第37話

「おや、リコちゃん。話は聞いたよ、お疲れ様」


 ミサキさんの家へやって来た。


「今後、公園内の木には目印を付け一本一本識別できるようにしておくそうだ。有事の際はリコちゃんに報告へ行くと思う。その上でこちらとしても植物系モンスターへの対策を充実させ、植物そのものへの対処法も増やしておくと決まった。高確率で襲撃時の時間稼ぎにも転用出来るから、費用の割り振りも問題ないはずだ。もっとも、具体的な対処案はこれからだがな」


 待ち時間とかを使って、早速今後について色々決めたみたいだ。仕事が早い。


「今回の注意報も良い訓練になったよ。怪我の功名だな。エルフの置いて行った木を利用した街づくりを楽しみ過ぎて、避難経路の悪化点が見つかった。まだマルエス町に建築家がいるはずだから、呼び戻して明日具体案を話し合う予定だ」


 住民は町の南に集まりすぐ逃げ出せる準備をしていたみたいで、避難訓練みたいなことになってたんだ。何だか少し申し訳ない気分になる。


 でも、そういう話を聞きに来たんじゃなくて。


「あの、少し聞きたいんですけど」


 私は他のことがもっと気になってた。


「紅と桃って何ですか?」


 警戒にあたっていた人が怯えていた理由。誤魔化していたみたいだけど、耳が良くなった私には聞こえてた。

 

「……なるほど」


 ミサキさんは大きめの息をついて、話始める。


「どこから話したものかな。……水山の東、広い平原には悪魔あるいは邪神と呼ばれる強大なモンスターが湧くという言い伝えがある。イルさんの住む地か、それより少し南の辺りのことだな」


 高低差が少なくモンスターも少ない有用な広い土地があるけど、エルフが襲ってくるために使用不可能と言われている場所だ。


「そこはエルフとミルスが共同で管理していて、その悪魔だか邪神だかが出現しないようにしているという話だ。そして見張り役が『紅と桃』と呼ばれる同じくらいに恐ろしいモンスターだと言われていて、エルフとは無縁に思える名前のためミルスの方がそれだと噂される」


「そうだとしても、むしろ守ってくれているように思えますけど」

「かもしれないな。私もそう思うし、そう考える者は多いと思う。ミルスが神聖視されている面があるのは正にこれが理由だろうしな」


 守り神みたいだ。可愛くて強い素敵な守り神。私にとってのユフィみたいな存在が、もっと大きな範囲であったんだ。


「だがその点は関係ないと思った方が良い。大事なのは、”とても敵わない存在が見張っている”というところだ。子供を躾けるための寝物語は、今でこそ冒険者の名を利用するが昔は正に『紅と桃』だった地域があるらしい。その話を聞いて育ったエベナの民や、感化された者は無条件に赤やピンクのミルスを恐れるというわけだ」


 あー、そういうことか。「悪いことをすると鬼がやって来て食べちゃうぞー」っていうやつにミルスが使われてたってことだ。


「良かったー。そういうことだったんですね、安心しました。でも何で今まで聞いたことがなかったんでしょう」


 ミルスに関することなら詳しいつもりでいたのに。


「皆、意図的に避けてただろうな。こういう話は誇張してナンボというものだ。子供が怖がってくれないことには意味がないからな。その真偽が不確かな盛った話を、ミルス本人やミルスに親しい者に話して気分が良いかという問題だ。普通は止めておく。私もリコちゃんには聞かれなければ話すことはなかった」


 不安だったけど、分かりやすいしすごく納得した。ミルスってエベナだと昔から人に影響を与えてたんだなー。でも、避けられるモモはちょっと可哀そうだなと思った。


「とはいえ多分、この話はミルスも知っているだろうな。公園でも、赤色や桃色のミルスは見ないだろう?どうせ避けられると思って来ないんだ」


 確かに。言われてみれば公園のミルスは寒色系の子が多いし、農園の方が色彩豊かだ。そういう事情があったんだ。


「すっごく納得です。聞いて良かったー」

「私も気にし過ぎたかもしれないな。中途半端に知って誤解されても困るし、正にそうなりかけたわけだしな。ミルスは恐れられることはあっても、嫌われるようなことはないから安心して欲しい」

