第5話

<第2話>


有吾の目に映る、落ちてくる少女と空に鏡のように映る巨大な城。

呆然と立ち尽くす有吾の元に、少女が降ってくる。


有吾「危ない!」


差し出された少女の手をとっさに掴むと彼女はふわりと地面に降り立つ。


エデ(……ありがとう)

有吾(声が直接、頭の中に響いてる?)

エデ(今すぐにここを離れて!)

有吾「え? ――あ」


見上げれば、城はまだ有吾に向かって『降ってきている』

さらにはそこから鎧をまとった騎士が進軍し、空に黒い一筋を描いている。


有吾「なんだよ、あれ! 幻覚じゃない……よな?」

有吾「よく分かんないけど――」


エデの手を取って走りだす有吾。

市街も、空から降る城と現代では見ない武装した騎士の姿に混乱し始めている。

そのただ中を走る有吾とエデ。


有吾(一体、何がどうなって……)


視線を感じて、空を向く有吾。


有吾(見られてる? いや……この子を狙ってるのか!)


空からの覆いがあるアーケードを見つけると、そこへ走り込む有吾。

ざわめきを走り抜け、その先にあった小さなビルへ逃げ込む。

工事中らしいのか、人はいない。内装もがらんとしている。


有吾「はぁ、はぁ……っ!」

エデ(ごめんなさい、いきなり巻き込んでて)

有吾「頭に響いてるのは、あんたの声なのか? テレパシーみたいなもん……?」

エデ(……繋げなくても、わたしの声が届いている。あなたは……)

有吾「え?」


決意するように息を吞むエデ。彼が自分の求めていた存在だと気付き、有吾を真っ直ぐに見つめる。


エデ(わたしは、エデ。こことは違う世界……今、頭上に広がっている、あの城……『エデン・マグナロゴス』で生きる者)

有吾「『エデン・マグナロゴス』?」

エデ(空を隔てた向こうにある世界。そう思ってくれればいい。わたしたちは鏡合わせの存在)

エデ(こんなことでもなければ、こちらの世界の人がわたしたちを知ることはなかったんだろうけど……)


奏多の昔話を思い出して、ドキリとする有吾。


エデ(わたしたちは言葉と共に生きる者)

有吾「言葉、と?」

エデ(わたしたちの世界では、口にした言葉は、全て実現する)

有吾「は……?」

エデ(全員が全員、そういうわけじゃない けれど。『力を持つ者』が発した言葉は、冗談でさえも現実になる)

有吾「相手に死ねっていえば、そいつが死ぬってことのか?」

エデ(あなたたちは、そんなに恐ろしい言葉を冗談で口にするの?)

有吾「あ……」

エデ(……そう。ここも悲しい場所なのね。人の生死すら、軽口にしてしまうなんて)

エデ(でも……わたしたちも、そんな世界を笑えない。言葉がどれほどの力を持っているか分かっていても、わたしたちは正しく……お互いを慈しんで生きられなかった)

有吾「どういうことだ?」

エデ(……ある日、力ある言葉を持つ一部の人間が世界を支配するなど許されないと、革命が起こったの。革命の主導者は――)

有吾「もしかして、あの鎧の集団?」

エデ(そう。エデンの騎士団。世界を変えるために、世界を均すために立ち上がった者たち。彼らは……全ての者が等しく生きられるようにと理想を掲げ、エデンを支配しようとした。わたしたちは、自らの使う言葉の暴走を恐れ、従うほかなかった。彼らの理想が本当に叶うのならばどんなに素敵なことかと思ったのに……掲げたものは絵空事にすぎなかった)

エデ(彼らは……言葉を持っているのに、武力で人々を支配しようとしたのよ。そして……わたしを、旧体制の象徴として、処刑しようと)

有吾「処刑だって? 何でそんなこと!」

エデ(それは――)

