結
俺は藍塚のアカウントをフォローした。フォローするまで結構な日を要した。なぜなら気持ち悪がられるんじゃないかと思ったからだ。
その日から、俺は何回もインスタをチェックしていた。フォローを返してくれるか心配で眠れなかった。
しばらく経った頃、ついにその時が来た。藍塚がフォローしてくれたのだ。俺は飛び跳ねて喜んだ。
ひょっとしたら何かしらDMで連絡がくるかもしれないとソワソワした。けれど一向に連絡は来なかった。ふと藍塚のアカウントをよく見てみると、フォローやフォロワーが200人以上いたのだ。いくら藍塚といえど、ここまでリア友が多いとは思えない。俺は友人のフランクさを思い出した。SNSって誰がフォローしてくれたのかなんて大して気にしないのかもしれない。あるいは彼女が俺に全く興味を……いや、考えるのはよそう。
その日からインスタをよく見るようになった。藍塚はよくストーリーをあげるので、それを見逃したくはなかった。自分でも気持ち悪いと思う。
藍塚のストーリーは俺が見たくないものばかり見せるのだった。
藍塚のストーリーには、彼女と共に映る一人の男がいた。見る限り制服ではないので学校ではないようだ。
藍塚とその謎の男は二人とも私服でどこかに出かけているようだった。なんだかカップルが多そうな場所だ。
しかもそれだけではなく、彼女のハイライトにはたくさんの思い出があった。その謎の男との……
俺の気分は大いに沈んでいた。
藍塚にはどうやら恋人がいるようだった。弟とか兄では無いと思う。彼女は小学校のころ一人っ子だと言っていたし間違いなかった。いや、間違いではあって欲しかった。
ていうかその男誰だよ。巷で流行っていたバックナンバーの歌詞を思い出した。モデルみたいな人で君よりも年上で焼けた肌がよく似合う男。
俺はバックナンバーの創る曲に感情移入しまくることが出来て、ファンになってしまいそうだった。
学校が終わって家にいると、藍塚のことばかり考えるようになってしまった。前からこうだったかもしれないけれど、今ほどではなかった。
俺はあの夕焼けの学校帰りの日を思い出した。思い出してしまった。
『私のこと、好き?』
ベッドに頭を何度も埋めた。
あの時素直になっていれば。勇気を出していれば。誤魔化さければ。違う結末が待っていたのでは無いだろうか。
これがもし、全く手に入れることが出来なかった恋だったとすれば、もっと
俺は自分の愚かさを呪った。
ベッドで身を包めていると、スマホが鳴った。
虚な気分で画面を見ると、また黒澤からのメッセージだった。
黒澤は連絡先を交換してから、よく連絡をくれるようになった。ほとんど毎日である。会話の内容は日頃のどうでも良いようなことばかりで、大した内容は無い。けれどそれでも彼女は毎日連絡をよこす。
ただ、不思議と鬱陶しさは無い。それは俺が黒澤のことを嫌いだと思っていないからなのか、対面の時のからかいとは違って気遣いを感じる文面だからなのかはよく分からないけど、俺も毎日連絡を返していた。
[明日の放課後、教室に来て]
メッセージを開くと、そんな内容が書いてあった。
俺は今までのことでなんとなく察した。そこまで鈍感ではないのだ。
次の日の放課後。
俺はホームルームが終わってすぐ図書室に行き、適当に時間を潰してから教室に戻ってきた。
季節は秋が終わり、冬の時期へと差し掛かっている。おかげで教室は夕日に照らされている。
グラウンドで部活動に励む生徒達の声が聞こえる。吹奏楽部の楽器の音が聞こえる。黒板の上にある時計の秒針が聞こえる。視覚でも聴覚でも、なんとも落ち着く空間だった。
けれど、俺の鼓動は自然に早まる。
教室には黒澤がいた。
黒澤の頬は既にほんのり紅い。夕日ではなく彼女の肌本来の色だろう。
目が潤んでいる。口元を噛み締めているのは緊張を誤魔化しているのだろう。なんだか彼女の心情が、痛いほど分かった。
「ご、ごめんね。急に呼び出して……」
「いや、別に」
微妙な空気が流れている。黒澤の様子が普段と違うせいでこちらの調子が乱される。
黒澤はもじもじとして『あの』とか『えっと』とか、会話の合間に挟む言葉ばかりを口に出していた。
「あ、あのね!」
「は、はい!」
覚悟を決めたのか、彼女は声を張った。俺も引っ張られて背筋が伸びる。
「伏見には私の気持ち、知って欲しくて……」
潤んで泳いでいたはずの瞳が、全く目を合わせてくれなかった瞳が、真っ直ぐ俺の目を見た。
「好きです! 付き合ってください!」
その言葉は何よりも真っ直ぐだった。
言霊というのは本当に存在するんだと思った。
心の壁を破壊するように、彼女の言葉が、俺の胸に届いた。
「あ、えっと……」
