第16話
「おー、これは素敵だ!」
紫トマトが丸々と実ってる。ミルスが作っていた時に引けを取らない出来だ。
キュッキュと表面を拭いて、かぶり付……く度胸は無かった。すっぱいからね。とはいえ早く味見してみたいので、家に持ち込んで切ってくり抜いて皿に分けて、果肉部分だけをサクッと頂く。
「うまっ」
みずみずしい果肉は、取り切れなかったドロっとした部分のすっぱさが効いているけど甘味もしっかりあって、これだけで一種の酢の物として完成している気がする。
食べてる感じ、前のものとは少し酸っぱさが違う……というか抑えられてるかも?でも十分に美味しいし、なんならこっちの方が好きと言う人も沢山いそうだ。
「紫色って当たりが多いのかな」
マルナスの持ってくる植物は当たりが多い気がする。このトマトもそうだし、今まで持ってきたナスっぽいカブやカブっぽいさつまいもも、美味しい上に人の手で育てることが出来た。実はマルナスの貢献度はめちゃくちゃ高い。
トロピが育てるものは前のバナナップルみたいに面白美味しいけどとても育てられないものが多くて、モモが育てるものは甘くて美味しいけど量が採れないから育てようとは思わないものが多い。分かっててやってるのか自然とそうなっちゃうのか分からないけど、傾向みたいなものがある。マルナスはそこら辺、人間視点で都合が良いものが多いのだ。
その他は最近だと、フルーティな玉ねぎが育てるにも良さそうな感じがしてる。でも「これだ!」っていうヒット感はないから、他に何もなければ育てる程度だ。因みに常連さんのやつじゃなくて、茶色い猫みたいなミルスが育ててた。
ミルスが好き勝手育ててるだけだから、人にとってはあまり美味しくない植物も多い。事件みたいなことが起きなくても、成果があるとは限らないのだ。
あとは田んぼで収穫したやつが、結構美味しいものがあった。ただやっぱり育てるには田んぼという時点でまだハードルが高いから、そのとき美味しく頂いておしまいってパターンに収まってる。とっても美味しかった水中カボチャはいつか作れたら良いなと思って、種も他より大事に保管している。
ノクルが育てるものにも注目して見たけど、モモと似てる雰囲気で上品にまとまってるものが好きなんだと思う。例えが難しいなんだかよく分からない味だけど、美味しといえば美味しいなって感じの実のなる植物だった。
「お、こっちも良い感じじゃん」
丸太ネギも今までで一番良いものが採れた。ノクルが溶かした蔓の養分が効いたみたいだ。……今更気付いたんだけど、これって再現性あるのかな。単純に養分のありそうな土だと思って使ったけど、ノクルの魔法で溶かしたことが良かったり青い蔓が持ってた成分が良かったりするかもしれない。土の成分をイルちゃんが調べてたはずだから、どうすれば良いか聞いてみよう。
丸太ネギは肝心の味も良かった。土が特殊なことになってなければ条件はこれで良さそう。特に次に来る予定は決めていないけど、イルちゃんの訪問が待ち遠しい。
いつも通り一通り作業を終えると、魔法の練習をする。コツは掴めてきたんだけど、正直飽きてきてる。ノクルがいなかったらもう諦めてただろうなーって思う。実際ノクルが来ない日は早々に切り上げてる。私はそんな偉い人間じゃない。
今日はノクルが来たことに加えて、珍しくラナじゃなくてユフィが来た。ノクルはユフィに少し気後れしてるのか、会釈するように首を動かす。
「ミャ。ミャッミャ。ミャー」
ユフィにしては珍しい話し方。内容も不思議なんだけど、なんだか語気が強いというか、命令するかのようだ。ノクルと何らかの力関係があるのかな。それか、ラナに関係しての立場だったり?
