って茂みから出ると川を越えた。



「っ!?」



板に乗って飛んできた俺に驚いたらしい様子のスケルトンへ接近し、まずはこの質問で奴の知性を確認する。



「……言葉は通じるか?」


「……」


コクリ



肉体がないということは、声帯やそれを震わせて発声するための肺などもない。


なのでスケルトンは頷くことで俺へ返答したわけだが……一旦は言葉が通じることに安堵する。


こいつが例外でなければ、人間に会っても問題なく意思疎通はできそうだ。


それはさておき、問題は目の前のこいつである。


まずは……一応これも確認しておくか。



「俺に危害を加える気はあるか?」


「……」


フルフル



スケルトンは首を横に振る。


まぁ、この状況であると答えられるわけがないし、ないと答えたところでそれを証明するものはないのだが。


とはいえ、これで1つ前の質問に対する答えが偶然ではなさそうなことがわかった。


ならばと俺は新たに土のゴーレムを出すことで、直接操作の対象を乗ってきた板状のゴーレムから切り替える。


そうしてただの板となったその上に土のゴーレムからある程度の土を分離させて載せ、その土ゴーレムは"格納庫"へ戻す。



「?」



その行動を疑問に思ったらしいスケルトンが首を傾げるので、俺はその土を板の上で均して意図を伝える。



「文字は書けるか?」


「っ!」


コクコクッ



俺が筆談させようとしていることに気づいたスケルトンが激しく頷いて肯定した。


続いて利き手を聞くと奴を捕らえていた土ゴーレムを操作し、奴に抱きつかせて拘束すると右手だけを自由にする。



「まずは……水って書いてみてくれ」


「……?」


コクリ



この質問の意図は読めなかったらしいスケルトンだったが、拒否する理由もないと判断してか骨の指先を土の上で滑らせた。


書かれた文字は……日本語じゃないな。


だが、何故か読むことは出来るし書こうと思えば書けそうだ。


文字の習熟度がこちらの世界に適用でもされたのだろうか?


まぁ、言葉が通じるのなら好都合……とも思ったが、これは同時に質問の内容が限定されることになる。


コイツが俺と筆談できるということは、俺以外の人間とも筆談が可能であるということだ。


ここでこの世界での常識について聞こうものなら、俺がそんなことを聞いてきたという情報が現地の人間に伝わってしまうかもしれない。


それにより俺がこの世界にとっての異物だと認識され、排斥されてしまう可能性がないとは言えないのだ。


人間との交流があるかと聞いて「ない」と答えられても、それが事実であるという確証がないので意味がない。


だったらこの辺りで人間が食用とできる物でも聞いてみたいところだったが、こいつが元々人間であったのなら生者を羨んだり妬んだりしていてもおかしくはないし、を増やそうと危険な物を食べさせようとするかもしれないんだよな。


それを考えると人里の方向を聞いてもそれが嘘であり、逆に人里から離れる方へ誘導される可能性もある。



「……」



これ、何も聞けなくないか?


食料に関してはゴブリン?に獲れた物を食わせてみる手もあるし、人里を探すのはゴーレムに乗って空からでもいい。


言葉が通じるということがわかっただけでも十分か。


そう判断した俺は……スケルトンを拘束しているゴーレムの命令を変更した。


その命令は、「俺に時速20km以上の速度で接近するものを防げ」というものだ。


これで毒ガスのような、速度を必要としない攻撃以外は大抵防げるだろう。


まぁ……遅くとも力のある攻撃方法はあるだろうから、ゴーレムが耐えられる限りという制限があるけどな。


これにより、このゴーレムは俺の指示がなくともこの命令を実行し続けることになる。


こんな設定をしているのは、このスケルトンを解放するつもりだからだ。


もう聞くことはないし、害意がないというのであれば無駄に殺す必要はない。


いや、もう死んでるから殺すことはできないのか?


