第6話 第一級調査団本部を歩く(2)
「質問いいか」
ハロンはまだ納得できないというように戸鞠鳥とまりに尋ねる。フラル・ハイロックが「おい、不敬だぞ、敬語を使え」と叱責したが、戸鞠鳥とまりが「全然いいから」と手で制した。
「もちろん、いいよ」
「そもそも信じがたい話ではあるがそのあたりは一旦おいておく。あんたが『世界の平定者』と呼ばれ、アシャラザードは『世界の礎』と呼ばれているとのことだが、違いはなんだ?」
戸鞠鳥とまりは「いい質問だね。久しぶりにその質問をしてもらえて嬉しいよ」と言って少し笑った。
「ボクと『世界の礎』たちでは存在する理由が異なる。ボクは創造神が生み出したこの世界そのものの概念や規定を平定するために存在している。『世界の礎』たちは平和を司る神・エイネーラに選ばれて物象的な世界の秩序を維持するために存在している。つまり、ボクのほうが世界の根本を維持して、『世界の礎』たちが具体的に起こっている事象を正すという感じかな。ちょっと説明が難しいけど」
「……なるほどな。神話のレベルになると俺には確かめるすべも何もないが」
ハロンは納得できたかできていないか曖昧な表情を浮かべながら、頭の中で繰り返し理解に努めた。伝承されている神話には神々の話ばかりがあって、『世界の平定者』に関する詳しい情報はどこにも残っていないだろう。そのため、ハロンが戸鞠鳥とまりの存在を理解するためには時間が必要だった。しかし、それとは対照的に、知識欲の塊であるユグリは目を光らせながら「こんな話はどの本にも載っていなかった!」と心底喜んでいた。
「ただ信じろ。お前にできることはそれだけだ」
そう言ってからフラル・ハイロックは戸鞠鳥とまりへと向き直り、「部下たちへのご説明、非常に助かりました」と言ってからお辞儀をして、また一つ咳払いをした。
「それでは遅くなりましたが、本題へと移らせていただきたいと思います」
戸鞠鳥とまりが小さく頷く。
「なぜフラルがハロンに案内させてボクをここへ呼んだか、だよね?」
フラル・ハイロックが静かに頷き返す。
「そうです。結論から申し上げると、戸鞠鳥とまり様に一つお願いがございます。師匠であるアシャラザードから『困った時は私を頼れ。それが難しい場合は戸鞠鳥とまり様を頼れ』と伝えられておりました。そしてちょうどよくこの黄路華に戸鞠鳥とまり様がいらっしゃることを知って、アシャラザードはこれを予期していたのだろうと思った次第なのです」
フラル・ハイロックはまっすぐな瞳で戸鞠鳥とまりを見つめた。その瞳の色には少しの不安と強い決意、そして重たい責任が混ざりあっていた。
「なるほどね。アシャラザードには困った時はボクを頼っていいよとは言ってたから、弟子である君がボクを頼るのは正しい。それでお願いというのはハインツェルの調査かな?」
フラル・ハイロックが頷く。
「まさにその通りです。ハロンからお伝え済みかと思いますが、我らが第一調査団がハインツェルの調査を行い、何者かの手引きによって聖域が破られたことを発見いたしました。ちなみにその事実に気がついたきっかけはこのユグリの探索魔法によるものです」
話の先を向けられたユグリは頷いた後、「私は戦闘魔法は苦手だけど、それ以外の魔法は得意だし好き」と答えた。戸鞠鳥とまりは「同じだね。私も調査や探索に使う魔法のほうが好きだよ」と言って共感を示す。
フラル・ハイロックは話を続ける。
「しかし、ハインツェルの聖域を破るほどの力を持った何者かが近くに潜んでいるという事実は、周囲の国々にとって不安の種となりました。また、レナス神聖国が断りもなしにハインツェルの焼き跡を浄化したことも、国家間の緊張状態をさらに強める要因となりました」
ハロンが「国一つが潰れたことで経済の流れもどんどん悪化しているしな」と付け加える。
「つまり、君たちも気軽にハインツェルの調査を続けられない、ということでちょうど調査に行こうとしているボクに続きをお願いしたいということだね。ボクは全然かまわないけど」
フラル・ハイロックは「感謝いたします!」と言って深くお辞儀をして、それから続けて言った。
「もちろん戸鞠鳥とまり様には十分な金額をお支払いするのと、ここにいるハロンとユグリを調査に同行させてご自由に使っていただいて構いません。未熟者たちではありますが、多少はお役に立つかと思います」
「それはありがたいね」
そのやり取りを聞いたハロンが諦めた表情をして、ずり落ちそうになったメガネを中指であげながら口を開く。
「ここに呼ばれた時点で察してはいましたが、人使いが荒過ぎる。まあ、行けと言われたら行くしかないのですが……。一応、なぜ俺とユグリが選ばれたのか聞いても?」
ハロンの質問に対して、フラル・ハイロックが腕を組んで答える。
「人選としては戦闘もできて情報をまとめる能力が高いお前と、探索魔法に長けているユグリが適切だった。あとは残念ながら黄路華の中もきな臭くなっていて、調査団員とはいえ必ずしも信頼できるとはいえなくなってしまってな。お前たち二人は私の直属の弟子だからその点に関しては信頼ができる」
ユグリは信頼されていることに満足して「任せて」と自分の胸を叩いた。
ハロンも仕方なく頷く。
「……了解しました。どちらにせよ命令には従うのみなので行ってきますよ。その代わり俺たちが調査している間に団長のほうで黄路華は何とかしておいてくださいよ。俺たちも信頼してますから」
「当然だ。こちらは心配するな」
フラル・ハイロックは力強く頷いた。
「いい関係だね。師弟関係はいつ見てもいいものだよ」
戸鞠鳥とまりは優しく微笑みながら何度も頷いた。
フラル・ハイロックは改めて姿勢を正して戸鞠鳥とまりへと向き直った。
「それでは戸鞠鳥とまり様、ハインツェルの調査をお願いいたします。調査は自由に進めていただいてかまいません。こちらで調査したい内容についてはハロンのほうから随時お伝えするようにいたします」
フラル・ハイロックのお願いに対して、戸鞠鳥とまりは了承した。
「分かった。一緒に協力してやっていこう」
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