第32話

 次の日。

 買い出しをしなくちゃならないので町へ降りなければならない。


 さて困った。恥ずかしい。


 ユフィに乗ることで尻尾を隠すとかどうだろう……。

 普段乗ってないのに、乗ったまま町をうろついてたら何事だという話だよね。そんな理由じゃそもそも乗せてなんてくれないだろうし。


 大きなリュックを背負って、こう、尻尾の位置を隠すように……。無理がある。どんなにだらしなく背負っても、尻尾を全部隠すのは難しい。それに滅茶苦茶歩きにくい。


 普段使わないスカートを引っ張り出した。これをふんわりとはいて……。だめだ、むしろ根本らへんがちょっと隠れる状態が一番意味分からなくて気になりそう。バグった3Dゲームみたい。

 もはや私にとってスカートは鬼門になってしまったのでは?元からタンスの肥やしになっていたから被害は少なく済むけども。


 そのまま行くしかないのか。せめて尻尾が勝手に元気よく動かなければまだマシなんだけどなぁ。

 ちょっとだけ振ってみようとするだけでブンブン動く。今日も元気な尻尾さんだ。一ミリくらい動かすつもりでも、結構な幅が動く。感度センサー下げさせてー。


「ミャー?」

「はーい」


 時間を掛け過ぎたせいでユフィから催促の声。普段着て行く服なんて気にしないから、待たせることなんてないもんね。


 諦めて普段通りの格好で、そのまま町に行くことにした。



「いらっしゃい!」


 と元気よく迎え入れてくれたのはアイリスちゃんだ。


「あら、どうしたの?」


 ミサキさんも手が空いていたようで最初からリビングにいた。


「特に用という用はないんですけど……」


 と言いながら尻尾を横に持って来てアピールする。

 本当に何となく来てしまったので、相談という体にしておく。


「尻尾だ」

「尻尾だね」


 物珍しそうに私のお尻の方へ周り、ジロジロと観察する二人。これまた恥ずかしい。


「触って良い?」

「良いですけど、触れませんよ」

「……あ、本当だ。へぇー、透過するんだ」

「おもしろーい!」


 お尻のすぐそばで気配が動くのがすごく気になる。触ろうとする手のささやかな風圧が、お尻をそっと撫でる。


「ストーップ!もぞもぞする!」

「えー、もうちょっと」

「同性とはいえデリカシーが無かったね。すまない」

「この尻尾、触れないせいか何の役にも立たなさそうなんですけど、何か知ってたりします?アイリスちゃんも」


 まだ触ろうとしてみたいのかアイリスちゃんが手をにぎにぎしてる。気を逸らすためにも会話に集中させたい。


「こういうのは初めて見た。何も力になれそうもないな」

「一人知り合いにいたけど、何も知らない!」

「そっかー」


 あとはイルちゃんが知らなさそうならもう諦めかな。でも知っていたところで、私の尻尾に何か能力がありそうな感じがしないんだよね。


 ケモミミに合わせて、「ないと違和感あるよね?」というだけで生えてきた雰囲気だ。


 イルちゃんに掲示板で尋ねておいて、買い物をする。周りからの視線が気になったけど、耳の時と同じで知り合いじゃなければあんまり注目されることはなかった。


「こ、こんにちは」

「こんにちは……」


 帰り道でなんとも微妙な距離感で挨拶するのは、市場のおじさんたちだ。


 こっちが避けているわけでもなんでもないんだけど、向こうが距離を詰めないまま挨拶をして来たからどうしたら良いのかが分からない。


「尻尾だ」「尻尾もあるぞ」「どういうことだっ」


 ヒソヒソと話してるけど、丸聞こえだ。


「見せてもらおう」「普通にね」「見るだけだし?」


 まあ、そうなるよね。


「いや待て。それってお尻見せてもらうような感じになるんじゃ?」

「た、確かに……」

「そんなっ、でもその通りだ。違うんだ、俺はそんなつもりじゃ」

「適切な距離を持って……いやそれじゃ結局分からないか」

「顔を向けないまま、ちょっとだけ触らして貰うとか」

「それこそ変態じゃないか。ああ、ダメだ、お終いだっ。すぐそこにあるけど決して届かないものだ……」


「あのー……」

「あ、ちょっと待って。作戦会議中」

「とりあえず伝えておきますけど、これ、触れないみたいなんです」

「なんと。じゃあ改めて会議する」


 いや改められても。


「おい、触れないって」

「不思議だなぁ。え、じゃあ何の意味が?」

「そりゃ可愛いからだろ。くそっ、触れるけど触れないもの……!」


 なんだか一人だけ少し雰囲気が違うよね。


「あのー」

「うわっ!びっくりした」


 こっちから近付いたら一人大げさに驚かれた。


「あんまり仰々しくされると逆に恥ずかしいので、はい。……と、こんな感じでした」


 サクッと後ろを向いて、フリフリしてから戻る。


「おー、ズボンを透けてるんだね。なんかすごい」

「これなら寝辛くなさそうだ」

「しっぽ!しっぽ!」


「じゃあ、用がないならこれで帰りますね」

「時間使わせちゃってすまんね」

「わざわざありがとうございました」

「ふりふり!しっぽ!」


 因みに、横の居るユフィは終始白い目で見て呆れていた。人間に普通尻尾はないから気になっちゃうのは私は分かるけど、ミルスにとっては無い方が珍しいくらいだししょうがないね。




