第4話 川を渡って夜を迎える

さて、幅10mに水深1mの川を渡らなければならないのだが……少なくとも暑い時期ではないようだし、夜が来れば気温は下がるだろう。


こんな状況で体調を崩したくはないし、なるべくなら濡れないほうがいい。


飛び越えるのは難しそうだ。


服だけを投げておくにしても渡った後に濡れた身体を拭くことになり、結局は裸で過ごすことになる。


別の問題として、川の中に敵性存在がいる可能性もある。


俺を襲ってくるようなゴブリン?なんかがいたわけだし、水中に潜んでいるタイプの奴だっていてもおかしくはない。


というわけで橋でも欲しいところなのだが、そもそも人工物が見当たらなかった。


なので倒木でも使って橋に出来ないかと考えたところ……持っていた黒い玉の1つが俺の手を離れた。



ヒュンッ……コンッ



黒い玉が近くの木に接触すると、その木は葉の落ちる音と共に異様な変化を引き起こす。



ザザザザ……メキメキメキ……



樹皮が剥がれて剥き身になった木が粘土のように変形し、細くはなるも川を渡れる長さで製材された角材のように整った形になった。


すると、最後には切断されたように根本から切り離されて倒れ込んでくる。


不味い。


葉が落ちる音も十分大きかったが、木が倒れる音はもっと大きく鳴り響くだろう。


なので何とか倒れるのを止めようとしたところ、その角材は地面と平行な状態で宙に留まった。



ピタッ


「え?」



普通に考えてあり得ない光景ではある。


しかし……よく考えればゴーレムを作成できること自体が俺としてはあり得ないことであり、筋肉があるわけでもないゴーレムが人と同じように動けることも異常なのだ。


右手を上げるだけにしても筋肉がなければ別の力が働いているはずで、となると地面に接していなくてもそれを実行できる力があるということになる。


それが、今のように浮かせることができる力だということなのだろう。


ただ、木は浮いている質量に応じてか黒い玉の力が激しく消費されており、音を気にしてゆっくり地面に下ろしてみるとその消費量はほぼ0になった。


浮かせる力が不要になったのもあるが、形状の維持に必要な力も不要なようだ。


形状の維持に必要なコストは材質によるらしい。



「フゥ……」



とりあえず大きな音を鳴らさずに済んで安堵する。


そして眼の前に横たわる角材を見て思った。


ゴーレムって人型じゃなくてもいいのかよ。


まぁ、語源は未完成とか不完全とかそんな感じのことだったようだし、数ある創作物の中には人型ではないゴーレムもいたが……別にいいか。


形が自由で宙に浮かせられるとなれば、黒い玉の力は激しく消費するが色々と便利に使うこともできるだろう。


今のことから、ゴーレムの作成で材料を集めるのには触れさせる必要はないが、加工するとなると触れておく必要があるようだ。


しかし……木をゴーレムとして変形させるのは土を使う場合よりも黒い玉の力を多く消費する。


つまり、変形させる材料によって作成コストも変化するわけだ。


逆に言うと、十分な黒い玉の力があればもっと硬い物もゴーレム化でき、自由に変形させられるのかもしれない。


ここで俺は色んなものを考えたが……まずは川の向こうへ渡り、夜を迎える準備を始めることにした。






「よっと」


ジャリッ


ゴロンッ



川を渡った俺が地面に降り立つと、角材型のゴーレムが力尽きたように同じ地面へ転がる。


作成だけでかなり減っていた黒い玉の力が、俺を載せたまま空宙を移動させたことで枯渇してしまったからだろう。


その移動手段についての感想は……細かったのでバランスを考慮して座ることにし、感覚的には電車で座っているようなものだった。


クッションがないので硬くはあったが。


さて。


こいつにはまだ役割があるので引きずりながら岩壁へ向かい、それを傍に置いておくと岩壁を調べることにする。



