第4話
<第1話>
■鏡面世界『エデン・マグナロゴス』
夜明け前の群青色をまとって広がる天城都市『エデン・マグナロゴス』
その中で最も高い塔の廊下を、少女――エデが必死に逃げている。
後を追うのは、黒の鎧をまとう騎士団と彼らを率いる男、ネヴァー。
ネヴァー「追いつめて、殺せ」
エデが辿り着いたのは塔の展望テラス。
エデは慌てて背後を振り返るが、騎士団は容赦なく迫ってくる。
空に向き直ると、彼女は身を乗り出して手を伸ばす。
開いた唇が言葉を紡ぐことはない。だが、彼女は何度も同じ言葉を形作る。
エデ(誰か――誰か……!)
指先が天に触れた瞬間、波紋が生まれる。その向こうから光が溢れ――。
■英端市街全景(朝)
太陽の光が煌めく、清々しい青空の下に広がる『
通勤ラッシュの時間帯でどこもかしこも人で溢れている。
満員電車に押し込まれ、気だるげな言森有吾の手にはスマホ。
表示されているのはクラスの男子が作ったグループSNS。
男子1『キモ石かなたあいつマジウザイ』
男子2『顔がへらへらしててキモイ』
表示されている言葉に眉を寄せる有吾。
男子3『早くしなねえかな(笑)』
男子4『それはヤバいww』
男子1『最近調子のってっしシメてー』
男子2『やめろってww』
男子3『ゆーごもそう思うよな?』
スマホを制服のポケットにねじこみ、目を伏せる。
有吾(……なんで俺は)
有吾(ここから動けないんだろう)
線路を駆けていく電車。
■学校内(朝)
人気の少ない校内。有吾が階段を上がっていくと――
奏多「ひゃあ!」
段ボールがなだれる音と共に有吾の目の前に転がってくる静石奏多。
奏多「いてててて……」
有吾「奏多」
ずり落ちた眼鏡をかけ直しながら、奏多は有吾に気付く。
奏多「あ、有吾。おはよう!」
有吾の返事を待たず、奏多は転がった荷物を整え始める。
奏多「今日は早いね。こんな時間に登校なんて、どうしたの?」
有吾「……別に」
奏多「何となく早起きしちゃったとか? そんな日もあるよね」
話しながら、段ボールを片付ける奏多。天文部のある部室に続く階段には、嫌がらせのように段ボールやゴミが巻き散らされている。
それを奏多は笑顔で片付けている。いたたまれず、視線を逸らす有吾。
奏多「僕もさ、今日は『そんな日』なんだ。何かがきっと変わるような、『そんな日』」
ゴミを押しやり、ある程度片付けて部室の扉を開ける奏多。
中はこじんまりとした天文ドーム。靴を脱いで、奏多は中へ。
有吾は外から奏多を見ている。
奏多「なんたって今日で完成するんだから。記念すべき手作り望遠鏡100号!」
笑顔で、白い筒を差し出してくる奏多。
奏多「これは改良に改良を重ねた究極の手作り望遠鏡! 見てよ、すごく綺麗に作れたんだよ」
奏多「これさえあれば空の向こうまで覗くことが出来る! もしかしたら宇宙人とも友達になれるかも――」
奏多「って、子供っぽいって思う?」
熱く語る奏多を、微笑ましげに見ている有吾。
有吾「いや……昔を思いだした」
奏多「昔?」
有吾「お前、小さいときも似たようなこと言ってたよな。空の向こうにも世界がある。僕たちは鏡合わせで生きている、なんて」
奏多「……覚えててくれたんだ」
有吾「覚えるも何も。――『月刊宇宙レポート』」
奏多「あ」
有吾「ホッチキスで止めたペラ本を定期購読だって言って毎月家のポストに入れてたのは誰だよ」
奏多、嬉しそうに微笑む。
奏多「そっか」
有吾「今も、同じこと思ってんの?」
奏多「まさか!」
