第2話 ルインの誕生

むかしむかし、私は自我を持たない存在だった。みなが等しく自我を持ってなかった時、私は運良く大きな生物を見つけた。


それは、非常に獰猛で、地上最強と言われても遜色のない風貌を私に見せつけた。


これに憑けば、長く生き延びられる。最初はそう考えた。鋭い牙、攻撃を諸共しない体躯。ライバルは居ないと思わせる覇気。私は魅了されたのだ。


しかしある日、私に比肩する存在が現れた。それは大きな角がついた奴だ。奴は私を見つけるや否や、突撃をかましてきた。自慢の尾で奴の突撃をいなす。やつの横っ腹を歯で噛む。想像以上にやつの体は硬く、危うく私の歯が折れる所であったが、噛みちぎることが出来た。


腹を噛みちぎられた奴は、少し後ろに下がった後、助走をつけて突進をした。


避けようとするが、大きい体躯のせいか、間に合わず胴体に命中してしまった。


私という存在に比肩する奴がこの世に居るとは…。負けない肉体を持たねば…。


この日、私は初めて敗走した。


肉体を回復する技術などを持ち合わせていない私は肉体がどんどんと疲弊していく。


感じ取った。この体はもうダメだ。次に変えなければ。次は突きにも耐えうる肉体を。


突きを喰らわなければいいという訳では無い。初めて憑いたその存在を初めて捨てた。


しかし、私は敗北し、全てを失ったわけではなかった。肉体を持たぬ私は自我を得たのだ。


この成長は私にとって小さな転換点のひとつだ。私は憑くのではなく、受肉を覚えた。受肉することで宿主を意のままに操る力を得た。戦闘の幅が広がったということだ。


ここで私を悩ませたのは受肉する肉体をどう用意するかだ。最強と思われた奴の同種に受肉するか、奴を倒したあの存在に受肉するか、はたまたそれ以外の強者か。


宛もない旅が始まった。


それからかなりの時が経った。


同種を見つけたのだ。どれだけ時が経ったかは分からない。何度も大地が暗くなったり明るくなった。奴の睡眠中に隙をつく。


受肉直後、奴は肉体に異分子が混じったことにより暴れる。しかし、肉体の制御権を奪われた奴は次第に大人しくなった。


今度は前回の失敗は繰り返さない。己の体躯でも入れる洞窟を探し、肉体を動かしまくることで、戦闘に対する知識や技術を高めた。


しかし、そんな肉体を持って大地を闊歩していたある時、空から見慣れぬ大きな物体が迫っている事に気がつく。


それは大地に近づくにつれ大きな熱を発し始めた。


そして、一瞬の出来事であった。その大きな物体は地表に到達するや否や、大爆発と共に今までで感じたことのない衝撃を発生させたのだ。大地が割れ、山は忽ち噴火し、熱にやられた同胞は倒れ伏した。受肉していた肉体もまたその影響を受ける事になる。その衝撃を受け、はるか上空に吹き飛ばされ、そのまま大地に叩きつけられた。肉体は潰れ、息も絶え絶えだ。


こうして、こいつらは絶滅した。


私は戦わずして2度目の敗北を喫した。


そして、大きな変化が起こったのだ。


魔力の存在だ。隕石とのちに呼ばれるその物体が降り注いだ日から、大地には魔力が溢れ出すようになった。生き延びた生命が魔力を取り込み、特異的な成長を遂げる事になった。邪達もまた、魔力に目をつけ始め、操ることで成長を始めた。


肉体を持たぬ雑魚から、意志を得た強者まで、みな等しく魔力の恩恵を受けたのだ。


魔力を操る事で、今まで不可能とされてきた動きを取るようになった。


私も、魔力を取り込み、肉体全体に行き渡らせる事により、より強力な攻撃が可能となった。火の恐怖を覚えた邪は、それらを想像し、具現化。水の恐怖を覚えた邪は、水を。風の恐怖を覚えた邪は、風を。これまで同じだった邪達も次第に分かれていった。


私は2度も敗北をした身。3度目の敗北は許されない。そう心に刻み込む。

魔力を感知するところから始まり、何度も受肉体を変えながら地道に覚えていった。


それから、何か気になる者たちがいた。


何かの木材に木の針を刺し、手でクルクルと動かしている。人型の姿をした者達は、その動作を繰り返した後、火を起こした。


火を起こした事により、歓喜をあげているようにも見える。その後ろでは火に対して崇めるような動作をとるものまで。


あれらに受肉すればより成長ができるのではないか。そう考えた私は一体だけ孤立していた人型の中に入り込む。


人型は苦しみの叫びをあげる。しかし、それも数秒のうちに鎮まる。


完全な乗っ取りに成功したのだ。


試しに肉体を動かしてみる。今までとは違い、四足歩行から二足歩行に変わった事により、少々肉体を動かしづらかった。それも練習していくうちに慣れてきた。走ること、歩くこと、火を扱うこと、手を動かすこと。それらが全て面白かった。