俺は言葉が出なかった。彼女と違って、なんて情けないんだろうと思った。
黒澤のためにも、返事をしなくてはならない。
俺は黒澤が嫌いではない。けれど、恋人やなるとかそんなのは考えられない。
だから、断らなければならない。
「俺には、好きな人がいるんだ」
俺は自分でも呆れた。
この後に及んで出てきた断り文句がそんなものだなんて思いもしなかった。自分で言ってうんざりした。
「……好きな人って……誰? 〇〇ちゃん?」
「……違う」
黒澤の潤んだ瞳が決壊しかけていた。
「じゃあ〇〇ちゃん? 可愛いもんね……」
彼女の声が震えている。
「違うんだ」
真っ直ぐ黒澤の目を見た。彼女なら分かってくれる気がした。
彼女は想像通り理解したのか、ハッと目を見開いた。
「……もしかして、凛ちゃん?」
「……」
「……もう一年経ったんだよ? 卒業式も来なかったくせに、凛ちゃん待ってたんだよ? それに凛ちゃんはもう、彼氏だっているんだよ?」
「……知ってる」
俺は真っ直ぐ答えた。それが歪な形をした言葉だと分かっていながらも、直球で口に出した。
「なにそれ……」
彼女の瞳から、一粒の想いが流れた。
「きもちわる」
黒澤は軽蔑の言葉を吐き捨て教室から出ていった。
彼女は泣いていた。初めての告白だったのかもしれない。初恋だったのかもしれない。俺はそんな彼女の気持ちを粉々に砕いたのだ。
次の日。
土曜日で学校がないので、俺は相変わらず家で自堕落に時間を貪っていた。
そして今日も藍塚のストーリーを眺めていた。またあの男が写っている。なんなんだこの男は。早く藍塚から離れやがれ。
俺は携帯に釘を打ったやろうかと思った。この男を呪いたくて仕方がなかった。
気を病んで何度も寝て起きたりを繰り返していると、母さんに家を追い出されてしまった。『辛気臭いから外で散歩でもしてきなさい』とのことだ。全く、どうやら傷心した息子を労わる気持ちを母さんは持っていないようだった。
時刻は既に16時ごろ、街が焦がれていくころだった。
最近はこの時間帯にあまり良い事が起きていない。なんだか嫌な予感がしていた。
何も考えずに散歩をしていると、どうやら足が勝手に踏み慣れた道を歩きたがるらしく、あの神社へとやってきた。
小学四年生の頃は毎日のようにお参りしていた小さな神社だ。四年ほど経っても、何も変わっていないようだった。
そういえば俺は昔、この神社にクラス替えの神様や席替えの神様を心の中で勝手に奉っていた。そして上手くいかないことがあれば勝手に責任を擦りつけて、神様を呪ったりしていた。今思えばかなりやばい奴だ。そういえば両親も呪ったことがあったっけ。我ながら恐ろしいものである。
あれだけ上手くいかなければ呪っておきながら、上手くいけば上手くいったで神社に通うことは無くなった。そんなことをしていれば、なにかしら罰も与えられるものだろうと思った。神様から呪われたってなにも不思議じゃない。
「久しぶりにお参りしとくか……」
なんだか急に怖くなって、俺は神社に足を踏み入れた。
すると小さな社に俺と同じくらいの女子が一人いた。なんだろう。どうにも見覚えがあるように感じた。その子はどうやら今お参りを済ませたらしく、俺の方へと振り返った。
「あ……」
「……あ」
その女の子は黒澤だった。俺を見つけて彼女は気まずそうにしていた。それもそうだろう。昨日あんなことがあった後の再開なのだ。気まずくないわけがない。やっぱりこの時間帯は碌なことに合わないなと思った。
しかし黒澤は、俺を見て足を止めると、ちょいちょいっと小さく手招きした。俺は恐る恐る近づいた。
「よっ」
「お、おお」
動揺しながらも挨拶を交わす。黒澤はいつもの調子へと戻っているように見えた。
おかげでなんとなく昨日よりも話しやすい気がした。
「黒澤もこの神社くるんだな」
「まあ地元だしね。氏神様っていうんだよ」
「へぇ」
社を見上げながら黒澤は言う。俺は相槌を打った。
けれどすぐ話題が尽き、場が静まって気まずさを感じるようになった。やはり、昨日のことを謝らなければならない。
「黒澤、昨日はごめん」
「え、なんで?」
「なんでって……」
黒澤は何も気にしてないようにキョトンとして言った。
「それを言うなら謝るのは私だよ。ごめんね。伏見は単に私を振っただけだもんね」
「うぐっ」
彼女はあっけからんとして言う。その言葉が俺に刺さった。わざとらしく反応すると伏見は『あはは』と笑った。
「……この神社ね。小六くらいから毎日通ってるんだ」
黒澤は遠い目をして話し出した。
「ある男の子と一緒になれますようにーってずっと祈ってたんだよ。馬鹿みたいでしょ」