ペタペタ


「うーん……」



特に何も無いな。


岩壁はゲームのように隠し洞窟などはなく、遠くから石を投げつけた後に手で触れて確認するもおかしな所は見つからなかった。


この岩壁が川沿いの上下にそれなりの範囲で続いているということは、背後から襲われる可能性がかなり低いのではないかと思われる。


できれば石をゴーレム化して壁にでもと思ったが、残念ながら黒い玉は2個しか残っていない。


ゴーレムではなくなった角材を薪として使いやすい形にさせたいし、護衛用のゴーレムを作成するのにも必要なのでより消費の激しい石の加工は控えるべきだろう。


そんなわけで俺は角材に黒い玉を触れさせ、輪切りにし損なって端が繋がったキュウリのような形に変形させようとする。


これで自分の手でも分割させやすくなると考えたのだが……ここで先ほどの光景を思い出す。


葉っぱや樹皮が勝手に分離したよな?


だとすると、ゴーレムからは指定した分を指定した形で分離できるのか。


ならばと俺は角材を薪として使いやすい形にし、火起こしのための火きり棒と火きり板、それに木の繊維を解して綿のようになった物も角材のゴーレムから作ってみた。


で、用が済んで角材から解放された黒い玉は……力の残量は少ないがまだ使えるな。


俺は綿のようになった木の上に薪を組み、黒い玉を火きり棒に接触させてゴーレム化すると火きり板に押し当てさせる。


さて、やれるかな?


そう思いながら火きり棒に指示を出すと……



シュルルルルルルッ!



ゴーレム化した火切り棒は俺の指示通りに高速で錐揉み回転を始め、程なくして小さな煙を上げつつ火種を作り上げた。


それを綿状の木材に点火させ、薪にまで火を回らせると一息つく。



ボオォォ……


「フゥ」


ぎゅるるるる



ため息と共に胃が空腹を訴えた。


腸の場合もあるんだったか?


まぁそれはいいとして、問題は空腹そのものだ。


仕事が終わって夕飯を何にしようかって時にあの男が絡んできて、気づいたらこっちに来てたからなぁ。


道中で食糧も探しておくべきだったか。


だが山歩きなんてほとんど素人だし、食用の可否などは判断がしづらい。


現時点ではまだ余裕があるし、腹を壊すことのほうが怖いんだよな。


脱水症状でも起こせば普通に命に関わるだろう。


それが怖くて川の水にも手を付けていないわけだし……ん?


初めてゴーレムを作ったときのことを思い返す。


地面には草や石もあっただろうに、土だけが黒い玉へ吸い上げられたよな。


ということは、必要な物だけをゴーレムの材料として集められるのだろうか?


それを確かめてみるため、俺は岩壁から離れて川へ近づくとゴーレムを作成する。



ザバババババッ!


「おお……」



推察通り、俺の前で川から黒い玉へ水が吸い上げられていった。


お試しなので拳大の球体を指定しており、それが完成すると恐る恐るその水を飲もうとする。


蛇口から出るような水を想像すると、その意志に応じて水のゴーレムは適量の水を放出させてきた。



ジャー……ゴクッ


「フゥ……美味いな」



とりあえずは一口だけ飲んでみると、普段から飲んでいるミネラルウォーターのような味や安心感が体中を駆け巡る。


やはり水は大事だな、これで何も起きなければいいが。


でだ。


水は土よりも作成コストが低く、しかし形状維持のコストは土よりも高いように感じられた。


やはり質量や硬度が重要で、その難易度はゴーレム化するコストに関わっているのだろう。


ただ、少量であればコストは抑えられるようだし、それならばと作成しておきたい物の候補を考えていると……先ほど渡ってきた川の向こうに人影が現れた。



「……またかよ」



その人影はゴブリン?であり、今回は4人組でのご登場だ。


連中が体内に持つ黒い玉の反応を感知していたので、こちらへ向かってきそうだとは思っていたが……どんどん倍になっていくのか?


