第15話

 一日の作業が粗方片付いた昼下がり。ラナのことについて知るために、居間で話をすることにした。


「ナゥ?」


 ふむ。とりあえずラナと相対して座っているわけだけど。……どうすれば良い?

 なんか少し離れたドアの隙間からこっそりユフィが見てる。そんなことしてないでこっちに来てほしい。


「うーんと。すっかりうちにも慣れたところだと思うので、色々ラナに聞いてみよう!のコーナーです」

「ナゥナー」


 ぱちぱちぱち。


「まず確認したいのは、ラナの魔法って時間を遅くする、みたいので合ってる?」

「ナウ」


 多分。んー、多分かぁ。なんか最近、曖昧なことが多いな。まあでもこの世界の魔法ってそういうとこあるもんな。自分が使ってる魔法を詳しく知るために、実験や研究をすることは珍しくない。


「じゃあ、その他の魔法はどう?何か使えそう?防水魔法とか」

「ナー……ナウ」


 お。ここでの多分はちょっと意味合いが変わって来るぞ。


「ナゥ」


 ん?「頑張る」って何だ。もしかして、汚れた体を洗ったりしてあげてるのに引け目を感じてる?

 もともとラナはどろんこになることが多かったから、お風呂に入れてあげることも多い。自分で洗ったりユフィにやってもらうことももちろんある。田んぼで泳ぐことも増えたから、風呂自体は毎日だ。


 それで思うところがあったのか、ユフィに何か言われて反省したか。どちらにせよ成長してるってことなのかな。私が今聞いてるのも、そこら辺に関するお小言のように聞こえているのかもしれない。私からあえて止める理由もないので、「応援してるぞ」と背中を押しておく。


「次は植物かな。どう?植えたいのありそう?因みに、家の裏手なら樹木も植えて構わないかも」

「ナー」


 あまりピンと来て無いのか、興味が無いのか。どうでも良さそうな反応だ。植物を育てることはミルスのアイデンティティみたいなものだと思うんだけど、ラナの感じだとどうにも違うんだよなぁ。


「じゃあ、友好関係はどう?みんなと仲良くやれてる?」


 普段から好き勝手遊んでる感じもするけど、他のミルスと遊んでるかと言うとそうでもない。そもそもミルス同士ってよほど相性が良くないと、それほど慣れ合わない。それぞれが一人で遊んでるのだ。

 ラナがユフィに甘えてる光景はよく見ても、ユフィが積極的に相手してあげることはほとんどないんだよね。


 もちろん本当に問題があれば他のミルスから文句を言われるだろうし、それほど心配はしてない。ノクルについて何か引き出せないかなーという淡い期待を持った質問だ。


「ナーゥ」


 そんな都合良く話題に登るはずもなく、曖昧な返事。まあ、わりとナンセンスな質問だよね。私だってこの質問されても、何と答えたら良いかよく分からない。


「他には何かあったっけなー」


 最低限聞きたいことは終わった感じを出して、ゴロンと寝っ転がりながらラナを持ち上げる。自由を奪われたラナが楽しそうに細長い体を揺らす。


「わぷっ」


 尻尾が顔に当たったので、大人しく下ろす。横に下ろしたけど、すぐに体の上に乗ってきた。最初の頃よりは少し重くなった気がする。


「そういやラナってまだ成長するのかな。もっと大きくなったり長くなったりする?」


 バラバラな体つきのミルスは成長し切っているのかどうか、イマイチ分からない。森の中にいた子供は親元で暮らしているかどうかが判断基準だった。ラナは追い出された感じだからなんともだ。

 とはいえこの質問も、本人からしたら分からないか。転生前の私もいつ成長が止まったか、なんて判然としない。止まったかどうかすら微妙。転生体は本来の意味での成長はしないみたいだけどね。


「黒と赤の子とは最近遊ぶこと減ったみたいだけど、どう?飽きちゃった?」


 結構自然な形で聞けた気がする。どうだ?


「ナ?ナーウ」


 飽きたなんてことはないみたいで一安心。


「そういや町に行くのは抵抗ある?ミサキさんとかアイリスちゃんが会ってみたいって言ってたよー」


 何でもない風に話題を切り替える。結構こっちも大事な話だけどね。


「ナゥ」

「ありゃ、そっかー。まあ行っても良いなと思ったら言ってね」


 意外と壁は高いのかな。私もミルスたちがいる森へ中々行かないわけだけど、あっちは普通にモンスターが怖いってとこがある。それがなければもっと行くと思うし。

 人に慣れてるかどうかでいけば、むしろノクルならすんなり付いて来てくれたりするのかなぁ。みんなでお出かけ出来たら楽しそうだ。


「あ、イルちゃんは好き?」


 一応最後に聞いてみた。イルちゃんが好きだからミルスに興味ないって言われたら困っちゃうからね。何を言いたいのか分からなさそうなラナの表情を見る限り、流石にその心配はなさそうで安心した。



 ◇



 暇な時間にろ過の練習をしてると、またノクルが手伝いに来てくれた。片手は手袋をしたままだったので、「ありがとうね」と言いながらそっと頭を撫でる。今更触ることに怒ったりはしないかなって。


 続いてラナが私の肩に乗って見学し始めた。ラナが肩に乗ってることはよくあることだけど、ノクルと挟まれているかのようなこの状態。気にしたってしょうがないんだけど、何だか気まずい。意識して無視して練習に集中する。


 長時間そうして一緒にいたので、傍から見れば三人仲良しな気がする。……まあでも本当に仲良しではあるか。もうちょっと踏み出したい子がいるだけで。


 ラナは途中で寝始めたので、ノクルと顔を合わせて声を出さずに笑った。ラナの寝顔も可愛いのだろうけど、肩の方に注がれる慈愛の篭ったノクルの表情もまた可愛かった。


 練習を切り上げ一緒に食事をするか尋ねてみたけど、フルフルと首を振った。まあ誘っておいて何だけど、この子が家に上がると床が溶けだしそうだ。

 あれ、その場合もろもろが上手くいって一緒に暮らすことになったとしても、同じ問題に直面するじゃん。考えておかないと。


 因みに魔法の練習の成果はどうなのかというと、あんまり。

 米みたいに分かりやすく物体じゃないものは、どうにも難しい。物体なら「防ぐ」って意識の延長で取捨選択もやれるんだけど、液体だの成分だのは全然ピンと来ないんだよなぁ。

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