第35話
ラナとノクルの進展について、頭を悩ませる。
無理にくっつけたくはないけど、良い方向に動かしたい。どうすればそんなことができるか……。
なんて思っていたら。
「ミーミャミャ」
「え!」
その日の夕方に、ユフィからノクルがラナと番になったという報告があった。結婚っていう表現じゃなくて一緒になるっていう感じみたい。
「どゆことどゆこと!?告白したってこと!?」
そんなアッサリ?いやこれまで引き伸ばしてきたということは全然アッサリでもないのかな?
見たかった!絶対に嫌だろうけど!私も自分だったらそんなところ見られたくないけども!じゃあ見なくて正解か!でも気になる!
「なんて言ったの?教えて!」
「ミャー……」
呆れられながら「知らんし」って言われた!ぐぬぬ、一部始終を見ていそうな雰囲気を感じるし教えて欲しい!絶対にユフィの対応が正しいけどそれはそれ!気になる!
「ねえねえ、教えてよー!」
「ミャ」
……ダメだ、梃子でも動かない。本人が来たらそっちを問い詰めるとしよう。
「ノクルは今どこにいるの?」
「ミャミー」
森で報告をしているみたい。あんまりミルスがそういうことしてる感じはしないんだけど……。あれ、もしかして誤魔化されてたりする?
じっとユフィを見つめる。でも「どうかした?」と素知らぬ顔。うーむ、本当かどうかすら分からん。嘘だったとしても引き出す手段がない。
「ミャ」
「ん?」
「ミャミャ、ミミャー」
「え、あ」
ノクルって言っちゃってた。もう家族になるということでお咎めはなしだけど、うっかり口に出しちゃった。結構慣れてるつもりなんだけど、なんだかんだでミルスとのやり取りで一番大変なところだ。
名前がない、呼べないっていうのは意外と難しい。
夜になると、二人が家に戻って来た。
「おかえりー!」
待ち遠しかった!
「ナゥー」
「ナナーナ、ナンナナ」
「よろしくね」
これからはここがノクルの家だ。急な報告だったけど、もともとそのつもりで用意してたから何も問題ない。
「最初の言っておきたいんだけど、あなたの名前はノクルで良い?」
「ナー?」
「そう」
「ナゥー」
「ナン……ナ、ナナー」
ラナがすぐにノクルと名前を呼んだことで、ちょっと不満のありそうだったノクルは引き下がった。こっちとしてはずっとノクルで認識していて今更変えても間違えそうだし、助かった。ナイスラナ。
「ささっ上がりましょー」
玄関でやり取りを続ける理由もない。既に魔法は剥がしてあるみたいだし、のんびりと居間で話そう。
「えーと……なんて告白したの?」
「ナ……」
本当は色々確認することとかあるんだけど、気になって他のことが思い浮かばなくなっちゃって……てへ。
「ナゥナナ?ナナゥ」
「ほほーう?」
「ナー!」
微妙に上から目線で「私が番になってあげても良いけど?」みたいな感じに言いながら、幸実を渡したと。そんでもって「良いけど?」とその実を食べてお返事。「ふ、ふーん。じゃあ、よろしくね」となって終わりだ。
幸実とはミルスが告白の際に用意する、お気に入りの植物の実を二つ茎や枝に刺しただけのアイテム。「共に食べていこう」とか「共に実りある生活をしよう」みたいなやつ。使わないミルスもいるけど、使うのが礼儀正しいんだとか。
ツンデレさんだ。
わりと本気でどうでも良さそうなラナとの対比が面白い。
何も気にせずに私に教えてくれちゃったしね。でも、これからはノクルの方も大事にするんだよ?