まぁいい。


とにかく、こいつが黒い玉を持っているとしてそれを得るにしても、害意全開の上に数の多いゴブリン?がいるからそちらのほうでいいからな。


解放して襲ってくるようであれば、そのときは骨粉になるまで磨り潰すだけだ。


というわけで……俺はゴーレムを操作し、スケルトンの拘束を解いた。



スッ……


「?」


クィッ



解放されたことにスケルトンは首を傾げ、その意図を筆談で尋ねてくる。



「(どうして解放を?)」


「もう聞くことはないからな。襲ってこないってんなら好きにしろ」



そう答えるとスケルトンは再び筆談で質問してきた。



「(貴方は私が怖くないの?)」



む、常識的には怖がるのが当然だったか。


まぁ、普通は不気味に思う人が多いだろうし、作品によっては不死身で無限に襲ってくる設定だったりもするしな。


たが……



「俺の場合はこいつがいるからな。あっさり捕まったお前が相手ならどうとでもなるだろうし」



ゴーレムを指して言う俺に、スケルトンはこんなことを言ってくる。



「(私だって、こんな姿になる前は強かったんだからね?)」


「……」



え、暗に弱いと言われたことが気に食わなかったのか?


そう言われてもなぁ、と思っている俺にスケルトンは言葉を続ける。



「(強かったから人助けも沢山できたし、それもあって結構有名だったのよ?まぁ、おそらくそのせいでこんな姿になってるんだけど)」


「ん?人助けをしようとしたら殺されたのか?」


ピタッ


「……」



俺の言葉に少し動きを止めたスケルトン。


どうしたのかと思っていると……再び動き出して筆談を続ける。



「(わからないわ。この森の近くにある村から依頼があって、その村で一晩過ごしたらこの森の中でこんな姿になっていたの)」


「っ!?……ほう」



唐突に人里の情報が出て動揺したが……この近くにあったのか。


なら少し探せば見つかるのだろうけど、しかし安心もできないな。


その村の人間が犯人だとは限らないが、そうでなくとも就寝中に殺されたのであれば手引きした者がいる可能性がある。


そんな人物が居るとなると……その村に向かうとしても、黒い玉はもっと稼いでおいたほうが良いだろうな。


そう考えている間にスケルトンは筆談を進めていた。



「(おそらく、村で出された食事に薬か何かを盛られたんでしょうね。普段は寝ているときに襲われても返り討ちにできるぐらいの実力はあったから)」


「そういうこともあったのか」


「(まぁ……自慢するわけじゃないけど男の人には顔も身体もよく見られてたし、恋人や嫁になれって誘ってくる人も結構いたわ。1人で遠征でもしていると強引に犯そうとしてくる連中もいたわね。もちろんしたから無事だったけど)」


「……そうか」



俺としては強盗の類を想像していたのだが、今の話からするとやはり生前は女だったのか。


強くて有名でもそういう事があるのなら、基本的には女の戦闘能力が男より低くて甘く見られやすい世界だということになる。


そうなるとまぁ、男よりはが多そうだな。


しかし……そんな連中を返り討ちにできる彼女がこんな事になっているのは何故だ?


その疑問は彼女自身が推察した。



「(薬を盛ったのは村の人かもしれないけれど、おそらくは命令されてやったんでしょうね。私のことを良く思っていない人はそれなりにいたし)」


「強い上に人助けをするのにか?」


「(……それを良く思わない人もいたってことね)」



人助けをされては困り、村人に薬を盛れと命令できる……どんな立場か知らないが、碌でもない奴なんじゃないだろうか。


そこが気になった俺だったが、彼女はそこについての話をする気はないようで。



「(こんな姿になって人には怖がられるし、筆談しようにも人を騙してにしようとする罠だって話が広まってたみたいでね。森の外に出ても人に見つかれば逃げられるか襲われるし、面倒なだけだからここに引き籠もってたのよ)」


「それは……大変だな」



彼女がつらい目に遭ったであろうことは想像できるも、だからといって俺がしてやれることは何もない。


なのでこのぐらいの言葉しか出なかったところ、彼女はこんなことを言い出した。



「(だからその……ここに居てもいいかしら?)」



1人でいた時間がどのぐらいなのかは不明だが、こんなことを言い出すぐらいには寂しかったのだと思われる。


今までの話が全て事実であれば、可哀想だという思いがなくはないので……俺はこう答えた。



「ダメ」

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