騎士1「見つけたぞ、『言の葉の姫テラー』」

有吾「……っ!」

騎士2「お前をネヴァー様の元へ連れていく」

有吾「ここまで追いかけてきたのかよ!」

騎士3「ネヴァー様の言葉は絶対だ。『言の葉の姫テラーを見つけだせ』と、あの方が仰せならば必ず『見つかる』のだ」

有吾「テラー?」

騎士1「我らエデン・マグナロゴス。負の歴史の象徴。我々の語り部であり、恐怖でもある。紡いだ言葉を全て現実にするだけでなく、無から有を、死から生を生み出す、最高位の力を持つ言葉の御子、エデ。――我々のためにお前は殺さねばならない」

騎士4「渡せ、少年。さもなくば、お前の命が危うくなるぞ」

有吾「そんなこと、言われても。俺とこいつはなんの関係も」


有吾の脳裏に浮かぶのは、先程の裏庭での光景。

折れた望遠鏡、倒れた奏多。助けられなかった自分の情けなさを、有吾は噛み締める。


有吾「……ってわけにも、いかないか」


エデを背中に隠し、有吾は庇うように立ちふさがる。


有吾「そんなにもたないだろうけど、ここは俺が何とかする。あんただけでも逃げてくれ」

エデ(――!)

有吾「俺よりも頼りになるヤツは、きっといっぱいいる。俺には鏡面世界のことも、言葉の力とやらもよく分からないけど――」


有吾の脳裏に奏多の笑顔がよぎる。


有吾「どんな理由があったって、一方的な暴力を受けていい理由にはなんないだろ! だから、行け! あんたは死ぬな、エデ!」


エデの瞳が喜びに見開く。


騎士1「それがお前の答えならば……お前を排除し、言の葉の姫テラーを連行する」

騎士2「応援を要請。これより排除行動に移行する」

騎士3「排除する」

騎士4「排除する」


向けられる武器の切っ先。


有吾「オモチャじゃない、よな?」

有吾「……はは。エデ、とにかく逃げ――」


有吾の背中に手を触れるエデ。エデから光が迸る。


エデ「ありがとう。あなたの言葉、すごく嬉しい」

有吾「あんた、声が」

エデ「だからこそ……あなたもまた、ここで死んではいけない。あなたの、名前は?」

有吾「……有吾。言森有吾」

エデ「有吾」


噛み締めるように名前を呟いて、エデは騎士たちを見すえる。


エデ「言森有吾は、ここで死なない」


彼女を中心に力の場が広がる。


有吾(なんだ、体が……熱く? 何かがこみ上げてくる!)

騎士1「まさか、言の葉の姫テラーが己のために力を使うなど! 分かっているのか、己の過ちを――」

エデ「理解したうえで、告げています。言森有吾は、ここで死なない。代わりに排除されるのは、わたしの目に映るエデンの騎士たち」

騎士2「まずいぞ、退避! 退避――!!」

エデ「その足元は崩れ落ち、騎士を奈落へと誘う。逃れる術は――ない!!」


エデが言葉を紡ぎ終えた瞬間、騎士たちの足元だけが突如崩れ始め、穴が開く。

逃げ切れず、落ちていく騎士たち。その姿が消えると、彼らを飲み込んだ奈落も消える。

そこにあるのは、先程と変わらぬ工事中の内装だけ。


有吾「な……! どういうこと――っと! エデ、大丈夫か!」


倒れかけるエデを慌てて抱きとめる有吾。

エデは少し荒い息を吐きながら頷く。


エデ(……大丈夫。この建物に影響がないのは、『この建物』ではなく、『彼らの足元』が崩れるようにと告げたから。ただ、それだけ)

有吾「ただそれだけって……すごいことだろ。 これが、エデの『言葉の力』?」


頷くエデ。


エデ(わたしが言葉を紡げば、全てが現実になる。わたしは、わたしの言葉で人の生命を奪うことが出来る。それを分かっているから、それがわたしの役割だから、普段はこうして心の声で会話して。鏡面世界の人間でない者には、本当なら……許可を与えなければ、心の声は聞こえないのだけれど)


エデの瞳が、有吾を見る。


エデ(あなたは、わたしが探し求めた人)

有吾「エデ……」

エデ(お願い、助けて。この世界ごと、全てが壊れてしまう前に。彼らはわたしを追いかけながら、こちらの世界も支配下に置こうとしている。わたしは、全ての命を助けたい。エデン・マグナロゴスの民も、この世界の人たちも。このままだと、この世界が浸食されて鏡面世界がひとつになってしまう。だから、お願い……!)