寂しげに彼女は笑った。けれど俺は冗談でも笑わなかった。どれだけ馬鹿馬鹿しくても俺にも同じ経験があり、気持ちが痛い程分かるからだ。
「知ってる? 凛ちゃんって小学校の時、伏見の事好きだったんだよ」
彼女の発言に胸が大きく高鳴った。俺は小さくうなずいた。
なんとなくそうなのかもしれないと思っていたけれど、いざ口に出されると破壊力が違う。でもだからこそ。あの夕焼けの日が惜しくて仕方がなかった。
「でも、私も好きだったんだぁ」
「……まじ?」
「まじだよ」
結構大胆なことを言っているけれど、黒澤は結構堂々としている。頬も紅くなかった。俺は多分少し紅くなっている。
「だから凜ちゃんが引っ越しするって聞いて『やった』って思った。これで邪魔者がいなくなるって本気で思ったんだ。凛ちゃんは親友なのに、最低だよね」
少なからず、俺は首を縦に振らなかった。なんとなく気持ちが分かる気がした。もし俺にも恋のライバルがいたとすれば、その恋路の邪魔をしていたかもしれない。現に友達では無いけれど、藍塚のバックナンバー彼氏を呪ってやりたいと考えている。例えバックナンバー彼氏が友人だったとしても自分ならやりかねないと思う。
「まぁ、それがこのざまだけどね。罰が当たったんだよきっと」
彼女はまた寂しげに笑った。自分を嘲笑しているんだと思った。
「黒澤は悪くなんかないよ。多分そんなもんなんだよ。初恋って」
「それ振った本人が言う~?」
「ぐはっ」
また黒澤が『あはは』と笑う。そして俺の方に向き直り、まっすぐな目で言った。
「まあ確かにそんなもんだよね。現に私、まだ諦めてないし!」
「……まじ?」
「まじだよ」
酷な事だと思った。
黒澤は可愛い。藍塚が美人だとすれば、黒澤は可愛い子だった。彼女に想いを寄せる男子もきっと数人はいるだろう。
俺なんかさっさと諦めて、違う男子と幸せになればいいのにと思った。
けれど、彼女の眼差しはとても強くて真っすぐだった。本当に諦めていないような決意を表する目だった。けれど、その瞼は若干赤くはれている。
彼女は多分、昨日の夜めちゃくちゃに泣いたのだろう。俺の目の前では無く一人で涙を流していたのだ。心がぐちゃぐちゃになるまで泣きまくったんだろう。
それでも彼女はまた立ち上がったのだ。往生際が悪いとは自分でも分かっているのだろう。けれど再び自分の初恋と向き直り、諦めないことを決めたのだ。どおりで昨日と別人のように見えるわけだ。一度折れた人間はそれ相応に強いのだ。
俺は彼女の強さに若干引いた。けれど多分俺も似たようなものなのだろう。彼女の正々堂々としたものと比べるのは申し訳ないかもしれないけれど、諦めの悪さで言えば同じでは無いだろうか。
俺達は多分、呪われているんだと思う。初恋という呪いに。それはどんな呪いよりも深く、重い。蛇の様にしつこく絡まって纏わりつく。
藍塚にDMを送れば何か心変わりがあるんじゃないだろうか?
彼氏と別れればまたチャンスがくるのではないだろうか?
そう言った漠然とした期待に身を寄せてしまう程、俺はその身を呪われていて、囚われているんだ。恐らく黒澤も同じだろう。
「伏見は私の事、好き?」
俺はハッとして黒澤を見た。それはかつて藍塚に掛けられた、呪いの言葉。
けれど確かに違うのは、黒澤が口にしたことと、彼女の表情である。夕焼けに照らされた黒澤の表情は凛として美しく、目がキラキラと輝いている。その表情は一度折れた人間が復活した強者の表情であり、達観した者の顔つきだった。
「嫌いではない……と思う」
俺はつい見惚れて答えた。確かに黒澤が魅力的に見えた。
「だと思った!」
そして、彼女はニヤニヤといたずらっ子のように笑う。口と目を三日月型にして笑う、あのからかいモードの表情である。
その時、黒澤の顔が一瞬、藍塚に見えた。
藍塚もよくあの表情をしていた。それは黒澤から移ったのかどうか定かではないが、仲の良い二人が一緒に俺をからかっていたから自然とその顔つきが似たのかもしれない。
全く異なった魅力を持つ女子が藍塚と重なってみえてしまうほど、俺の呪いは強力なようだった。
黒澤は尚も三日月型の表情でニヤついている。
そして社の階段を駆け下り、振り向いて言った。
「私にメロメロにさせてやるんだから! 覚悟してよね!」
彼女のニヤついた笑顔が藍塚と重なる。
あぁ。この戦いは長く続きそうだと思った。
なぜなら俺たちは呪われているからだ。
どうせ彼女も諦めないだろうし、俺も諦めきれないからだ。
────初恋の呪縛は、まだまだ俺たちを蝕んでいくのだろう。
初恋の呪縛 米飯田小町 @kimuhan
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