第5話 夜襲

岩壁に背を預け、川の音を聞きながら夜空を見上げる。


今は何時頃だろうか。


周囲はすっかり暗くなり、焚き火以外に明るいのは夜空の月と星々のみになっていた。


創作物によっては異世界に月が複数あったりもするのだが、少なくとも俺が確認できた範囲では1つしか存在していないようだ。


しかし……こうやって落ち着いて考えると、やはり日本が存在する世界ではなさそうだと思えてくる。


ゴブリン?は未発見の生物だったことにできなくもないが、ゴーレムに関しては物理法則を無視してるからな。


異世界だとしたらどうするか。


生活の利便性を考えれば人里で暮らしたいところではあるも、治安が良いという確証はない。


現状、俺の戦力はゴブリン?達が体内に保有している黒い玉を源泉としており、それが尽きれば自力のみとなってしまう。


それを考慮すると……少なくともゴーレムさえ運用できれば一定の安全は確保されるだろうし、ある程度は黒い玉を稼いでおくべきか?


人を襲うゴブリン?が存在するのであれば、連中から人を守る役割も存在している可能性は高い。


それが創作物に出てくるような、怪物を獲物とするだとは限らないが……戦力を対価に、報酬として生きる糧を得られるのではないだろうか?


ならばとこの森に留まって黒い玉を稼いでおくことを考えるも、そうなるとやはり当面の食糧が問題になる。


下手な物に手を出して腹を壊すのは避けたいが、だからといって何も食べないわけにはいかず。


森で安全な食べ物ってなんだ?


元の世界の話だが……木の実・山菜・キノコなど、食用に適したものはあるだろうが毒性をもつものも存在すると聞いている。


そして俺にはその区別がつくほどの知識はないし、更にここは異世界である可能性が高く元の世界と同じ物があるとは限らないわけで。


となると……動物か?


流石に人型のゴブリン?を食べる気にはならないが、何か食糧になり得る動物がいればそれは選択肢に入れてもいいな。


動物にだって毒を持つものはいるかもしれず、その判断を誤れば命に関わるだろう。


だが他の動物に襲われるような動物であれば、ある程度は害がないと考えても良いのではないかと思われる。


その点で言うと、木の実なども動物が口にしていれば安全性の判断材料になりそうだが……まぁ、色々と探してみるしかないか。


もし少人数の人間を見掛けたら、そのときは様子を見て危険がなさそうなら接触して聞いてみよう。




しかし……この森に留まって黒い玉を稼ぐのなら、やはり問題はゴブリン?という敵性存在だな。


必ずしも少数で襲ってくるとは限らないし、現時点で言えば遭遇する度に倍の数となっている。


どのぐらいまで対応できるのかもわからず、対応できなければこの程度の怪我では済まないだろう。


そう考えながら、俺は投石を受けた左足のふくらはぎを焚き火に照らす。


そこは拳大の石を受け、鈍い痛みを伴う青アザとなっていた。


半身に構えていたせいでここに石を受けたわけだが、直接骨に当たるよりはマシだったと思う。


足の骨が損傷でもしたらまともに動けなくなるだろう。


ここはファンタジーな世界なのかもしれないが現時点で魔法の存在は確認できておらず、短時間で怪我を治すような回復魔法なんてものがあるという確証はないからな。


まぁ、俺の場合は歩けなくてもゴーレムに乗って移動する手もあるが。


あれは黒い玉の力を追加で消費してしまうがダメージを受けてもすぐに元通りになるし、何なら浮いて行動もできるので機動力自体はあるからな。



「ん?」



ちょっと怖いことを思い付いてしまったが……まぁ、これはいいか。




ゴブリン?の件に考えを戻すと、川の向こうから投石しかしてこないのであればやりようはある。


4人組のゴブリン?をやったときのように、石の丸鋸を飛び回らせて倒せばいい。


今度は石の壁もあるし、手で投げられる程度の石なら問題なく防げるだろう。


問題は前方以外から接近された場合だな。


追加で十分な大きさの石の壁を作成するとなると、黒い玉は2つほど使ってしまう。


そうなると戦闘に使える黒い玉は使いかけのものも含めて2つだけになる。


カツカツだなぁ。


石の壁を小さいものにすれば使える黒い玉は1つ増やせるが……殺意を持って投げられた石を受けた足の痛みはそれなりに強く感じ、これ以上の怪我はお断りしたい所存である。


で、あれば。


これはもう、こちらから仕掛けるほうがリスクを減らせるのではないだろうか。


もちろん、連中は俺を遠くから感知しているようなので俺自身が不意打ちすることはできないが、今日の戦闘からゴーレムならばそれが可能だと思われる。


こちらだって連中のことは感知できるのだし、ならば少人数で動いている者達から倒していって黒い玉を増やせれば……


まぁ、これは俺が全ての敵性存在を感知できることが前提で、ゴブリン?以外の敵を感知できずに不意を突かれるかもしれないのだが。


他の敵も感知できることを確認する機会はないかな?


とりあえず明日いろいろと試してみるか……と思っていると、川の向こうからいくつもの黒い玉が近づいてくるのを感知した。


感覚的にゴブリン?だとは思うのだが、その数は……16っ!?


1・2・4・16って、2乗で増えていくのかよ。


この増え方に沿っていけば、次は256体ものゴブリン?を相手にすることになるのか?