いやまぁ、対応できなくはない数だし、いきなり100を超える集団で来られるよりはマシだが。


連中は水深のせいか、川に入ることなくこちらを見ているようだ。


1mの水深だと、1mを少し超える程度のゴブリン?には渡りづらいのか。


少なくともあの中に泳げるやつはいないらしい。


飛び越えようとしないのは何故だ?


この川幅で、最初に襲ってきた奴ぐらいの跳躍力があればギリギリ飛び越えられそうではあるが……


もしかしてあいつは人一倍……いや、ゴブ一倍跳躍力があったのか?


コミュニケーションが取れれば聞いて確かめたいところだが、応じてくれそうな気配はない。


そんなゴブリン?達は黙ってこちらを見ているだけに留めるつもりはないようで、川原の石を拾ってこちらへ投げ始めた。



ヒュンッ……ガッ


ヒュンッ……ゴッ



跳躍力はともかく、体格とは違って成人男性並みかそれ以上の身体能力を持つゴブリン?の投石は、50mは離れているここまで問題なく届くようだ。


石の大きさや重量もあってか精度は下がっているが、だからといって無視できるものではない。


なるべく大きく、十分な威力を発揮できる石を選んでいるようだからな。


なので俺は薪として積んであった角材をゴーレム化して変形させ、コスト削減のため頭部を守れる程度の大きさで盾を作ると黒い玉を分離させる。


そして被弾面積を減らすため半身に構え、頭部を守りつつ左右に動きながら別の物をゴーレム化した。



ヒュッ……ガコンッ


ヒュンッ……ドッ


「っ!?……チッ」



木の盾に受けた衝撃から殺意を感じ、それと同時に脚へ投石を受けてしまった。


怪我はしているかもしれないが、止まれば被弾の機会が増えるだろう。


なので動きは止めず投石に耐えていると……1体のゴブリン?が崩れ落ちる。



ドサッ


「ギ?……ギギッ!」


「ギャギャッ!」


「ギ……」


ドサッ


「ギャギィッ!?」



それに気づいたらしい他のゴブリン?がそいつに集中している間に、そいつから一番遠いやつも同じようにその場で倒れて動かなくなった。


新たに倒れた仲間にも気づいたゴブリン?達は動揺し、何が起きたのかと困惑しながら辺りを見回している。


よし、上手くいったな。


倒れた2体を仕留めたのは……もちろん俺である。


使ったのは石のゴーレムで、黒い玉を含めて直径5cmほどの円盤状にし、外周部が丸鋸のようになった物を作成した。


2人組のゴブリン?と遭遇した際、100mぐらいは離れていてもゴーレムを操れることがわかっていたからやれたことだ。


投石に耐えている間、それを気づかれないよう遠回りにゴブリン?達の方へ飛ばし、高速で回転させながら首の後ろ半分ぐらいを斬り裂いたのである。


小型で軽量だからこそ作成と操作のコストは高くなく、逆に形状の維持にかかるコストはほとんど掛かっていない。


やはり硬い物は形状維持のコストが掛からないんだな。


それが確認できたので……仲間を呼ばれる前に残りの2体も片付けておくか。





俺は木の盾を再びゴーレム化し、それに乗ると川を渡って新たに4つの黒い玉を入手した。


岩壁の方へ戻ると川に向かって身体を隠せるほどの石の壁を作り、ある程度は焚き火の灯りを遮れるようにする。


これで夜でも多少は目立たなくなるかな?


いや、岩壁に反射して間接照明のようになるだろうから遮光にはならないか。


まぁ、攻撃を防ぐ壁になるだけでもいい。


本当はコンテナハウスのように周囲を覆ってしまいたかったが、それが可能なだけの黒い玉は持っていないからな。


だからといってそれが可能になる数のゴブリン?達が来ても困るのだが。


壁にした石の硬度もあって黒い玉を4つの内2つ使ったし、多くても先ほどと同じぐらいに控えて欲しい。


できれば1体も来ずにゆっくり休めることが望ましいな。


そう思いつつ俺は脚を擦る。


そこはゴブリン?の投石を受けた場所で……鈍い痛みを発生させていた。

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