第13話 シンガポールの調停
シンガポール政府が提案した黎明との調停案は、南シナ海における緊張緩和の突破口となる可能性を秘めていた。各国の圧力と慎重なバランスを取りながら、外務大臣のリム・シェンホウはこの計画を推進するため、外交官たちと会議を開いていた。
「アメリカと中国はこの提案を表向きには歓迎するだろうが、実際には利用しようとする動きが予想される。」
リムは会議室の中央で、各国の立場を整理しながら話を進めた。
若い外交官が手を挙げて発言する。
「外務大臣、もし調停が失敗すれば、我々が国際社会で非難されるリスクもあります。」
リムは静かに頷き、穏やかな声で答えた。
「それは承知の上だ。しかし、シンガポールはこの地域の平和と安定に寄与する義務がある。我々はリスクを恐れるのではなく、チャンスを見出すべきだ。」
「それで、黎明側の反応は?」
別の外交官が尋ねた。
リムは資料を手に取り、報告を続けた。
「彼らは条件付きでディア・ハリントンとの対話を受け入れる意向を示した。ただし、慎重に進める必要がある。」
「具体的な条件は?」
「黎明側は、彼らの意図を正確に伝える保証を求めている。ディアがその条件を受け入れるかが鍵だ。」
会議室内に一瞬の沈黙が流れた後、リムは短く指示を出した。
「交渉を進めろ。シンガポールがこの対話の場を提供することで、国際社会への責任を果たす。」
黎明艦内では、シンガポールからの提案に対する準備が進められていた。風間悠馬は、慎重に条件を確認しつつ、次の一手を考えていた。
「艦長、シンガポール政府からの通信です。ディア・ハリントンが我々の条件を受け入れると伝えられました。」
通信士の声が艦橋内に響く。
「具体的には?」
風間が短く尋ねると、通信士が続けた。
「ディアは、我々の意図を正確に伝えることを約束し、いかなる編集や意図的な情報操作もしないと誓約しています。」
藤崎が慎重に意見を述べた。
「艦長、これは我々にとってリスクが大きい行動です。ですが、彼女が信頼に足る人物であれば、我々の理念を世界に伝える絶好の機会でもあります。」
大村は反対の表情を浮かべながら口を開いた。
「艦長、これは明らかに危険すぎます。もし彼女が情報を悪用すれば、我々はさらなる敵意を招くことになります。」
風間は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。そして静かに言葉を発した。
「ディア・ハリントンを迎え入れる。だが、彼女には艦内の特定区域のみを許可し、全ての会話を記録する。」
その言葉に、艦橋内の乗組員たちは驚きと緊張を隠せなかったが、風間の決断には逆らえなかった。
ニューヨークの自宅でディアはシンガポール政府からの連絡を受け、黎明との接触が正式に許可されたことを知った。彼女はすぐにチームを招集し、準備を進める。
「これが私のキャリアで最も重要な取材になる。」
ディアは興奮を抑えきれない様子で語った。「風間艦長の言葉を直接聞けるなんて、こんな機会は二度とない。」
助手が慎重に質問する。
「ディア、彼らは非常に警戒しています。どんな質問をするかを慎重に考えないと、取材が中断される可能性もある。」
ディアは冷静に頷いた。
「もちろん。だが、私はただ真実を聞き出す。それ以上でも以下でもない。」
ディアが黎明と接触するというニュースは、瞬く間に世界中で報じられた。各国の反応は様々だった。
アメリカ: 政府高官が「ジャーナリストの行動は独断的であり、米国政府の立場を反映するものではない」と発表。だが、内部ではディアの行動が黎明の意図を引き出す好機と捉えられていた。
中国: 黎明との対話が米国主導で進むことへの警戒感を強め、「ディアの行動が公平であるとは限らない」と批判。
ロシア: 公にはコメントを控えつつも、黎明の技術的優位性に関心を寄せ、その情報を収集するために水面下で動き出した。
国連: 安保理の中で「シンガポールの調停努力を支持する」という声明が採択されるが、各国の利害が絡み合い、次の対応が進展しない。
ディアの取材の日程が決まり、黎明との接触が現実のものとなった。南シナ海の深海で、新たな対話の幕が上がろうとしていた。その一方で、黎明内部ではこの行動がさらなる波乱を生む可能性を秘めていることを全員が理解していた。
風間は艦橋から遠くを見つめ、静かに呟いた。
「これはただの取材ではない。我々の次の一歩を決める試金石だ。」
その言葉が、艦内に新たな緊張感を生み出していた。
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