第5話

 芋ジャー三人娘が、似つかわしくない立派な応接間に神妙な顔をして並んで座っている。無垢の一枚板のテーブルの向こうには、立派な服を着たちょっと太ったおじさんが、これまた神妙な顔で座っている。


 時間は少しさかのぼって。


 七五三木さんの祈りによって、まばゆい光の柱が商用門に打ち立てられた。神々しいばかりに輝く光は、祈りが終わると次第に薄くなって、やがて消えた。見届けた私たちは、ほうと息をついた。


 一方、街では突然起きた謎の発光現象に、奇跡の出どころを一目見ようと大騒ぎになった。やじ馬が商用門に殺到し、押されて泣く子供、酒がこぼれたとケンカをするもの、ここぞとばかりにを敷いて、商いをはじめるものまで出る始末。官憲と守衛が協力してやじ馬どもをなだめ、時にどやしつけ、ようやく人波が引いたのは、辺りがすっかり暗くなるころだった。


 騒ぎの中心となった私たち三人と商人さん、サヴェリオさんたちパーティは、守衛たちの詰め所で、保護という名の軟禁をされていた。取り調べ室で、なぜ光の柱を立てたのかと聞かれるけれど、私たちだってあれがなんだったのか知りたいくらいだし。ただ旅の安全を巫女が祈ったら、思いがけず光っただけなんだもん。


 それなら無罪放免! とは当然ならなくて、領主館に呼び出されて今に至る。テーブルの向こうの人の良さそうなおじさんは領主さんで、私たちを工作員とも、奇跡を起こした聖者一行とも断定できずに、汗を拭きながらどういう態度で接していいか困っているみたい。


「再度聞くが、おま…いや、その方たちは我が領に仇なそうとしているわけではないのだな?」


 なんともグダグダの質問をしてきた。たとえどんなダメなスパイだって、その質問にははっきりノーと答えるでしょうね。


「はい、私たちはつい昨日異世界から落とされた落ち人で、たまたま拾ってくれた商人さんに連れられて、国の保護を受けるためにこの街に来ました。ご面倒をおかけしますが、お手続きをお願いできますか?」


 詰め所で何度も同じ質問をされたおかげで、ふみちゃんがすっかり洗練された回答を返した。明らかに戦技の心得もない、スキだらけの私たちが、害意のない返事をしたことで、領主さんもようやく安心したみたい。


「うむ、話に齟齬そごはないようだな。よろしい。今日はもう遅いので、このままここに泊まってもらう。明日に神殿の宝具でその方らの身の上をあらためたのち、落ち人であることが正式に認められれば、そなたらは王都に送られることになる」


「ありがとうございます。お世話になります!」


 ふみちゃんがぴょこんと立ち上がって頭を下げたので、私と七五三木さんもあとに続いた。


 それから私たちは、メイドさんに連れられて離れの客室に案内される。悪い領主さんじゃなさそうだったけど、念のため三人同じ部屋にしてもらった。商人さんと護衛のサヴェリオさんたちも下の階のお部屋に泊まっている。


 メイドさんが下がると、早速ふみちゃんがどこからかを取り出して埃を払う。クタッとしていたシーツはなぜかパリッと糊がきいているし、くすんだじゅうたんは染め直したみたいに柄が蘇った。ホントに優秀なジョブだね。


 もらったお湯で身体を清めて、残り湯でふみちゃんがお洗濯してくれた。一度着た服を友達に洗ってもらうのは抵抗があったけど、遠慮しないで! と、なかば強引に奪われた芋ジャーと下着は、フリルのほつれもなくなって、まるで新品みたいになって戻ってきた。


 クローゼットにあったガウンに着替えて、エステにやってきたセレブマダムごっこでふざけ合ったあと、ふかふかのベッドに包まれた。


 翌朝、もはや私たちのトレードマークになりつつある芋ジャーに着替える。メイドさんに連れられて母屋の食堂に行くと、商人さんやサヴェリオさんもいた。この地方の朝食の定番だという、甘塩っぱく煮詰めたミルクをかけた芋だんごと、何かの木の実を絞ったジュースをいただいた。


 しばらくしてメイドさんに呼び出されて表に出ると、馬車が用意されていた。荷馬車じゃなくて、ちゃんと座席がある! 三座ずつ向かい合わせの片方が、ちょっと豪華な椅子になっていて、領主さんと奥さんが座っている。進行方向に背を向けて、私たち三人が座った。


 馬車は領主邸を裏門から出ると、すぐ向かいの石造りの門をくぐった。たったそのくらい歩いていけばいいのに! と思ったけど、私たちの安全のために馬車を出してくれたんだよって、ふみちゃんがこっそりと教えてくれた。


 馬車を降りると、グレーのローブを着たおじさんが手もみをしながら待っていた。領主さんの顔色を伺いながら、私たちを神殿の中へと案内する。神殿の奥の大きな扉の前で立ち止まると、もの言いたげな顔で領主さんを見つめる。領主さんは小さくため息をついて、懐から小さな袋を取り出して渡した。おじさんは何も言わずに袋を受け取って、扉を開いて脇に立った。おじさんのお仕事はここまでみたい。


 開け放たれた扉の向こうで、真っ白の法衣のボタンを襟元までぴしっと留めて、背筋がピンと伸びたおじいさんが、優しそうに微笑んでこちらを見ている。胸に七芒星をかたどったメダイをつけていて、多分きっと偉い人。領主さんがすこし驚きながら話しかける。


「これは主教様、まさか御身がおいでになられるとは知らず、かような軽装にて失礼いたしました。本日は落ち人とみられる、この者らを宝具で評していただきたく参上いたしました」


「実は私も昨日の奇跡を拝見しましてな。ぜひその具現者にお目もじ叶いたいと無理を言ってまかり越したのです。おお、そちらのお三方ですな。ではこちらへ」


 大人同士のあいさつのあとに案内された先には、赤いビロードが敷かれたテーブルの上に、磨き上げられた銀のナイフと、コーヒーサイフォンみたいな機械が置いてある。きっとあの機械に血を垂らすんだろうね。


 七五三木さんが小鼻にしわを寄せて「消毒…」とつぶやいた。

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