話を聞いていると、私もラナも関係があるようだった。ノクルは「見ててやるから、剥がしてこい」と言われるとすぐに跳んで行った。
疑問符が浮かぶけど、言われた通り私も町へ出かける準備をする。
ノクルが戻ってくると、ユフィと私、それにラナも連れて町へ向かう。
みんなと行けたら良いなーとは思ってたけど、雰囲気が違う。遊びに行くというより、戦いに行くかのようだ。ユフィは堂々と先導しているし、ラナは私の肩に乗って、何だか少し怯えてる。ノクルはそんなラナを心配そうに見てる。
「ミャ!」
「ゥー」
ラナが怒られて私から降りて、私の足の傍を並行して歩き始める。近すぎてちょっと蹴りそうで怖い。どういうことかユフィに聞きたいけど、今は黙っていた方が良さそうだ。ノクルは少しだけラナを励まして、寄り添っている。
どこに行くのかな、なんて思っていたけど特に目的地は無いのか、町に着いてからもそのまま町を練り歩くだけだ。ズンズン進むユフィと、付いて行く私たち。不思議な光景に町の人も何事かとこっちを見ている。
「どうしたんだい?」
知り合いが声をかけて来たりもしたけど、私自身よく分かってないので肩をすくめる。
結局、そのまま町中を歩き回ってからミサキさん宅に着いた。
「いらっしゃい!」
とアイリスちゃんが迎えてくれる。予めユフィが話を付けていたみたいだ。私もユフィについてお邪魔する。
ラナとノクルが玄関前で立ち止まっていたのだけど、ユフィが魔法の手で二人を掴んで強引に上がらせた。というかそのままリビングまで連行して行った。
「えーっと、こんにちは」
ミサキさんも困惑しているようで、ぎこちない挨拶を交わす。
「ミャ、ミャー」
「ナゥ」
「ナー」
ユフィが挨拶を返し、促されてラナとノクルもする。
「あははは!そんな緊張しないで良いんだよ?」
アイリスちゃんは固くなってるラナが可笑しいみたい。
挨拶された当のミサキさんは、ミルスの言葉が分からないから困ってる。アイリスちゃんも訳そうとするわけでもない。
「すまん、イマイチ掴めないんだが、これは何なんだ?」
「すいません、私も分かりません」
すっかり置いてけぼりだ。
アイリスちゃんが説明してくれようとこちらを向いたところで、ユフィが声を掛けアイリスちゃんとラナとノクルの三人を何処かへ行かせた。
そうしてやっと、ユフィに説明をしてもらった。
「えーっと、ラナの訓練みたいです」
「訓練?」
「安全な人間相手に怯えているようじゃどうしようもないから、慣れさせてるんですって」
ユフィが言うにはラナは色んな事、主に何かをして失敗することに怯えていたんだとか。私のとこに来たきっかけも失敗からのものだったわけだし、話を聞いてて納得するものがある。
そのせいで、私の家周辺から全く離れようとしなくなったんだとか。言われてみれば、森にも町にも行ってなかったわけだからずっと家とその周辺の農園だけが活動エリアになる。不健全と言えば不健全だ。
事情があるし様子見をしていたんだけど、痺れを切らした結果こうして多少強引にラナを引っ張り出したということだ。
このままじゃただの愛玩動物だと言うユフィ。ミルスの沽券や矜持にも関わるってことみたい。ラナの能力はミルスとしても不足しているから、森へ通って鍛えてくるなりするべきなんだそうだ。
もし私がラナを捨てるようなことがあれば、ラナは碌に食べ物も確保できずに死んでしまう。そんなことするわけないけどね。ユフィがラナを貶すようにそう説明するけど、心配しているからこそなのが分かる。
何かあっても、一人で暮らしていけるだけの能力を付けさせようとしているのだ。
巣立ちを手伝う親鳥のよう。
ユフィとしてはノクルの存在がまたなんとも言えないそうで。私以外にも甘えられる相手が出来てしまい、ますます自分の能力を伸ばす気概を削がれてしまったかもしれないと。
何も気付きも考えもしなかった私は少し恥ずかしくなったけど、「リコはそれで良い」とユフィは言う。
ともかくユフィはラナの様子を見ていてもダメそうだったから能動的に何とかしようとし始めたということだった。
この後三人を呼び戻し再びミサキさんも含めて話したり、簡単に触れあったりした。
「色々あるんだなー」
家に戻ってからもユフィ達は何やらやっているので、一人で料理をしながら考える。
そりゃ幼いうちに家から追い出されたりしたら、怖いこともあるよね。ユフィの感じを見るに、ラナはミルスとして少し他と感覚が違いそうだし多少強引な方法を取るのも仕方ないことなのかもしれない。
状況を見て、優しさだけじゃなく厳しさをもって接している。
なんというか、立派なパパをやっている。
ノクルに対しても、「ラナがこのままで良いと思っているのか。甘やかすことだけしか出来ないのか」などと注意していた。対するノクルは何とも申し訳なさそうに平謝りしていた。かつての高飛車だった雰囲気は全くない。
久々にユフィのボスっぽいところを見た気がした。
そういえば、と思い出す。
ノクルもミサキさんちに上がったわけだけど、床はなんともなかった。行く前に言ってた「剥がす」うんぬんが、そこら辺に関することなんだろうな。どういう条件なのかは知らないけど、不用意に溶かすようなことを防げるなら家で暮らすことも出来そうだ。少し時間が掛かっていたから、それに頼りきりは良くなさそうではあるけど。
次の日から、ラナの特訓が始まった。いや、一応昨日からだったか。
今日はずっと、ユフィがラナに付いてる。朝の農園の収穫や手入れはいつも通りだったんだけど、そこから先はユフィがラナにあれこれ指示してる。今更な気がするミルスたちへの挨拶から始まり、基礎体力トレーニングをしたり森へ連れて行ったりしていた。
ノクルも一緒に連れまわされ、手伝わされているみたいだ。
こうなるとむしろ私が暇になるかと思ったけど、常連さんたちがユフィの様子を見て私を交えて井戸端会議を始め、大いに盛り上がった。ユフィはとっても信頼されているんだけど、ノクルが少し不憫だとも言われていた。
ラナと一緒にいられるから私としてはありなんじゃないかと思ったけど、ミルスの社会としては不名誉みたい。ちょっとした身分違いな恋なのかもしれない。
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