奏多「僕、星も好きだけど物語を作るのも大好きだったから」
奏多「好きなものに好きが合わされば、もっともっと好きになって、ただ楽しかったから、むちゃくちゃ言ってただけ」
奏多「思い出すと、恥ずかしいな。まあ今は……」
奏多「そのどっちも、よく分からないけど」
暗くなる奏多の表情。階下から近づいてくる複数の足音。嘲笑うような色を秘めた笑い声に有吾も気付く。
奏多「……僕と話しているのが分かったら、有吾までいじめられるよ。もう行ったほうがいい」
ぴしゃりと扉が閉められる。
男子1「あれ、有吾じゃん。何してんの? そこ、ウザ石の巣じゃん」
男子2「せっかく巣作りしてやったのにキレイになってっし。うぜー」
男子3「あいつ、もう来てる?」
三人の間をすり抜け、教室へ向かう有吾。その表情は、苦しげに歪んでいる。
■学校内(授業中)
有吾(俺と奏多は幼馴染で。友達――のはずだった)
授業を受けながら、過去を思い出す有吾。
有吾(高校生になるまで家は隣同士。あいつが引っ越すその日まで、毎日遊んだ)
子供の頃の光景がフラッシュバックする。
ひとりぼっちで公園にいる有吾。その有吾に、奏多が笑顔で手を伸ばす。
有吾(子供の頃から俺は口下手で。クラスの輪に馴染めなかった。それを……あいつが助けてくれた)
手を繋いで走りだす有吾と奏多。
その姿は大きくなり、中学生に。
何気ないことを話しながら歩く奏多が、有吾の目に映る。
有吾(ずっと一緒に行動してた。夜に家を抜け出して、星を見に行って怒られたこともあった。いつも、あいつと一緒だった。なのに――)
――時間は過ぎ、昼休みの廊下。
奏多は男子に囲まれ、何か言われている。
それを机に座り、見ている有吾。
奏多はへらへらと笑い、彼を嘲笑うように男子たちが小突く。
有吾(俺は、何もできない。友達がいじめられているのに、『やめろ』の一言が口に出せない。勇気が、出ない)
ふと、奏多と視線が合う有吾。
笑う奏多から、有吾は視線を逸らす。
有吾(臆病者。こんな自分が、大嫌いだ)
■学校の裏手(夕方)
地面に叩きつけられ、壊れ、汚れてしまった奏多の手作りの望遠鏡。
残骸を前に呆然と立ち尽くす有吾。
有吾「……なんだよ、これ」
暴力を受け、地面に這いつくばる奏多。
倒れた奏多を見下ろして、ニヤニヤと笑っている男子たち。
男子1「キモいよなぁ、こんなオモチャ大事にしてさ」
奏多「あ……!」
折れた望遠鏡に再び振り下ろされる足。
それがまるで奏多の姿に見えて、有吾は顔をしかめる。
息を吸い、何かを言おうとする有吾。だが、声が出ない。
男子3「前から、ほんと気に入らなかったんだよ、キモ石」
男子2「へらへら笑いやがって。なのに成績優秀とか嫌味か、キッショ」
男子1「巣に引きこもってろ。お前の顔を見るだけで――」
道端の石を蹴るように、奏多を蹴る男子。
奏多「ぅぁっ!」
男子4「声までムカツク」
有吾「お前ら……」
男子4「ほら、有吾もやってけよ。それとも……」
近づいてくる男子。有吾を覗きこむ。
男子1「こいつの、味方か?」
有吾「……っ」
男子2「そういや、朝も連絡返してこなかったよなー? 既読スルーはねーよ」
男子3「ノリ悪くない? つまんねえヤ――」
奏多「……違う!」
奏多「ゆ……こ、言森くんと、僕は何の関係も……」
男子3「うっせえ! 勝手に口挟むな!」
再び蹴られる奏多。
奏多「うわっ!」
教師「お前たち! そこで何をしているんだ?」
裏庭を臨む渡り廊下に教師が立っていて、有吾たちを見ている。