それから分かってきたことだが、我々邪は、肉体の改変が可能である事に気がつく。

これまでは、肉体の姿をそのままにしてきたが、これに気づいたことにより、肉体の姿はそこまで気にならなくなった。しかし、ベースに引っ張られるらしい。元々空を飛べぬ生命は飛べぬまま。泳げぬ生命は泳げぬままであった。


氷河期時代が到来する頃には、邪達はそれを乗り越える対策を用意していた。しかし、それでも滅する邪も居た。住処の奪い合いにより共倒れする邪、住処を見つけることが出来ず、凍結し滅する邪。生きる意味を失い焦燥にくれる邪などだ。


私は長い年月を生きた事もあり、生きる上での大切な事は学んできた。時に同胞を滅した。私が受肉した存在を疎ましく思ったであろう生命による攻撃を返り討ちにもした。


それからだろうか。私は『邪神』となった。


『邪神』となった事で、今まで過ごしてきた時よりも膨大な力を有するようになった。百のうち一放てば、大地が焦土と化す。他の『邪神』がどうなのかは分からないが、俺は威力重視なのだろうか。攻撃だけできても意味は無い。それを学んだのは最初の敗北。防御、援護、回復。それらを1人で問題なくこなせる程度にならねば。


日本が弥生時代となり、卑弥呼と呼ばれる人物が台頭し始めた頃、私はルインと名乗るようになった。


特に意味は無い。人間ですら名がある時代。我々にも名は必要だった。


今の肉体は、己の能力で作りだした肉体だ。これなら肉体の寿命を気にする事はない。今や言葉を介することができるようになった。様々な国を歩き、文明を見てきた。どの言語にも通じる言葉を作り出す。最初こそ苦戦したが、1年もする頃には完全に覚えていた。


ある男に、 『邪神』というくらいだから悪行の1つはやっているのか。昔そう聞かれたことがある。


「あるとも。ひとつの文明を滅ぼしたこともある。人道に反していようと気にする事はない。」


例えばだ。人間をバラバラにする。その一つ一つの肉片を改造し、数百の生命体を作り出した。それらを駆使することで、ひとつの文明が崩壊した。その文明には魔法を行使する者もいた。我々の同胞を祓う者だ。1人だけ私に迫る者もいたが、最後には私だけが立っていた。


彼は最後に私にこう言った。


「イカつい見た目ならばそれ用に己の呼び方も変えておけ…。弱く見える。」


なるほど、強さは見た目や力だけではなく、それ以外の全ての要素が含まれているのか。これまでは気にしたことも無かった。だが、これからは必要になるのかもしれない。この戦士は私に成長の機会を与えてくれたのだ。


『私』から『俺』に変えたのだ。


少なくともこれで弱さの原因のひとつは解消されたのではないだろうか。まだ弱さの原因はあるはずだ。この男にすら迫られぬ強さを身につけたい。


私と戦って散った彼に敬意を評し、他の者とは違い、墓を立てて弔った。他の人間は吸収したが、彼の肉体はそのまま土に還すのだ。


それから私は敬意を評した者を殺す際、肉体を吸収しないことにした。もちろん敬意を評するまでも無い強者は問答無用に吸収した。その結果、一族が滅びようとも関係ない。己の目的のためならば。人間だろうと邪だろうと祓ってやろう。


そして現在に至る。氷宮花蓮と呼ばれるおなご、その可能性を見出す。あのおなごはまだ強くなれる。そう感じ取ったルインは助け、同胞には悪いが、モイストと呼ばれる新参者には壁として立ちはだかってもらおう。そこであの女子が強くなるか見極めさせてもらうとしよう。


あぁ、一つ忘れていた。とても重要な事だ。


読者の諸君、『邪』の階級、ハンターの階級について説明していなかったな。


邪の階級は、簡単に言えば、下級、中級、上級、最上級、使徒、邪神だ。だから氷宮が遭遇したのは上から三番目だ。


そして、ハンターの階級だ。私も最近知った事だが、五級から三級、準二級、二級、準一級、一級、零級と存在する。


次はそれらの大まかの振り分けについて説明していこう。これは次回のお楽しみだ。






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