中学になって、初めての登校の日。

 俺たちは入学式を終えて、新しい教室に入った。新しい先生に新しいクラスメイト。中には知っている顔ブレもいるが、ほとんどが知らない同級生だった。

 入学式当日に済まさなければならない幾つかの課題が終わって、俺たちは下校となった。

 入学式であるため、下校とはいってもみんなそう簡単には帰らない。特に親がなかなかに帰さない。みんな我が子の入学式を本人以上に待ち望んでいたようだった。親というのはそういうものなのだろうか。俺も友人と沢山写真を撮らされた。なかなかに面倒だった。藍塚がいない学校なんて、正直どうでも良かった。


「あ、卒業してない人だ!」

 突然、聞き覚えのある声が聞こえた。

 声がする方に顔を向けると、そこには口と目を三日月型にしてニヤつく女子がいた。どうやら卒業式に来なかった俺を小馬鹿にしているらしい。ケラケラと笑うその顔は見覚えしかなかった。

 彼女はよく藍塚と一緒に俺のことをからかっていた女の子。名前を黒澤くろさわという。

「一緒に写真撮ろうよ!」

 彼女は買ったばかりであろうスマホをちらつかせていた。俺はまだスマホを持っていないから、素直に羨ましいと思った。

 すると一部始終を見ていた親が俺に軽くエルボーを決めた。俺が女子と話すのがよほど珍しく見えたのか、やけに母親がニヤついていた。今思えば男友達とつるんでいることしか母は知らないのだ。

 うぜえ。確かに俺は学校での出来事をあまり親に話さないから仕方がないとはいえ、鬱陶しくて仕方がなかった。特に黒澤とは本当に何もないから尚更だった。せめて藍塚であれば、俺の反応はまた違ったものだっただろう。

 黒澤は俺に近づき、内カメラで写真を撮ろうとしていた。

 黒澤はスマホを買ったばかりで不慣れなのか、段取りが悪くてなんだが気恥ずかしかった。

 ようやく写真を撮り終えると黒澤は『ありがとう!』と素直に言った。なんだか彼女の頬が赤い気がするのは気のせいだろうか。

「そういえば、藍塚はどうなったの?」

 愛おしそうに撮ったばかりの写真を眺めている黒澤に、藍塚のことを聞いた。どうなったもなにも、引っ越ししたのは知っているのに藍塚の現状が気になって仕方がなかった。

「え? 知らなかったっけ? 引っ越ししたんだよ」

「いや、それは知ってるんだけど……」

 俺はなんて言えば良いかわからず、歯切れが悪かった。自分でも何が聞きたいのかよく分からない。

 けれど黒澤は何かを察したのか、ニヤッと笑った。

「ははーん? さては凛ちゃんのことが気になってんの? 仲良かったもんね〜」

 からかうように黒澤が言った。

「い、いや別に……」

 なんだか素直に言うのも恥ずかしい。目線を逸らして俺は言った。

 すると黒澤は何故か口を尖らして言った。

「……ふーん。まぁ連絡先なら教えてあげてもいいけど」

「マジか!」

「う、うん」

 自分でも驚くほど声が出てしまった。食いついていると勘違いされてしまいそうだ。あ、でも俺って……

「……ごめん。スマホまだ無いんだった」

「じゃあ無理じゃん……」

 なんてこった。せっかく黒澤が協力してくれそうだったのに、俺がスマホを持っていないんじゃ意味がないじゃないか。俺はなかなか買ってくれない両親を呪った。


 入学式を終えた次の日から、中学校生活が始まった。

 相変わらず世界は灰色に見える。藍塚のいた小学校生活が恋しかった。六年のうちのほとんどが違うクラスだったというのに、どうしてあの二年間がこうも輝かしく見えるのだろうか。初恋というのは怖いものだと思った。

 中学でも相変わらず隣の席は女子になるようになっていた。適当に毎日過ごしているだけでもなんだかんだ仲は良くなる。隣になれた子の中には可愛い子や綺麗な子も何人かいたし、彼女らとも仲は良くなったけれど、小学六年生の頃と違って、トキメキとは無縁の生活だった。


 あっという間に月日は流れ、俺は中学二年生になった。

 そして嬉しいこともあった。

 始業式の前に訪れた俺の誕生日に、両親がついにスマホを買ってくれたのだ。俺は飛び跳ねるほど嬉しかった。

 俺は買ったばかりの携帯で友人と連絡を取り合った。ラインというアプリを使うらしい。友達が複数人でスタレンをされた時なんかは携帯がフリーズして焦ったりもした。けれどラインを使ったメッセージは新鮮で楽しかった。

 インスタというのも友達に勧められて入れてみた。これは写真を使ってSNSに投稿することが出来るらしく、これはこれで良い思い出作りのツールになりそうだと思った。

 ただ、インスタには気になる機能があった。

 インスタには友達を追加すると”友達かもしれません”というメッセージともにアカウントが表示される。少し見てみると、表示されたアカウントは学校の同級生らしき人物がプロフィールに写っている。本当に友達かもしれなかったのだ。SNSってすごいなぁと思うと同時に、なんとなく恐怖も感じた。

 その時、俺の脳裏にあることがよぎった。

 ひょっとしてこの機能を使えば、藍塚と再び縁を持つことが出来るのではないかと思った。フォローしていない同級生をどんどんフォローして、次の”友達かもしれません”の表示を出す。そうすればいずれは藍塚のアカウントへたどり着けるかもしれない。

