第30話

 町まで行くことにしたけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 一応隠すようにパーカーのフードを被ってみたけど、耳の部分がもっこりしてて隠せてなさそう。じゃあ普通の帽子を……と思ったけど、被ってみると耳の部分が窮屈だ。これこそデメリットな気がする。余裕のない帽子は被れない。


 面倒になったのでもうそのまま行くことにして、町へ降りる。町へ入る手前の段階で、なんだかもう恥ずかしくて顔が赤くなっているのが分かる。


 町中へ入ると通行人にチラッと見られてビクついたけど、何の反応もなく素通りした。よく考えたら、ケモ耳付いてる人ってエベナじゃそこまで珍しくもない。


 普通に獣人みたいな種族の人いるし、私みたいに生えてきたタイプやアイリスちゃんみたいに人間化したタイプもいる。全体で見れば少数派なのは間違いないけど、今更はしゃぐような特徴ではないかもだ。


 ちょっとだけ安心して、普通に歩き始めたところで目の前の通行人が固まった。


「リコちゃん……だよな?」

「えっと、はい」


 市場のおじさんだ。目を丸くして私を見てる。正確にはその少し上にある耳。


 ケモ耳の人が歩いていることは珍しくなくとも、知り合いがケモ耳になっていることは中々に珍しいことな気がする。少なくとも私の知り合いにはいない。おじさんにとってもそれは同様のようで、思いっきり動揺している。


「いや耳、耳」

「あ、はい。今朝生えました」

「そんな農作物みたいな」

「不思議ですよねー。ビックリです」

「そのわりに落ち着いてるように見えるんだが……」

「これでも朝は結構動揺しましたよ。ただ、ユフィは冷静でしたし何か軽い説明?みたいなのもされたので、落ち着きましたね。私の周りはみんなこんな耳なわけですし」


 ミルスには色んな耳の形があったり耳自体無さそうな子もいるけど、人間っぽい耳の子はいないし。


「ミルスからすれば大したことないってことか。なるほどな……」


 ユフィとラナ以外は最初驚いてたけどね。


「今日はミサキさんにその報告ってとこか?」

「そんな感じです」

「さっき公園横の管理局へ向かってるの見たから、用があるならそっち行くと良いかもしれん」

「ありがとうございますー」


 困ることになってたかもだ。ペコッとお辞儀をしてお礼を言う。


「可愛いな……」

「ん?」

「いや、なんでもない。町の奴等にその耳のこと言っても良いか?」

「良いですよー。どうせすぐにバレるでしょうし」

「よし、じゃあ俺はこれで。共有しなくちゃだ」


 おじさんは何故か張り切って走って行った。来た方向に戻って行ってるけど、良いのかな。それに私もそっちに行くんだけどな。


 目的地へ進んで行くと、やっぱり知ってる人は驚いてた。そこから普段関りのない人も「え、突然生えたの?」と噂を聞いてこちらに注目している。今までもそうした会話は聞こえてたけど、より鮮明に聞こえるようになっちゃったのでコソコソ話にしていても聞き取れてしまう。


 そうして気になることを言われるとケモ耳がピクリと反応しちゃうのも自分で分かるので、何だかますます恥ずかしい。


 逃げるように早歩きになりながら、管理局へ辿り着いた。


 この管理局は、公園やミルス、森方面への管理や警戒を行っているところだ。

 西にも似たようなものがあって、前回のモンスターの襲撃はそこでいち早く感知したからこそ避難が順調だった。町にとっては重要な場所だ。


 そしてここはスミレさんの職場でもある。

 言われた通りに来ちゃったけど、忙しそうなら出直しかな。


 とりあえず入口を開けて中を覗いてみると、待合でアイリスちゃんが暇そうにしていた。ミサキさんに着いて来たのは良いけど、飽きちゃったのかな。元の用事はアイリスちゃんの方だし、丁度良さそうだ。


 受付に会釈をしながら入って行くと、目を丸くしていた。私はこの人を知らないけど、向こうは私を知ってたみたい。

 アイリスちゃんも私だと気付いて、驚いてる。公共施設で声を出すのを控えていたのか、表情と身振りを使って全力で驚きを表現していて、面白い。


「ふふふっ、そんなに?」


 隣に座って話しかける。


「そりゃ驚くよ。えっ、何で落ち着いてるの?」

「私も最初は驚いたけど、みんな驚くからこっちは逆に冷静になっちゃった感じかな」

「リコっちが気にしてないなら良いんだけどさ。なんかお揃いだね。触って良い?」

「良いよー」


 やっぱとりあえず触ってみたくなるよね。


「おおー、本物だ。生えて来るものなんだねぇ」

「アイリスちゃんが言う?」


 私はケモ耳が生えただけだけど、アイリスちゃんは人型になってる。変化量が全然違う。


「私はこう、なるぞーっていう感じだったから。リコっちはそんな感じなかったじゃん」

「今でも別にないよ?多分、農園頑張りたいなーって方向で生えたんじゃないかなって考えてる」

「農園?」

「風聴って言うんでしょ?」

「わっ、ってことは植物の声が分かるの?すごいじゃん」

「なんとなくは分かったけど……これ、声なの?」

 