エデの手が、有吾の手を握る。


有吾「そんな力、俺にあるわけない、だろ」

有吾(でも)


脳裏をよぎる、倒れた奏多の姿。


有吾(見捨てることは、できない。俺はもう、俺の目の前で助けを求める人から)


きつく、エデの手を握り返す有吾。


有吾(逃げたく、ないんだ)

有吾「……どうなっても、知らないぞ。それでも……いいなら」

エデ(ありがとう……有吾)

有吾「それで、俺は何をすればいいんだ」

エデ(エデン・マグナロゴスの中枢にある、『創生の間』。そこにわたしと――境界世界の人間の二人が足を踏み入れれば、この事態を止められる。止める資格を得ることが出来る。だからわたしは禁忌と知っていてこの世界への扉を開いたの)

有吾「エデン・マグナロゴスって、あの空から降ってきてるやつだよな?」

有吾「って、それって思いきり、敵の本拠地に逆戻り……あんた、殺されに行くようなもんだろ!」

エデ(それでも、戻らなくちゃいけない。だから、わたしを連れていって)

有吾「……わかった。俺はあんたが望むように、してみせる」

エデ(本当に、ありがとう。有吾)

有吾「とりあえず、近づいてみるか。ただ、さっきみたいなことになったら、どうすればいい? 俺、ただの学生だし、帰宅部だし。戦う力なんてないぞ、自慢じゃないけど。近づかなきゃいけないなら、逃げ続けるのにも限界が――」


エデはそっと、有吾の額に触れる。


エデ「有吾。あなたに、わたしの力を与えます。どんな苦難を打ち払う、光あふれる言葉の力を。今、このとき、この瞬間から。言森有吾はエデンの騎士。言の葉の御子、エデの騎士――」

有吾(……っ、なん、だ! 体がまた熱い……! 何かが流れ込んでくる!)

エデ「わたしの声が、あなたに全て伝わるように。あなたの声が、わたしに全て伝わるように。わたしたちを繋げてください。あなたには、その資格がある。その意志がある。――その力が、ある」


エデが告げ終えた瞬間、小さな光が弾ける。


エデ「はぁ、はぁ、はぁ……」

有吾「エデ? あんた、また辛そうだぞ、大丈夫か?」

エデ(……大丈夫。今、わたしの力を、あなたに少し分け与えた。先程とわたしがしたのと同じように、あなたの言葉もまた、力を持つ)

有吾「は? 嘘だ……んぐ」


一瞬、怖くなって慌てて口をつぐむ有吾。


有吾(嘘、だろ……?)

エデ(いいえ、まごうことなき真実です。だから、いざというときは言葉を使って。あなたの言葉が、あなたの力になる)

騎士5「応援要請を確認した建物はここか? 捜索を開始する」

有吾(……ヤツらが来た! とにかく逃げないと、って下に降りていくの無理だし――)


窓が目につく有吾。


有吾(もしかして、『出来る』のか?)

エデ(ええ。出来る。あなたがそれを望むなら)

有吾「……なら、やってやる。しっかり掴まってろ」


そう言って、エデを抱き上げる有吾。

窓の縁に足を賭けた瞬間、複数の騎士が部屋になだれ込んでくる。


騎士6「いたぞ!!」

有吾「――『飛ぶぞ』、エデ!!」


彼女をきつく抱いたまま、窓から飛び出す有吾。


有吾「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


その体は落ちることなく、空を駆けていく。


有吾(本当に、飛んでる! これが言葉の力、エデの力――!)


<第2話終了>

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