第3話

 通りがかりの行商に運よく拾われた私たちは、荷馬車に乗せてもらって街を目指すことになった。街までの道中、この世界のことを魔法使いのお姉さんが教えてくれる。ふみちゃんが次々に質問する。


「お姉さんは水魔法が使えるんですね。この世界では、みんな何かしら魔法やスキルが使えるんですか?」


「わたし、エレーナよ。十二歳の成人の儀で、ジョブが授けられるの。それで専門職が発現すれば師匠につくなり、学校に通うなりして技術を磨くって感じね。わたしのお師匠さまは水魔法の大家で、わたしも第三階梯の魔法まで使えるのよ」


 第三階梯がどのくらいなのかわからないけど、自信満々だからきっとすごい使い手なのね。お水美味しかったし。そうだ、ついでにスキルの使い方を聞いてみようかな。


「あの、エレーナさん、魔法ってどうやって使うんですか? 私、魔法が使えるジョブを持ってるみたいなんですけど、私にもできますか?」


「あら、 そうなの? 魔法を使うにはまず魔力を感知するところからね。街に着くまでまだしばらく時間があるから、基本だけでも教えてあげるわ。じゃあ、私と手を合わせてみて」


 向かい合って、エレーナさんの意外にしっかりとした手に、私の手を合わせる。マニキュアも塗られていない、少し荒れた手を見ると、魔法使いとはいえ冒険稼業ってきっと大変なんだなと思った。


「それじゃあいくわよ。私の右手から魔力を流すけど、初めてだと魔力路がちゃんと開いてなくて、少し刺激があるかもしれないわ。ゆっくりと少しずつ流すから、もし辛かったら言ってね」


 そう言うと、私の左手がじんわりと温かくなった。血管をなぞるように、温かさが腕を伝わりのぼって身体の中心に集まる。胸の中でゆっくりと大きく回る熱のかたまりを意識して、上ってきたのとは反対の右手に向かって送り出してみる。魔力が届いたエレーナさんの眉がピクリと動いた。


「驚いたわ。あなた、魔力操作がすごくスムーズね。とても初めてとは思えないわ。きっと才能あるわよ。そう、その調子で回してみて」


 エレーナさんの教え方はやさしくて、ほめられて嬉しくなる。魔力の使い方はこれで合ってるみたい。


温かくて気持ちのいい熱を、心臓の拍動に合わせてどんどん送り出していく。だんだん調子がでてくると、熱が体中を回りはじめてすっかり全身がポカポカしてきた。なんだか運動してるみたいで楽しい。


「うん、いい感じよ。…あら、すごいわね。えっ、ちょっと待って! 魔力を流しすぎよ、止めて! 無理よ、そんなの。あっ、おぼっ、溺れるっ!」


 悲鳴をあげたエレーナさんの手をあわてて離すと、ぐったりと荷物に倒れ伏した。なんだかやりすぎちゃったみたい。せっかく優しく教えてくれてたのに、大丈夫かな。


「ごめんなさい! 大丈夫ですか? あの、魔力が勝手に出て。私、止め方が分からなくって」


「ハア、ハア… うん、もう大丈夫よ。今まで私よりも出力が大きい人なんて、お師匠さまくらいしかいなかったから、ちょっと驚いたの。それであなた、どんな魔法が使えるの? もし水魔法なら、ぜひうちのお師匠さまに紹介したいわ」


エレーナさんが、キラキラと目を光らせて私の魔法に興味を持ってくれるけど、斡旋者から適当にあてがわれたジョブが霧だなんて、なんとなく言い出しにくい。引っり過ぎてハードルを上げるのも嫌だから、しぶしぶ答える。


「それが、あの… 私のジョブ、霧なんです」


「霧ってあの湯気みたいな、朝とかに見えるあの霧? その魔力量で霧なんて出したら大変なことになるわよ。でも、霧だって雨と似たようなものだから、そのうち水魔法も使えるようになるかもしれないわね。まずは、魔力のコントロールを覚えることよ」


 そう言って親切なエレーナさんは、魔力の制御をいろいろと教えてくれた。一度やり方がわかれば、魔力を一つの塊にまとめてみたり、薄くのばして身体中に行き渡らせたり、すぐに自由に動かせるようになった。今はフラフープみたいに、お腹の周りをぐるぐる回して遊んでいる。


