第31話
私は用が済んだので管理局から出た。
「ありがたい話だ。こうなると、リコちゃん待ちだな」
「ですね。リコさんが上手く行くかでコストが全然違います」
帰り際に建物内でミサキさんたちが会話してる内容が聞こえてくる。盗み聞きみたいだけど、自分の名前を出されると気になっちゃうんだよね。
「しかし耳が生えるとは……。戦闘力はないにしろ、私と同じか、それ以上の力があるのかもしれない」
「そんなにですか?」
「正直思えない。そして思えんのがまた問題だな。下手なことは起きないように考えて置く必要があるかもしれん」
「どうでも良いけど、たぶんリコっちに聞こえるよ?」
「え?」
おっとっと。
そりゃアイリスちゃんは分かるか。
……いや、なんか申し訳ない気がしちゃったけど、今の私だと普通に聞こえちゃうんだから仕方ないかな。聞こえるのが普通で、聞く必要がないものをあえて無視してる感じだし。
立ち止まって聞こうとしているわけでもないから、そのうち聞こえない距離になるわけだし。しょうがないしょうがない。
にしてもすごいなー、建物の中の会話でも聞こえちゃうんだもん。ということはミルスたちも町の人たちが何をしようとするか、いっつも分かってたのかな?どうでも良いと思って聞こうとしてない可能性もあるけど。
今回の件も、伝えるまでもなく聞こえてるミルスがいるのかなぁ。
とはいえミルス同士でどこまで情報共有をするかも分からないから、やることは変わらないか。
……あ、でも会議室の話は聞こえなかったし、ミサキさんの家も防音がどうたらと言ってたから、重要な話は大丈夫なのかな。まあ今みたいに立ち話しちゃったら、全部筒抜けになっちゃうけど。
道を歩いていても、その気になれば家屋内の声が聞こえる。聞かないけどね。聞きたくない話なんていくらでもあるし、向こうも聞かれたくないはず。いつも通りが一番だ。
でも、気になっちゃう場合もあるわけで。
「あのー……」
「なぜバレた……」
市場の方たちが、隠れながらこちらを覗いて話していた。
ストーカーとかそういう危ないことじゃなくて、ケモ耳の噂を聞いて気になって見に来ただけ。普通に声を掛けてくれてよかったのに。
「結構耳が良くなってるもので」
「おおっ、正しくケモ耳!そこいらの飾りとは違うっ」
何か感動してる人がいる。
申し訳ないけど、今のくらいならケモ耳になる前から聞こえてたかも。
「すまん、話したらみんな兎にも角にも見たいと言い出してな。一目見て引き上げるつもりだったから、引き止めるのもどうかと思ってこんな風になった。逆に迷惑だったな」
「そこまで気にしてるわけじゃないから平気ですよー。ただこっちも気になっちゃっただけなので」
耳に入っちゃうとどうにもね。
「あっあの!」
「おい馬鹿」
「はい撤収ー!ごめんねリコちゃん。お騒がせしましたー」
「え、あ、はい」
何かを切り出そうとした人が押さえつけられ撤収して行った。
「……」
遠くで言い合ってる声が聞こえた。どうやら、耳を触りたかったらしい。
「ミャミャ、ミャー」
「へぇー、そうなんだ」
ミルスによっては、それほど耳が良くないタイプもいるみたい。帰宅後にユフィと話したら、また新たなことを色々知れた。ミルスについては詳しいつもりでいたけど、まだまだ細かいことは意外と知らないものだ。当事者になるとまた違うものだねー。
翌朝、鏡の前に立つと違和感を覚えた。
「ん?」
いや、これ昨日もやったな。でも、仕方ないと思う。
もちろん耳のことじゃない。まだ慣れてないし違和感はあるんだけど、そうじゃない。
横を向いて、鏡を見る。
「あらー」
尻尾生えてーる。耳だけかと思ってたらまさかの時間差。
お尻フリフリ、尻尾フリフリ。可愛い。あ、私じゃなくて尻尾がね。……同じかな?
尻尾の形は犬に近いかな?まあ実際には犬と違う、というか、それ以前に物理法則を無視してたりするんだよね。エベナらしいっちゃらしい。
鏡の前に立つまで気付かなかったのもこのせい。
なにせ尻尾に触れない。物理判定がないって言えば良いのかな?それか当たり判定?
