第4話

 翌朝、食堂ではちみつを塗ったトーストとゆでたまごの朝食を取ると、馬車に乗り込んで次の街を目指す。今日の行き先は、この辺りを治める領主さんの住む領都なんだって。そこで商隊のみんなとはお別れして、私たちは国に保護してもらうことになっている。


 領都へはだいたい一日の道のり。領都が近いせいか、昨日に比べてだんだん道がよくなって、馬車の揺れも少なくて嬉しい。往来も増えて、行き違う馬車をいくつも見るようになった。御者席に座った商人さんが、すれ違う馬車の人と二言三言会話を交わしてる。大きな街が近いから、もう魔物の心配はしなくてもいいみたい。護衛のみんなも、斥候のサヴェリオさん以外は荷物の隙間に座っている。


 草原ばかりだった景色もまばらに畑や牧場が広がるようになって、人間の生活のにおいを感じるようになった。風に吹かれながら、おじいちゃんのトラクターの荷台に乗って田舎のあぜ道を走った子供の頃のことを思い出した。


 思い思いに荷台に座る私たちを、すっかり高くなったお日様が容赦なく照らしつける。気温自体は高くないけれどジリジリと紫外線に灼かれて、お肌が心配。私はふと、霧で日除けができるんじゃないかなと思いついた。胸のところでぐるぐる回る熱を意識して、馬車の上のあたりをめがけて少しだけ魔力を開放してみる。


 馬車の上のあたりが薄くかすみはじめたなと思った次の瞬間、辺りが真っ白に包まれた。馬がいなないてさお立ちになる。商人さんはなんとか手綱をとって馬を落ち着かせながら、サヴェリオさんに大声で呼びかける。


「サヴェリオ! 魔物か? そちらはどうなっている?」


「いえ、こちらは何ごともありません。馬車のまわりが白いもやに包まれています! 馬車は大丈夫でしょうか?」


「あの、ごめんなさい! 霧がたくさん出ちゃって。ちょっと暑かったから! 日除けで、霧を。えっと、心配させてごめんなさい」


「あー、わかった。マシューが太陽を遮りたくて霧を出したら、思いがけずたくさん出ちゃったみたいです。お騒がせしてごめんなさい」


 私が謝った内容が商人さんが聞こえにくかったのか、ふみちゃんがもう一度説明し直してくれた。霧は出せるけど、空気中への広がりは止められないみたい。街道の真ん中に、真っ白い霧のかたまりがたゆたっている。しばらくすると、吹き抜ける風で霧は薄まって流れていった。


「もう、あなたは魔力量が多いから、魔法を使うにはもっと魔力を細かく丁寧にコントロールしないとダメよ。練習なら付き合うから、先に相談しなさい」


 魔法使いのエレーナさんに、優しく叱られてしまった。相談せずに、思い付きで魔法を使ってしまったのは反省。でも、使い方が分かったのは収穫だね。それに馬車一台を真っ白に包む霧を出しても、魔力が減った感じはまったくしなかった。多分本気で霧を出したら、ちょっとした街全体を霧に沈めたって全然余裕なんじゃないかな。


 馬車が止まったついでに、近くの馬留めで休憩を取ることになった。馬留めには先に一台馬車が停まっていて、他の商人さんがお昼休みを取っている。反省して小さくなっている私に向かってふみちゃんがウインクすると、商人さんに話しかける。


「あの、マシューがご迷惑かけたお詫びに、お昼ご飯はウチに作らせてください」


 そういうと、馬車に積まれた野営袋から、鍋とナイフ、いくつかの食材を取り出して、レンガでできた造りつけのかまどの前に立つ。


 手早くかまどに火を入れ、ナイフを片手に持つと、ブロックみたいなベーコンをスッとなぞった。機械で切ったみたいに均一な厚さのベーコンが、ペラリと鍋の中に落ちる。おなじように、次々に食材を器用に鍋の中に切り落としていく。お水を注いで少し煮たてると、すぐにいい匂いがしはじめた。


 ふみちゃんは、パンを串に刺してかまどの周りで温めると、仕上げに調味料袋からパラリと塩と胡椒を鍋にふり入れる。パンがみんなに行き渡った頃、手元にアツアツのスープが届いた。


「うまいっ!」


 商人さんが驚きの声をあげた。サヴェリオさんたちもひとくち食べて目を丸くしたあと、スプーンを動かす手が忙しくなった。私と七五三木さんも、つられるように口に運んでみる。たったあれだけの食材で、こんなに美味しいスープができるなんてびっくりだ。


「えへへ、気に入ってもらえました? マシューも魔法を使ってみたかっただけで悪気はなかったんで、ごめんなさい」


 ふみちゃんがこっちを見て笑ってくれたから、私も商人さんにもう一回謝っておこう。


「さっきはすみませんでした。これから魔法を使うときは気をつけます」


「ああ。いや、いいんだ。実害はなかったし、ちょうど昼休みをとるところだったからね。しかし、君の料理の腕前は素晴らしいね。もし国の保護から外れることになったらぜひ声をかけてくれないか。これほどの腕前の料理人を放っておくわけにはいかないよ」


 ふみちゃんの美味しいごはんのおかげで、私の失敗は取り消しになった。ふみちゃんに抱きついてお礼を言ったけど、「だって友達でしょ!」 って軽くながされた。だけど、私はふみちゃんが私のためにしてくれたことは忘れないからね。


 片づけまでふみちゃんが手早く済ませてくれて、ふたたび領都までの道に戻った。だんだんと畑の面積が増えて、少しずつ民家が並ぶようになり、やがて長い壁に囲まれた都市が見えてきた。あれが領都ね。


 商用門の入り口には何台か馬車が並んでいる。商人さんのところにも衛兵さんがやってきて、仕入れた商品目録と税金の報告をしている。守衛さんが私たちを指さして、なにか難しそうな顔をして話している。


「ねえ、大丈夫かしら。ずいぶん長く話し込んでるわ。変なことにならないといいけど」


 七五三木さんが不安げにこちらを見る。


「だーいじょうぶなんじゃない? 国が保護してくれるっていうんだし。あ、そうだ、巫女の祈りでウチらの旅の無事を祈ってみるのはどう? マシューとウチはジョブの使い方も分かったし、七五三木さんもやってみたらいいかもね」


 ふみちゃんが、七五三木さんのジョブのことを思い出して提案した。それもそうかと納得した七五三木さんは、荷台にひざまずいて両手を胸の前に重ねる。静かに目を瞑り、口の中で何かを呟いた。


 堂に入った祈りの姿に、守衛さんも私たちもすっかり見入ってしまった。なんだか騒がしい周りの声にふと見上げると、っとい金の光が、柱のように雲を突き抜けて天まで伸びていた。

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