 そんな買い物を終えて畑まで戻って来て、午後の仕事を始めて少し経ったくらい。


――何か、近づいて来る。


 敏感になった耳でそう感じた私は、咄嗟に家の方へ走った。そのまま中に避難したかったけど、猛烈な勢いでやって来たそれには間に合わない。


 何かが弾ける、爆発のような音共にそれらはやって来た。


「うおおおおぉぉ!?」

「ラウウウゥ!?」

「っしゃあああぁ!?」

「ガガィガガ!」

「リンリー!」


 人の方は咄嗟にジャンプして、畑の作物を避ける。とんでもない曲芸だ。次々と出て来て、六人ほどが跳んだ。ただ、流石に勢いが強すぎてそのまま反対側の斜面まで飛んでしまって着地に失敗してる。


「へばぁ!」

「ぐあっ!」

「ほ!百点!」


 着地に成功してる人もいる。凄すぎて何をしたのか分からない。


 一方で同時に出て来たミルスは一人だけ同じように避けたけど、残り二人は畑に激突した。


 当然、その部分の畑は滅茶苦茶に。


「ジージー!」

「ニウゥー!」


 常連さんはいなかったけど、畑にいたミルスが怒ってる。私としてもこれだけ壊されちゃうと流石に困る。


「やべっすまん!」

「あ、この間の」


 クグロバレットの人たちだ。


「ってお前らだけかよ!オレたちより詳しいんじゃねぇのか!」


 ギルドメンバーが畑を荒らしたと思って謝ったら、破壊したのがミルスだったので驚いてる。


「ガィ?」

「リリーン?」

「ニウウウゥ!」


 突撃したミルスはどこ吹く風。一方で畑側のミルスは怒ってる。


「ミャー!」


 そこに何処かへ行っていたユフィが戻って来た。


「ミミャミャー!」

「ガガィ、ガィ」

「リ、リン……」

「ニウニゥ!」


「おおぅ、なんだなんだ、何話してるんだ」

「あたしが知るかよ。とりあえず怒られてるんだろ」

「えーと、リコちゃんだっけ。ごめんね」

「あ、はい……何があったんです?」


 こんなところから出てくる人なんて初めてだ。ミルスもいるし、案内されたのかもだけど。


「聞いてよ!すごかったんだから!」

「うるさい、まずは謝りなさい。まあとりあえず、見ての通り逃げて来たんだ。途中で撒いたと思うんだけど、どうにも不安で止まれなくてね。ひとまず森を出るとこまで行こうってなって、そしたら一緒にいたミルスたちが先導し始めたから付いて行った。森が開けるのが見えて、張り切って飛び出したら畑があって、ご覧の通りさ」

「そうなんですね……」


 すごく強そうなのに、逃げるしかなかったんだ。


「ミルスも一緒だったんですね」

「ああ、途中で戦ってるところを見かけてね。助けて良いかも分からねぇから応援だけしてたら、戦い終わった後ついて来たんだ。互いに良い感じだったし、意気投合したってことだろ。即席パーティってやつだ。よくある」


 喋らなくても通じ合えるものがあったみたい。


「ナナー」


 いつの間にか近くに来てたノクルが、「北西のやつらは蛮族だから」と言ってる。前にユフィから聞いたことがあるし、森でも聞いたことがある。


「あれ、そういや耳なんて生えてたっけ?尻尾も」

「あ、これはつい最近生えたんです」


 やっぱり気になるよね。


「あら、おめでとう」

「そいつはめでたいね。おめっとさん」

「やるねぇ!」


「ありがとうございます?」


 いつもと少し反応が違くて不思議。冒険者からすると、おめでたいことなのかな。


「ガーガ」

「ミャミャ!」

「ガィ?」

「リィ……」

「……」


 一方で、ユフィの方は話がこじれてる。一人は反省してるけど、もう一人は気にする様子がない。


「あれ?」

「交渉決裂ってか?」


 ユフィが本気で怒り始めた。三対の大きな魔法の手を出して、戦闘態勢になってる。


「……マジか。あれ、勝てる?」

「この距離じゃ無理だね。アウトレンジからやる必要がある。一本毎の密度がヤバいからタイマンもご法度だ。俺たちだとボコるかボコられるかの二択だな」

「ちょっと!」

「すまんすまん、冒険者の性でね。敵対するつもりなんてないから安心してくれ」


「ガ、ガイ!」

「ミャ?」

「ガ……」


「あ」


 なんか、口では色々言ってたけど、問題のミルスはそのまま抵抗することなく掴まれてる。


「ミャー?」

「リ!」

「ラゥ!」


 残りの二人も脅されて、みんなで森の方へ消えて行った。一人はしっかり避けてたわけだし可哀そうに思えたけど、後から聞いたらその一人はユフィの知り合いだったみたい。監督責任を問われた、みたいな?


「あれくらいの前衛がいたら被害無く逃げれたな」

「仕方ねぇだろ、めんどいし」

「そりゃそうだ」


 あっはっは!と笑い合う冒険者さんたち。何だか楽しそうだ。

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