最近の様子を見るに平気だと思うけど、この反応だと子供過ぎて分かってないということじゃないかと若干不安になる。とはいえユフィが気にしてないんだから問題はないはず。
「部屋はどうすれば良いのかな?」
物置部屋や倉庫を改造しても良いし、とりあえず客間を使ってもらっても構わない。
と思ってたんだけど、ラナは今まで通りのつもりでいたらしく、そのままノクルも私の部屋で寝ることになった。
「ミャミャ……」
一番気まずさを感じているのはユフィみたい。「二人で寝ろよ」と冷静に突っ込んでいたし、ミルスでもそういうものだって。ちょっとラナが鋼の精神だった。無神経ともいう。
まあ本当に問題がありそうなら、その時にちゃんと注意しよう。ユフィもそう思ったから戸惑いながらも了承したんだろうし。
ノクルはもはや諦めた顔をしていた。達観するのが早いって。振り回されっぱなしな感じだけど、大丈夫なのかな……でも、そういうのが好きなんだっけ。うーん、分からん。
お祝いの品はなくなっちゃってたから、次の日に町で奮発して買い物をした。エベナでは海の魚を獲るのが大変で高級なんだけど、そういうのも遠慮なく買ってお刺身にしたりしていかにもお祝いの席って雰囲気にした。
森に住むミルスとしても珍しいから、ノクルも大喜びで食べてた。
食べたこと自体はあったみたいなんだけどね。公園にいる時に貢物として。……流石。
めでたくノクルが家族の一員となったのは嬉しいけど、毎日家に帰ってくるとなると分泌されてる溶解液?が大変だ。夜はともかく、ご飯のタイミングが問題。毎回裏で流すのも大変だろうし、どうしたものかと思っていたら「しばらくは外で食べるから気にしないで」とのこと。考えがありそうだったので言われた通りにしている。
因みに夜は自分で裏の露天風呂を使ってる。一人でせっせと対処している姿が、なんか可哀そうというか寂しそうだった。
そこで、剥がし終わって安全になった頃合いにラナを放り込んで「一緒に入っておいで」ということを繰り返していたら、ラナも勝手に行くようになった。もともとお風呂が好きだったし、丁度良かったのかもしれない。
「……ミャ?」
ガシッ
「ミャー!」
お風呂でわしゃわしゃする相手がいなくなったので、たまにユフィを連行することにした。
◇
最近、ラナが飛ぶようになった。
空中をふんわりと蹴って跳びあがる姿はなんとも素敵。羨ましい。
魔法で空気をのんびりさせて、そこに乗るそうだ。納得できるような、いまいち納得できないような、そんな説明。
よりいっそう自由に動き回るラナは、たくさん働いてくれるようになって……たくさん怒られてた。
あんまり植物の周囲で余計な魔法を使わないで欲しいみたい。
動き回るか怒られているかの二択みたいな日が数日あって、懲りたのか畑では飛ばなくなった。
でも、いざという時に飛べるという事実は大きいみたいで、動きが大胆というか恐れを知らなくなって仕事の効率はすごく上がってる。立派になったなぁと思う。
その傍らで、フルーツ感のある玉ねぎを収穫した。
すぐ収穫せずに、実を土から露出させた上で日を遮って少し置いておいた方が良さそうだと何となく感じて、それを実施したら正解だった。耳のおかげだ。
かなり上等な仕上がりで私でも作れたということになるんだけど、耳に頼ってるし作り直しだ。
収穫タイミングの目安が誰でも分かったり、毎回同じようになるなら問題ないから、そうなるかどうか試さなきゃいけない。今までの数打ちゃ当たる戦法よりは良いように思えるけど、考えることは増えてる気がする。
田んぼの方の炭トマトじゃない方のやつは失敗した。これはわりと予感がしてて、変な話予定通りというかそんな感じ。ヤバいと思ってから水質を調整してブレーキを踏んでたんだけど、急には止まれないというかなんというか。
失敗は失敗なんだけど、今までと違って原因が分かるようになったから感覚は全然違う。残念ながら種に余裕はなかったやつだから再チャレンジはできないけど、こういう場合があるんだなって学んで次に生かせそう。
気を使うことが前より増えててかなり大変だけど、楽しい。良い汗かいてるなーと思う。
そんな充実感を覚えながら、帰宅すると変な黒い物体が玄関にいた。私は何だかわからず身構えて、傘魔法を展開する構えをとっていたんだけど……。
「ナー」
とノクルの声がした。というかノクルだった。
「え、なにそれ」
シュッとした格好良いフォルムだったノクルの面影はなくて、ごてごての丸っこくて固そうな見た目。寸胴というか楕円形というか。
「ナーナナ」
「はえー、触ってみるね」
「ナン!」
やる気十分。指先でツンツンする。見た目通り固い。ペタペタと全体を触っていくけど、溶かされることもなければピリピリする感じもない。
「おー、足の裏は?」
「ナナ」
「それもそうか」
どうせそこは軽く洗うし、毛が少ないから手間も少ない。細かい部分も固いと畳を傷つけることにも繋がるし、肉球辺りはそのままだ。
ともかく、この状態なら周りを溶かす心配がない。安全フォルムというわけだ。
持ち上げてみる。おー、やっぱり重い。と思ったけど、そもそもノクルをこうしてしっかりと持ち上げたことなんて記憶にないかも?お風呂で軽くってくらいか。でもきっと重くなってるとは思う。
突然持ち上げたせいでパタパタと動かす手足が、丸っこいフォルムのせいで短く見えて可愛い。
「ナゥ?」
ラナもやって来た。見たことのないラナの状態に興味津々のようで、私の体を登ってそのままノクルに飛び乗った。ちょ、ラナは軽いけど突然乗るのはノクル落としそうだからやめて。
そのまま踏んだりペシペシ叩いたり。動き難そうなノクルに対してやりたい放題だけど、ノクルも満更ではなさそう。ノクルを床に下ろしてあげても、ラナの猛攻は止まらない。
……なんか、今までで一番ノクルに興味を示してない?
いつの間にか傍に来ていたユフィと、何とも言えない視線でしばらくその様子を眺めていた。
ともかくノクルはこのフォルムのおかげで家に上がるのが簡単になって、完全にうちの一員になった気がした。
なお、ラナがすごく構ってくれるので夜もこのフォルムになったりする。そしてこのフォルムは液を纏っている時しか出来ないみたいで、寝る前にまた風呂へ行く羽目になったりしている。
ユフィが馬鹿にしてたけど、幸せそうだからオッケーです。
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