 しかし俺はやろうとしたところで踏みとどまった。手当たり次第にフォローするのもなんだかなと思ったし、あまり仲良くない同級生をフォローするのも気が引けた。友人たちはそこらへんフランクであるらしいが、SNS始めたての俺にはまだ分からない感覚だった。

 だが発想自体は悪くないはずだった。インスタを使えばもう一度藍塚と話せるかもしれない。うーむどうしたものか……


 中学に入って二回目の始業式を迎え、俺は二年生になった。

 そしてクラス替えを行うらしい。中学は三年間しかないので、一年毎にクラス替えを行うとのことだった。

 クラス替えと言えば、あの神社へは全く通わなくなった。まあ藍塚と同じクラスになったり隣の席になったりした以降、神頼みをすることは無くなったからだ。

 どちらにせよ正直どうでも良かった。別にどんなクラスになっても世界が煌びやかになることはないのだから。


 新しい教室へと向かうと、突然誰かに背中を叩かれた。

「いたっ!」

 思わず振り向くと、そこには黒澤がいた。相変わらずのニヤついた顔だった。

「あはは、よっ! 伏見」

「なんだ黒澤か……」

「なんだとは失礼な!」

 この教室に黒澤がいるということは、どうやら今年は彼女と同じクラスのようだった。クラス替えなんてどうでも良いと言ってはいたけれど、知った顔がいるのは心強いもんだと思った。

「あ、そういえば伏見って携帯買ったんだよね?」

 わざとらしく思い出しかのように黒澤が言った。一体誰から聞いたんだろう。まあ知られててもどうでもいいんだけど。

「そうそう。ようやく買ってもらえたんだよ」

 俺は買ったばかりのスマホを学ランのポケットから取り出した。黒澤は俺のスマホをホエーっと眺める。

「へぇよかったじゃん」

「だろ」

「……あれだったら……その、ライン交換してあげてもいいけど」

 さっきの横柄な態度とは違い、身をよじらせて気弱に黒澤は言った

「なんで上からなんだよ。まぁいいけど」

 ラインアプリを開き、QRコードを黒澤に向ける。

 すると黒澤は目を輝かせ、俺のスマホにカメラを合わせた。少し間が空いた後、可愛らしい男受けの悪そうなスタンプが送られてきた。俺も適当に社交辞令としてスタンプを返した。

「うへへ。やった……」

「何か言った?」

「ううん! 別に!」

 手を顔の前で振っておおげさに彼女は言う。若干頬が赤い。

 そういえば黒澤は藍塚と仲が良かったことをふと思いだした。それなら藍塚のラインも彼女から教えてもらえるんじゃないんだろうか。

「伏見? どうしたの」

「……別に」

 いや、よくよく考えてみればあれから丸一年経っているというのにまだ藍塚の事を気にしていると思われてしまう。まあ実際気にしまくっているんだけれども、それを他人に知られるのはなんだか気恥ずかしいというかなんというか……

 それに万が一藍塚のラインを手に入れたとしても、それをどう藍塚本人に説明するんだ。こんなのもうあなたが好きでずっとストーカーしてますと言っているようなものじゃないか。もし藍塚に気持ち悪がられたとしたら、俺は一生立ち上がれないかもしれない。


「……あっ」


 いつの日か、迷っていたあることを思いついた。

「え、なに」

「黒澤ってインスタやってる?」

「え? うんまぁ、やってるけど……」

 唐突な質問に、黒澤は困惑している様子だった。

「じゃあ交換しね?」

「え」

「え?」

 微妙な空気が俺たちを包んだ。藍塚はポケーっとしている。

「いいけど……なに、私のプライベートが知りたいってこと!?」

 顔を赤らめながら興奮気味に彼女は言う。

「ちがうわい」

 何故かテンションが高くなった黒澤にチョップを決めた。彼女は『いて』とおでこを抑えた。


 とにもかくにも、黒澤のインスタアカウントを手に入れることが出来た。


 俺は家に帰って早速スマホとにらめっこを始めた。やることは一つだった。

 黒澤は藍塚と仲が良かった。そして藍塚は黒澤と同じような人種というか。年相応の女子である。もしかすれば彼女もインスタをやっているかもしれない。もしやっていたとすれば、彼女たちは相互フォロワーのはずだ。

 そんな時だった。

 ラインが一通のメッセージを受信した。画面の上部に”スタンプが送信されました”という表示。

 相手は黒澤だった。

 なんだなんだと思い、黒澤とのメッセージ欄を開いた。

 黒澤がまた男受けの悪そうなスタンプを押していた。うげえっとつい口に出してしまった。

[よろ]

[はぁ]

[なに、元気無さそうじゃん]

[いや別に、ただスタンプが気持ち悪いなって]

[な! 女子の間で流行ってるんだから! 流行に乗れてないんじゃない?]

 なんてどうでもいいラインなんだと思った。

 俺は一旦メッセージ欄を閉じて、もう一度インスタのアカウントを探し始めた。

 黒澤は意外に友人が多いらしく、百人以上フォロワーがいた。この中から藍塚のアカウントを見つけなければならないようだ。

 探している間にも、黒澤からどうでも良いメッセージが流れてくる。けれど今は無視していた。それよりも藍塚の方が優先だった。


 すると、一つのアカウントに目が留まった。


 アルファベットでリンと書かれた名前のアイコンには見覚えがあった。中学の体育祭だろうか? 体操服に着替えた藍塚らしき女子が、数人のクラスメイト達と笑顔で写っている写真があった。

 俺はアカウントをタップした。

 そして藍塚らしき女子のストーリーを全部見た。

 見たうえで確信した。間違いなかった。


「あった……」


 また黒澤からのメッセージが鳴った。



 

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