男子1「別に……何も」
男子2「ちょっと望遠鏡を見せてもらってただけです。でも、うっかり落としちゃって。それを拾おうとしていたところですよ」
教師「……本当か、静石」
気遣う気配を見せるが、教師は近寄って来ない。
ややこしいことに関わりたくないという教師の態度に、奏多は小さく頷き、立ち上がる。
奏多「……はい」
教師「なら、いいが。変な騒ぎは起こすなよ」
立ち去る教師。その姿が消えてから、男子は呟く。
男子3「つっまんねー。行こうぜ」
連れ立って去る男子たち。
彼らがいなくなってから、奏多は壊れた望遠鏡に手を伸ばす。
有吾「奏多……」
奏多「あ……あはは、ごめん。変なところ、見せちゃったね」
繕うように笑う口の端には、痛々しい傷がある。
自分の拳をぎゅっと握る有吾。
奏多「上手く、出来なくて。上手く、かわせなくて。上手く、仲良くなれないから。だから、こんな」
折られた望遠鏡を拾い上げる奏多。
奏多「あーあ、ぼろぼろ。真っ二つだ。作り直さなきゃ。前よりキレイに作れるかなあ」
朝に見た奏多と笑顔と美しい望遠鏡の姿が重なって、たまらず有吾は吐き捨てる。
有吾「やめろよ、そういうの」
奏多「え?」
有吾「笑うな」
奏多「……」
奏多の顔から笑みが消える。
しん、と静まり返る裏庭。
眼鏡の奥の瞳から感情が消えたことに気づき、有吾は自分の失言に気づく。
有吾「あ……違う。今のは」
奏多「……君も、みんなと同じことを言うんだ」
昏い視線が、有吾に突き刺さる。
奏多「今の僕に、笑う以外の何が出来るっていうの? 怒ったって、泣いたって、何にも変わらないのに。これ以上、君は僕に何を求めるの?」
真っ直ぐに、有吾を見つめる奏多。
奏多「君だけは」
奏多「僕の味方だと信じていたのに!」
有吾「奏多!」
走り去る奏多。有吾は独り、取り残される。
■英端市街(夕方)
駅と反対方向の道を、有吾は歩いている。
有吾「違う」
有吾(俺は、あんなことを言いたいわけじゃなかった。奏多に、笑うんじゃなくて、自分をごまかすんじゃなくて、もっと、ちゃんと――)
奏多の昏い瞳が脳裏をよぎる。
有吾(俺は、何をやって……)
ふらふらと歩き、吸い込まれるように誰もいない公園に辿り着く有吾。
■公園内(夕方)
有吾(勇気もない。口下手で、昔からの友達すら守れない)
夕焼けの空と街が見渡させる人気のない広場に立ち尽くす。
そこへピロン、と電子音。グループチャットの着信表示に、反射的に画面を見る有吾。
『記念写真ww』という言葉と共に、望遠鏡を壊されている奏多の写真が送られてきて――。
有吾「くそっ!!」
スマホを投げ捨てそうになる有吾。
有吾(みんな、好き勝手に! どうして平気で相手に死ねって言える! その言葉の重みを何にも分かっちゃいないバカばっかりで――!)
スマホをきつく握り締める有吾。
有吾「最低だ……!」
有吾(でも、一番最低なのは俺だ。どうして、俺は、そんな奴らから、あいつを助けてやれなかった――)
???『――けて』
有吾「え……?」
突如響き渡る声に辺りを見渡す有吾。だが誰もいない。
???『――けて、お願い――』
顔を上げる有吾。途端、視界に飛び込んできたのは――。
エデ『お願い、助けて!』
有吾に向かって助けを求める少女の姿と空に鏡のように映る巨大な城だった。
有吾「なんだよ、あれ……っ!」
<第1話終了>
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