第38話

 予想通り、玉ねぎの出来は良かった。ただしもう一回やり直し。

 ラナに「玉ねぎ好きなの?」と悪気なく言われてしまった。好きではあるけどね……。


 ただ、今回は例のハチミツシリーズに挑戦することをメインに据えようかと思う。輪っかを作る植え方が独特過ぎるので、範囲が必要だ。余った隙間に玉ねぎを植える形。


 これって輪っかの中に他の植物植えて良いのかな。ミルスがやってた際は植えてたけど……。じゃあこの中も玉ねぎ?いや、再現するなら色んな種類かな……?


 掘り返した畑を前に悩む。むむむ……。


 悩んでいるとモモがやって来た。ハチミツシリーズはテカった茶色と黄色の子が作ってたから、本来モモは関係ないはず。


「ピ」

「ん?え、なんで?」

「ピピィ」

「本当に?」

「ピィ」


 駄目だしされた。しかも、暴走の可能性についても指摘された。


 どうやらハチミツシリーズのデリケートさと、私の玉ねぎのクオリティが良くないらしい。


 私がこっちの畑で能天気に種を撒いてたのは、どうせ大したことにはならないからだ。

 植物が最大限の力を発揮できる準備がないと、暴走と言うほどのことは起こらない。ミルスが育ててないと力不足でそこまでは起きない、みたいな話。


 でも私が調子よく玉ねぎを育てているから、可能性が出てきたかもしれないと。なんだって!


「ユフィー?いるー?」


 米畑の方にユフィの影が見えたので呼ぶ。モモを信じていないわけじゃないけど、ユフィからの意見も欲しい。


「ミミャ」


 来てくれたものの、すぐとんぼ返りするユフィ。モモの方が詳しいようで、「知らん」とのことだ。知らなくても不安だからいて欲しいのに!


「こっちの種撒いて、玉ねぎ植えなければ平気?」

「ピィ?」

「……よし、とりあえずこれは諦める。ありがとうね。教えてもらえたら嬉しいんだけど、暴走の条件ってどこから?どんな植物が暴走しやすいの?」

「ピィー……ピピ」

「そっかー。わざわざありがとう」


 駄目だこれ!何か状況悪化してる!


 とりあえず、ハチミツシリーズ植えるなら他の種を適当に撒いてても失敗するらしい。多分、他の植物のクオリティも必要になってくる感じ。相互作用がうんたらかんたらだ。

 でも、そもそも植えてある植物がお互いに影響し合うような状況は危険だ。言われてみれば確かに危ない感じがする。


 今までは私の力が足りなさ過ぎて、影響し合うような植物はその前段階で終わってた。でも、そこに踏み込めるようにはなった。なってしまった。


 おかげで気を使わなければいけない点が増えてしまったというわけ。

 とりあえず、すごそうな植物は全部やめておこう。イルちゃんと話してた難易度高そうな植物を試してみる計画は取りやめ。平凡に、身の丈に合ったことをしよう。


 それでもって、もっと色々慣れてきてから考えよう。今は田んぼの方もあるしね。大人しくこれまで通りの感じで畑に種を蒔く。何はともあれ玉ねぎは今回で終わらせたい。



 田んぼの方は至って順調。水中キャベツと水中ゴボウができた。ゴボウの方は上側が蓮みたいになっているから、外見が可愛い。

 因みにこれはミルスが作ったときの味からして、どちらも美味しくないやつ。食べられないことはないけど苦い。そこら辺の雑草食べたらこんな感じかなって味。


 でもラナとノクルはパクパク食べるんだよね。食事に関する味覚は人の感覚とそれほど変わらない雰囲気なんだけど、こういうのはこういうので食べられるみたい。美味しく食べられる種類が多くて少し羨ましいかも。


 収穫を初めてすぐに噴水が降ってきたので傘魔法を展開した。自分が水中にいるのに傘を出すってすごく変な気分。今までは一生懸命過ぎて同じ状況になっても気にしてなかった。

 なんとなくそのまま、足は水中のままで田んぼの端に腰掛けて一休みした。


 ボーっとしているとマルナスがやってきた。最近姿を見てなかったから、嬉しい。

 何故だか濡れ鼠になっている。マルナスは防水してたはずだけど、濡れたい気分だったりしたのかな?


「モモン」

「ん?分かった。やってみるね」


 種をくれた。植物の種はミルスが植えたものの実から私が勝手に取るだけだから、こうした形で貰ったのは始めてだ。自分じゃ育てられないからくれたのかな。他のミルスに頼んだ方が……と思ったけど、ミルスは基本自分が育てたいやつしか育てないもんね。


 でもどうしてこの種に興味を持って、どうやって手に入れて、育てようと思ったんだろう?

