第11話 波紋の中心
EMPの発動により、黎明の背後にあった中国「海龍」と米軍「シーフォックス」は完全に動きを封じられた。静寂が支配する深海の中、黎明は新たな進路を静かに進んでいた。
「艦長、海龍およびシーフォックスの無力化を確認。復旧までには48時間以上かかる見込みです。」
藤崎玲奈が報告を終え、艦橋内に一瞬の安堵感が広がる。
副艦長の大村修一が険しい顔で風間を見つめた。
「艦長、これで一時的に追跡を逃れたとはいえ、彼らが復旧すればさらなる圧力がかかるでしょう。次の手を考えるべきです。」
風間は短く頷き、モニターに映る航路図をじっと見つめた。
「焦るな、大村。我々の行動は彼らの出方を見極めるためのものだ。静寂の中で力を示せば、彼らがどう動くかは自ずと見えてくる。」
その言葉に大村は納得しきれない表情を浮かべたが、反論することなく、再び状況の確認に戻った。
黎明のEMPによる潜水艦無力化のニュースが国際社会を駆け巡る中、シンガポール政府はその調停役としての立場を迅速に打ち出していた。地理的に南シナ海に近く、中立的な外交を掲げるシンガポールにとって、これは平和的解決への絶好の機会でもあった。
「黎明の意図を世界に明らかにする必要がある。」
シンガポール外務大臣、リム・シェンホウは記者会見で毅然と語った。
「我々はこの問題を対話によって解決するため、黎明と国際社会の橋渡しを行う用意がある。彼らの行動が平和のためのものかどうかを確かめなければならない。」
リムのこの発言は、すぐに世界中のメディアで報じられた。同時に、この動きに目をつけたのが、アメリカの著名ジャーナリスト、ディア・ハリントンだった。
「EMPで中国と米軍の潜水艦を同時に無力化? これはただ事じゃないわ。」
ディア・ハリントンは、南シナ海のニュースを見ながらそう呟いた。
「ただ事じゃないなんてもんじゃない。」
彼女の助手が肩をすくめて言った。「これは、潜水艦戦の常識を覆す一手だ。それに、彼らが本当に平和のために動いているのかどうかも怪しい。」
ディアは目を細めながらニュース映像をじっと見つめていた。
「彼らが何を考えているのか。それを確かめるのが私たちの仕事よ。」
「ディア、まさか……。」
ディアは立ち上がり、強い口調で言った。
「そう、直接聞いてくる。黎明の艦長にインタビューするわ。」
助手が驚きの声を上げる。
「本気か? 潜水艦に乗り込むなんて危険すぎる。それに、彼らがそれを許可するとは思えない。」
「だからこそ価値があるのよ。」
ディアは微笑んだ。「情報が戦争を防ぐ力になる。それを信じて私はやるだけ。」
彼女はすぐに電話を取り、シンガポール政府の外務省に連絡を取った。
「こちらディア・ハリントン。南シナ海の潜水艦黎明に接触するための調停に協力してほしい。」
電話越しの相手が驚きの声を上げた。
「ハリントンさん、それは……非常に大胆な提案ですね。少し時間をいただけますか。」
ディアは微笑みながら答えた。
「もちろん。でも、これは時間との勝負よ。」
「艦長、シンガポールの外交官から通信です。」
通信士が緊張した声で報告する。
「内容は?」
風間が静かに尋ねると、通信士は画面を見ながら続けた。
「アメリカのジャーナリスト、ディア・ハリントンが、我々と直接対話を希望しています。シンガポール政府がその仲介役を務めるとのことです。」
艦内が一瞬静まり返った。藤崎が慎重に言葉を選びながら口を開く。
「艦長、これは……リスクが高すぎます。彼女がどういう意図を持っているのか、完全にはわかりません。」
大村も険しい表情で言った。
「確かに。下手に彼女に情報を与えれば、我々の存在がさらに危うくなるかもしれません。」
風間はしばらく黙り込み、深く息を吐いた。そして、静かに答えた。
「面白い提案だ。接触する。ただし、条件を提示する。彼女が我々の意図を正確に伝える保証が必要だ。」
「条件……ですか?」
藤崎が問い返すと、風間は短く頷いた。
「彼女が何を聞きたいのかを明確にさせる。それに応じるかどうかはこちらで判断する。」
「彼らが応じた?」
シンガポール政府からの連絡を受けたディアは、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに意欲を高めた。
「はい。ただし、接触には条件があるそうです。」
外交官が答える。
ディアは静かに頷き、書類を準備しながら呟いた。
「条件付きでも十分よ。彼らの言葉を直接聞ける。それだけで価値がある。」
彼女の目には、真実を追求する記者としての強い決意が宿っていた。
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