「あれ、でもそうなるとエルフさんたちは?」


 エルフとミルスが同じような立場っていう話なのに、エルフの方は色々言われてる。


「エルフに関してか……。それこそ私のような中途半端な知識で言うわけにはいかないな。是非、ミルスの方から聞いて欲しいところだ」

「前聞いたときは、真面目ちゃんってだけ言ってたような?」


 ユフィが雑なだけかもしれないけど、説明という説明はなかった。


「なら、人間が真面目じゃないから怒られたくなくて嫌がっているんだな」


 なるほど。本当にミサキさんの話は分かり易くて助かる。




 ついでに軽く買い物をしてから丘の上に着くと、改めて農園のミルスを見てみる。モモがいるからピンク色。田んぼのカボグラはオレンジ色。赤茶色の平べったい子。朱色っぽい毛玉の子。縞模様だけど暗めなピンク色がメインな子。


 赤色系の子いっぱいいるねー。

 なんだか今は全体的にミルスが多くてカラフルだ。人探しならぬミルス探しをしてたせいかな?


「ナー?」


 ノクルとラナも丁度帰って来たのか、後ろから「何してるの?」と声を掛けられた。

 ノクルも赤色入ってるけど、メインは黒色だから赤系っていう印象は薄い。公園で大人気だったわけだしね。


「カラフルだなーって見てた」

「ナ」

「ミルスの色に関する話題って何かある?」

「ナー……ナン」


 綺麗だとモテる……。ま、まあ、そうね?

 複数の色が混じり合っている子もいるけど、基本みんな綺麗だったり可愛い色してるけどね。


「ナゥ?」

「ナッ!?」


 お。ラナが「じゃあノクルはモテる?」って言った。間接的にノクルを綺麗だと褒めてる。良いぞ、効いてる効いてる。


 ここは二人きりにしなければと思い、気配を消して家へ。……そんな能力はないし、普通について来ちゃったけど。



 ◇



 例の玉ねぎが上手くいった。というか、上手く行くはず。まだ収穫したわけじゃないんだけど、なんだか「これだ!」という方法をやり切った感じ。玉ねぎちゃんも頷いてくれている気がする。


 今までだって頑張って育ててきたし愛情だって込めていたけど、やっぱり声が聞こえるようになってからはより距離が近づいた気がする。この玉ねぎちゃんが愛おしい。うん、絶対成功する。


 逆にここまで手応えを得ちゃうとその手応えのない植物が不安な気もするし、今までの植物も果たして本当に大丈夫だったのかなと不安になる。イルちゃんが最終的に扱っているわけだから、問題ないんだとは思うけど……。

 結局何がどうやって、どれだけ流通してるのかは曖昧なんだよね。たまに町の店で私が始めた野菜や果物が並んでいるのは見るんだけど、全種類見たわけじゃないし。


 ひとしきり悩みながら玉ねぎちゃんを見つめていたけど、こうして私が本気で手応えを感じることも、私だからっていう範囲に入っちゃうのかもしれないと思い始めた。塩梅が難しい。


 前まではどうやって育ててたんだ私。ミルスが育てていた光景を思い出しながら、なんとなくでしかなかったんだけどさ……。そのなんとなくのレベルが、こうね。


 今さっきも、「あ、この葉っぱ邪魔だよね」みたいに端の方のやつ取っちゃったけどさ。今までなら取らなかったよねこれ。この葉っぱを取った理由は「邪魔そうだから」なんだけど、「邪魔そう」って何だ?どうやってそれが分かるんだ……?


 あれ?……だ、ダメじゃん!このフルーティな玉ねぎは検証のためにもう一回やってたはずなのに、更なるクオリティアップをしただけで生産の検証にはなってない!つらい!


 なんてこった。まだ終わってもいないし最高の出来なはずなのに、やり直しが決まってしまった。もっとお世話の一つ一つに気を付けないとだ。植物じゃなくて自分自身の行動に。


 でもそれはそれとして、すっごいミルスっぽい感じじゃなかった私?「だってあの葉っぱ邪魔だし」……おおー、ミルスだ。普段言われていることそのものだ。何か感動。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る