 そのまま私の傘魔法の端に入ってのんびりしているマルナスを見る。

 

 聞けば良いだけなんだけど、お昼寝する感じの体勢になってるしなんとなくやめた。


 マルナスの育てる野菜は私にとって当たりが多い。今回も期待しよう。傘魔法を広げてマルナスに雨が当たらないようにしながら作業を再開。次の種は今貰ったのも含めて、しっかり味も期待できるやつにしよう。頑張るぞ。


 移動しようと思ってもまだマルナスはそこにいたから、傘魔法を固定化して置いておきながらも畑仕事に精を出した。



 次の日、私が田んぼを見に来るとマルナスがまたのんびりとやって来た。

 そもそもマルナスは田んぼの植物を作るミルスじゃないのに、不思議だ。それに田んぼのミルスだとしても、用がなければあまりこっちには来ない。


 今日は収穫も何もないから水質調整だけだし、作業はあんまりない。でも、マルナスは私に渡した種の様子が気になるようだった。


 大切に、愛おしそうにのぞき込んでいた。

 とっても不思議な光景だった。


 また噴水が降ってきたので、昨日と同じように傘魔法を出しておいてあげた。




 夕方になって。とっくに噴水はやんでいて。




 でも、マルナスはまだ、そこにいた。

 呆然と、その姿を見る。


「ミャミャ」


 なんとなく。ユフィに言われる前から分かっていた。


「ミャ……」


 そっと、マルナスを持ち上げた。

 涙が溢れる。こんなことは初めてだ。初めてで良かったと思う。初めてなんてなくても構わなかったとも思う。


「……」


 すごく、当たり前のこと。自然なこと。


 こういう形で見ることがなかったのは、天寿を全う出来ることが少ないから。凶暴なモンスターが沢山いるのだから、どんな形だろうと弱ったらモンスターにやられちゃう。それに、こうして最後の姿を見せる必要なんて本当はない。ミルスはこういう最後を嫌がると思う。


 それでもここで最後を迎えたのは、きっとこの農園を気に入ってくれたから。


「う…うぅ……。ありがとう、ありがとう……」


 もう、涙が止まらなかった。


 足取りがおぼつかない私を、マルナスごとユフィが優しく掴んで。森の奥の、然るべき場所に運んでくれた。


 ラナとノクルもついて来てくれていたみたいで、ただ泣き続けるだけの私をよそに、やるべきことをやってくれた。


 家に帰って、家で私がするべき仕事も代わりにやってくれた。




 ミルスの寿命は決まってない。短い子もいれば、長い子もいる。マルナスは五十歳くらいで、とっくにお爺ちゃんだったそう。


 眠る前に、どうしても気になってしまった私にユフィが教えてくれた。 


「ミミャー」


 私より長く生きる。自分勝手な私にそう言ってくれたユフィを抱きしめると、安心して眠ることができた。



 ◇



 翌朝、いつもより随分遅く起きた。

 既に隣にユフィはいなくて、ラナとノクルもいない。当たり前だと思いながらも少し寂しく感じた。


 仕事をしなくちゃと思って準備をして外に出ると、ラナが待ってた。


 ラナじゃなくてユフィもノクルもいるし、なんならモモとトロピもいるんだけど、ラナが一番前にいた。


「ナゥ」

「ん?」


 来てと言われたので、付いて行く。私の後に、ぞろぞろとユフィたちも付いて来る。多分ほかのみんなはもう何があるのか知っていて、私だけ知らないっていう感じだ。


 露天風呂のある家の裏に方へ回って……あ。


 そこには、小さな木の苗があった。


「ナゥナ」


 ラナがちゃんと植えた、初めての植物だ。かつてのバナナとは違って、しっかりと分かって植えた植物。


「おおー!おめでとう?」

「ミャー」


 普通はなんとなく始めることであって、祝うことでもない。ただラナは諸々の問題があったせいで、やけに遅れてしまっただけだ。


 なんでこのタイミングなんだろう。落ち込んでいた私のために、何かしなくちゃと思ってくれたのかな。


 ん?でもなんでこんなに改まった雰囲気で勢揃いなんだろう?

 答えはすぐに話された。


「ナナゥ……」

「モフォー」


 ……めっちゃくちゃ危ないらしい。もちろん管理が届いていれば平気なんだけど、最悪町も呑み込むって。


「ピィ?」


 トロピは木に詳しいからついて来てくれていて、処分や対処用にモモがいる。


「ラナがしっかり見てるんだよね?」

「ナウ!」

「よし、じゃあ任せた。頑張ってね」

「ミャ」


 ミルスの植えている植物で、最悪の場合の被害範囲なんてもともと気にしてないんだから、ラナの分だけ気にしても仕方がない。前科があるからこその対応なんだろうけど、もうラナは成長したはずだ。


 時間は誰も待たずに、流れ続ける。良くも悪くも、淡々と結果を運んでくる。

 私の見ていないところでラナは逞しくなった。私も成長しないといけない。


「ピィピ」


 気を付けてねと言って去るモモは、やっぱり優しいと思う。何だかんだ家族でもないのに一番親しいミルスってモモだと思うし。


 この木にはどんな実が生るんだろう。やっぱバナナかな。でもバナナって草だよね。

 バナナの木って呼ばれるけどバナナは草だし、果物って言われるけど野菜なんだっけ。思えばそんなところからして、ラナは中途半端だったのかもしれない。


 でも、バナナは一番広く親しまれてる果物だ。エベナではまだ安定して手に入るものじゃないけど、手に入れば美味しくてみんなを笑顔にしてくれる。



 ラナもきっと、そうなるに違いない。




――――――――――――――――――――


 一区切りです。完結ということにしておき、以降は不定期更新になります。



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リコのミルス農園 異世界農業暮らし? @nanotta

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