触ろうとしても立体映像でしかないように、素通りしちゃう。普通に尻尾が生えてたら起きた瞬間気付きそうなものだけど、まるで現実には存在しないかのような状態だからそりゃ気付かない。
もちろんズボンもパンツも貫通してるから、余計な心配をしなくて済むのはありがたい。尻尾の穴開けるって結構難しそうだよね。失敗したら使い物にならなくなりそうだし、大変だ。
獣人さんがいるような町なら困らないんだろうけど、ユグロコじゃアイリスちゃんくらいだし。……あれ、アイリスちゃんはどうしてるんだろう?
何にせよ私は何も気にしなくて済みそうで良かった。手入れとかも難しそうだし、農作業の後泥だらけになったりもしない。いや、その場合はズボンの中にしまっておくかも。ん?ということは逆にズボンの中に仕舞っておくということが出来ないわけか。
「あ、ユフィ~、これ触れないんだけど、よくあること?」
「ミャミャー」
あんまりないみたい。でも全くないわけじゃないと。私に尻尾があると邪魔そうだから、気を使って邪魔にならないタイプになってくれたのかな。ナイス尻尾、良い判断だぞー。
「因みにこれは何が出来るようになるの?」
「ミャー?」
分からないとのことです。えー。
重さとか物理判定があるならそのまんま姿勢制御とかに使うんだろうけど、無いんだもんな―。ただの飾りかな。あ、でも耳のことはモモの方が先に気付いたっぽいし、他のミルスに聞けばまた違うかも?
ということで畑作業ついでに聞いて回ってみた。
結果、何も分からないということが分かった。
ユフィの言う通りこのタイプの尻尾はそもそも珍しいみたいで、その上珍しいなりのパワーが秘められたりとかもなさそう。やっぱり飾りっぽい。
何なら効果はないのに問題はある。この尻尾、めっちゃ動かしやすい。
自分の手足よりも簡単に動かせるというか、簡単に動いてしまう。
どういうことかというと、気付いたら動かしちゃってる。……まあ、その、犬みたいにね。感情の変化に合わせて動いちゃうわけ。気付いた瞬間、滅茶苦茶恥ずかしい。
ミルスはこんな風に分かりやすく尻尾を動かすなんてほぼないんだけど、なんでだ。嬉しそうに尻尾を振るなんてラナくらいしかしないのに。
ユフィに相談しても、「いいじゃん可愛いし」と他人事だ。ぐぬぬ。
耳は有能っぽいし恥ずかしさよりも誇らしさ?みたいなのが上回ってたけど、この尻尾はどうにも困ったちゃんだ。今日町に行く予定はないけど、行くのが今から億劫になってきた……。
ファッションでズボンに尻尾付けてんのと変わらないよねこれ。そんな奇抜なファッションはしたことなかったんだけどなぁ。
暇になったタイミングで何かに使えるんじゃないかと必死にあれこれ試したけど、やっぱり使えない。
終いには田んぼに浸していたら、ノクルに馬鹿にされた。むきー!
それでもまた手が空くごとに、諦めず思いついたことを片っ端から試していたんだけど、何の成果も得られなかった。気が付くと日が暮れていて、すごすごと家に戻る。何か疲れた……。
「ミミャミャ」
「そうなのよ、分かる?あ、尻尾か……」
元気なく垂れ下がる尻尾。私の気分を代弁するかのように、へにょんとしてる。いや、あなたのせいで疲れたんだけどね?振るんじゃなく振り回されてた。なんというやつだ。
夕食を終えてのんびりしている際には、ラナが私の尻尾へ猫パンチして遊んでる。触れないのって不思議だよね。そのクセ床や地面を貫通して下には行ってないのだからまた謎なんだけど。ご都合主義テイル。
でも当たり判定があるよりはマシなのかも。ズボンの問題だけじゃなくて、尻尾あったら寝づらそう。今みたいに就寝するわけでもなく、ゴロンとするときにも尻尾を気にしなくちゃならないのは、ストレスになりそうだもんね。
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