 声って感じはしないけど。


「雰囲気よ雰囲気。実際は何も喋ってないし、全然違うって話だよ?」

「全然なんだ」


 喋る植物もいるって聞くし、植物系のモンスターもいるからそこら辺の確認はできるんだと思う。


「うん。こう、勝手に植物の状況を読み取ってるだけだからね。その感覚がどんな形かっていうやつの分類だから、耳使ってる感じになると風聴」

「確かに耳なんだから、聴こえるって表現になるかー」


 耳が生えてから分かるようになったわけだし。


「因みにアイリスちゃんは?」

「私?私は熱感。元気でしょ?」

「えーと、アイリスちゃんは元気だと思うけど……」


 多分、熱感は元気っていうお決まりがあるんだろうけど、トロピはむしろのんびり屋な感じで真逆に近い。あんまり納得できない。


「まあともかく、ケモ耳が生えたのでその先輩から何かアドバイスとかあるかなーって思って来たんだけど、なんかあるかな?」

「耳かー。私にとってはこっちの耳が後付けだからなー」


 そう言って人間の耳を見せるアイリスちゃん。

 人間より耳の良い生き物だったのに、人間の耳が生えて来るって微妙かも。


「尖った枝に引っかけて切らないようにとか?鬱蒼としてたら畳んでおいた方が良いよ」

「なるほどー」


 やっぱり森では気を付けた方が良さそう。でもそうか、自分で動かせるんだから動かさなきゃか。


 他にも雨とか戦闘時とかの際にも気を付けた方が良いかもしれないという話を聞いた。何にせよ、必要に応じてしっかり動かした方が良さそう。でも本当にそれくらいのもので、いかにもという感じのアドバイスは思いつかなかったみたい。


 アイリスちゃんは人間の方の耳もちょっとは動かせると言って見せてもらったり、そうしてじゃれているとミサキさんがこのロビーまで出てきた。


「お、こんにちはリコ……ちゃん?」

「こんにちはー。生えてきました」


 端的に説明する。ミサキさんの横にはスミレさんもいて、同じように「え?」という表情で固まってる。


「どう?似合ってる?」


 私としては驚かれ慣れてきたので、ちょっと遊びを入れてみた。


「似合ってると言えば似合ってるが……え?」


 スミレさんは声を挟まずに、両腕をガッツポーズしながら頷いている。モモと同じ感じなんだろうな。


 喋り慣れてきた一連の流れを説明し終わると、やっぱり二人は耳を触ってきた。おっかなびっくり優しく触るからくすぐったい。他の職員の方も興味深げにこっちを覗いてるけど、流石にキリがないから今日のところは気にしないでおこう。


「結構、いや意外と……うーん」

「どうしたんです?」

「早い話、リコちゃんは強いのかなと」

「強い……?えっと、普通に雑魚ですけど」

「戦えばそうなのかもしれないが、それ以外の分野での話かな。この手の肉体的変化は、簡単には起こらないとされているんだよ。でもそうして生えて来たってことは、何かしらの努力が結実したと考えられる」


 いわばこれは人間の進化だから、相応のレベルみたいなものが上がってるはずだという話。こういう変化があるのは大抵冒険者だ。

 努力してると言えばしてるけど、そんなにかと言われたらどうだろう。


「ただリコは特殊な環境下にいるから、一概には言えない部分がありそうなのがな……。いや、それこそが負荷となって能力が向上していたとか?」

「さぁー……」


 私は普通に過ごしているだけなので分からない。


 ミサキさんは真剣に考えているようだけど、スミレさんはシンプルにケモ耳に目を輝かせている。「すごいですね、可愛いですね」と静かな声で褒めちぎってくれている。


「そういえば、公園はどうするんですか?」

「公園……?ああいや、それを今話してたところですね」

「しっかりしてくれよー」


 ケモ耳の虜になって呆けていたスミレさんに、ミサキさんが呆れている。


「やっぱりこのままじゃ防衛上も良くないので、伐採する方向で決まりました。職員のミルスを通して伝え、未使用の木を順次切り倒して行く予定です」

「ただし木は前よりも残す方向だね。広場なんかは中心に木を残す予定だ。子供がボール遊びをするような場所でもないし、広場はあんまり意味がなかったしね」


 広場の中心は何もないだけで使われもしてなかったから、確かに木が生えてた方が良さそう。

 前よりもっと良い公園になりそうだ。


「問題もありまして、木を切り倒したところで根を上手く取り除けるか分からないんですよ。ミルスが増やした木ですから、一筋縄ではいかなさそうで」

「ほえー」


 私は木に関してはまだノータッチだから、よく分かんないや。


「勝手な頼みだが、できればリコちゃんも協力して欲しい。下手なことはしたくない」

「別に良いですけど、私は何も分かりませんよ?精々ユフィと詳しそうなミルスに声を掛けてみる程度です」

「詳しそうなミルスに聞けるというのが、あまりにも大きいわけなんだがな。ただ、あくまでこれは町の管轄のことだから、無理はしないで良い」

「はーい」


 政治っぽいことは分からないので、素直に従っておくだけだ。


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