 一方その頃、七五三木さんはプリーストのおじさん、オルフェーオさんにこの世界での宗教について、巫女の祈りについて話を聞いている。この世界では、巫女は祈りを神に届けて奇跡を起こすというもので、聖女への登竜門という扱いなんだって。プリーストさんが、七五三木さんに熱心に教会への所属を勧めている。


 はじめの頃は日本とは違う景色が珍しくて、荷馬車の荷台できゃあきゃあと騒いでいたけれど、一時間くらい経っても延々と続く草原の景色にだんだん飽きてきた。話し疲れて、覚えたばかりの魔力操作をふみちゃんにふざけてぶつけたら怒られた。馬車の揺れで気分が悪くなりかけたころ、夕暮れの宿場街にたどり着いた。


 簡単な審査を済ませて街に入ると、入り口近くの宿を取ることになった。どうなるか心配だったけど、今日の宿代は商人さんが仮払いしてくれた。三人一室の質素なお部屋だけど、安全な街の中、ちゃんとした屋根の下で眠れるだけでもありがたいよね。


 お部屋に入ると、突然ふみちゃんの様子が変わった。いつのまにか手に持っていたホウキで、ホコリも立てずに床を掃くと、今度はベッドのシーツをパン! とひと叩き。またたく間にベッドメイクが完了した。振り返ったその手に持ったハンカチで、テーブルとデスクをサッとなでる。テーブルの上にはチリ一つ残っていない。部屋がきれいになると、ふっとふみちゃんの空気が緩んだ。


「あはは、なんか勝手に体が動いちゃった。家政のジョブが発動したみたい。ちょっと面白いね」


 スッキリした笑顔のふみちゃんのうしろには、さっきまでくすんでいたお部屋が、まるで新築みたいにきれいになっている。触ってなかった花瓶まで、なぜかピカピカに光ってるよ。私も七五三木さんも、お部屋の変わりようにびっくりして顔を見合わせた。とりあえず、ふみちゃんのおかげですっかりきれいになったお部屋のベッドに寝っ転がって、これからのことを話し合うことにする。まずは私が口を開いた。


「サヴェリオさんたちにずっとついていくわけにもいかないし、まずは国の保護がどんなものか聞いてみようよ。気に入らなければ、どこか他の国に行ったっていいし」


 私の発言に、ふみちゃんが同意する。


「ウチら戦ったりするようなジョブじゃないし、怖くて冒険者になんてなれないしね。国が保護してくれるんだったら、それがいいな」


「ねえ、私たち実は勇者パーティのメンバーってことはないわよね? 男子向けの異世界ストーリーみたいに、魔王とかドラゴンとか出てきたら私無理なんだけど…」


 七五三木さんが恐ろしいことを言い出した。霧と家政じゃドラゴンとは戦えないから、その時は巫女の七五三木さんの祈りで、怖い世界じゃなかったことにしてもらおう! ともかくお話を聞いてみてから考えることにして、夕食に降りることにした。


 食堂にはサヴェリオさんたちは見当たらなくて、商人さんがひとりでご飯を食べている。彼らは荷物の番をしながら外でご飯を食べて、馬車の周りで寝るそうだ。やっぱり冒険者って大変だね。せっかくだから、商人さんと一緒にご飯を食べながら、こっちの世界のことを教えてもらうことにする。


 商人さんは私たち女子に囲まれて、ご機嫌でいろんなことを教えてくれた。お金の単位、貨幣の種類、治安のいい街、景気のいい街、私たちが近づかない方がいいところ、よい冒険者の見分け方。サヴェリオさんたちは、技術はまだ拙いけど、性格がよくてまあまあ当たりの冒険者さんだって。


 魚のアラをトマトソースでごった煮にしたスープを、スプーンで一口すくう。優しい味付けにほっと息をついた。


ハーブとお塩で丁寧に下味をつけられたくせのないラム肉のローストに、豆を煮込んですりつぶしたペーストをのせる。お肉を一切れ食べては、軽く炙ってカリッとしたパンをかじる。異国情緒あふれる食事を食べて満腹になった私たちは、お湯をもらって簡単に体を拭いて清めると、清潔なベッドに潜り込んですぐに眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る