今、こちらへ向かってくる数が偶然であることを祈ろう。


俺はすぐに木の盾を持って戦闘態勢を取る。


それにしても夜襲か。


あるかもしれないとは思っていたが、本当に来るとはな。


左脚は傷むが壁の陰から出なければいいし、大きく動く必要はないから大丈夫だろう。


とりあえずは4体のゴブリン?を相手に使った石の丸鋸を再びゴーレム化し、対応を考えることにする。


焚き火はこのままでいいか。


連中があれだけの大勢でこちらへ真っ直ぐ向かって来ているのであれば、おそらくは水を求めてやって来ているわけではないだろう。


となると俺の存在を感知しているのだろうし、灯りを消しても俺を的にしての投石は普通に実行されると思ったほうがいい。


であれば、明るいままでも問題はないだろう。


俺としても、暗闇の中で投石の雨を受けるのは精神的にきついしな。


どうせなら罠でも用意したいところだが、パッと思いついたのは落とし穴だ。


土をゴーレム化すれば実行すること自体は難しくない。


だがあの数をとなると、連中の身体能力を考慮して深く広く掘らなければならないんだよな。


黒い玉にそこまでの余裕はないから却下だ。


他に、何かコストの低い手を……





暗闇の中、川の音を超えるざわめきが聞こえてきた。



「ギャギィッ!」

「「ギャギャッ!」」



1体が上げた声にその他の者が応じて声を上げる。


感覚でもわかってはいたが、今の声からしてもゴブリン?で間違いないだろう。


1体だけ黒い玉の力が幾分多いように感じるな。


殺気立っているのは……4人組のゴブリン?が河原で倒されたことを察したからか。


死体は川に流したが、その場に流れた連中の血はそのままにしてあったからな。


黒い玉に余裕がなかったし仕方ない。


連中はやはり川で足を止めたようで、程なくして俺に向かって投石を開始した。



ヒュゥッ……ガッ

ゴッ、ガガッ、ガゴッ……



16体ものゴブリン?が石を投げれば、それはこちらにとって雨のようにも感じられる勢いだ。



ガコッ


「くっ……」



それだけ多いと壁の陰に丁度飛んでくる石もあり、屋根代わりにした木の盾が音と衝撃を伝えてくる。


それに対し……俺はゴブリン?達に向かって大きな声でした。



「やっ、止めてくれぇっ!」


「「ギャッギャッギャッ♪」」



俺の情けない声に連中は笑い声のようなものを上げるが……



「ギギィッ!」

「「ゲギャッ!」」



連中の1体は指揮官なのか叱咤するような声を上げると、周囲のゴブリン?達はそれに応じて投石に集中する。


気を抜くなとでも注意されたのだろうか。


こちらのが上手くいくとは限らないし、遠慮なく気を抜いてくれていいのだが。


そうしてしばらく投石に耐えていると……ゴブリン達に異変が起きる。



「ギ……?」


ドッ



戸惑うような声と共に、倒れ込んだような音が聞こえてきた。


それは次第に他のゴブンリン?達からも聞こえ始め、それに伴い飛んでくる石は少なくなっていく。



「ギ……?っ!?」


バッ!



連中の1体が後方へ飛び退る。


黒い玉の力が多く、おそらくは指揮官だ。


こちらの仕掛けに気づいたか、だが……逃さない。


俺は連中が居た場所の後方に潜ませておいた石の丸鋸を操り、指揮官の身体を撫で回すように滅多斬りにした。



ズバズバズバズバッ!


「ギャアァッ……!」



暗い森の奥から斬る音やゴブリン?の声が広がる。


すぐに奴の黒い玉が動かなくなったのを確認したので、攻撃を止めさせた石の丸鋸をこちらへ戻す。


そうして木の盾を構えつつ、火の着いた薪を持って川の側へ警戒しながら接近すると……薄暗い中でもそこにゴブリン?達が倒れ込んでいる姿が見えた。


連中がこうなっているのはもちろん俺の仕業であり、その直接の原因は空気である。


正確に言えば窒素を集めたゴーレムで、それを選んだのは空気中に多く存在して重さも軽く、ゴーレムの材料として集めるコストが低いからだ。


連中の血が赤かったことと、溺れることを危惧してか投石という手段を取っていたことから、奴らは人間と同じく生命の維持に酸素を必要とするのではないかと推察した。


酸素濃度の低い空気を吸えば気を失うとどこかで聞いたし、それを連中に吸わせることができれば死なないとしても動けなくなるのではないかと俺は考えたのである。


この方法は木材や水など、必要とするものだけを収集してゴーレム化できたことから気体でも可能なのではないかと思い付いた。


実際に試してみたところ、目には見えなかったがゴーレムとして空気を操れることが確認できたのだ。


火のついた薪を突っ込んだらすぐに火が消えたしな。


なので連中が川へ到着する前に少しだけ窒素をゴーレム化して設置しておき、投石に集中しだした頃に再びそれを集めさせて周囲を覆ったというわけである。


俺が弱った声を上げてみせたのも、連中の意識をこちらに集中させて窒素のゴーレムに気づかせないためだったのだ。


まぁ、それが必要だったかは不明だが……やって損はないし、効果があったからこそ上手くいったのかもしれないからな。


そうして連中を窒素で覆ってみた結果が河原で倒れているゴブリン?達の姿であり、俺は追加で16個の黒い玉を得ることができたのだった。

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