第5話 第一級調査団本部を歩く(1)
戸鞠鳥とまりとハロンが乗った粗末な馬車は、無骨な石造りの建物の前で停車した。
「これが第一級調査団の本部?」
「そうだ。団長が待ってる。すぐ降りるぞ」
戸鞠鳥とまりはハロンに促されて馬車を降りると、すぐに客室へと案内された。第一級調査団本部の客室は与えられた役割のための必要最低限の調度品しか置かれておらず、椅子とテーブルと棚以外に飾りなどはほとんど存在しなかった。
そして客室には二人の女性が待っていた。一人はスラっと伸びた長身で立ち姿は明らかに騎士であり、腰にはまっすぐな長剣が差してあって、表情からは賢さがうかがえる。もう一人は小柄で髪が腰に届くほど長く、自分の身長を優に超える魔法使いの杖を両手で抱えていた。
「戸鞠鳥とまり様、お会いできて光栄です。私はフラル・ハイロックと申します。黄路華第一級調査団の団長を務めております」
そう言ってから騎士然とした姿のフラル・ハイロックは胸に手を当てて深くお辞儀をした。これは黄路華において最大の敬意を示す礼儀作法である。魔法使いの女性もそれを見てあわせて同じようにお辞儀をした。
ハロンはフラル・ハイロックのその姿を見て心の底から驚いたが、辛うじて表情には出さなかった。そして戸鞠鳥とまりが何者かはいまだに分からないが、フラル・ハイロックが最大の敬意を示さなければならないほどの人物であることをたしかに理解した。
戸鞠鳥とまりは「礼儀とか気にしなくて大丈夫だよ」と手を振って返答してから続けて言った。
「フラルはたしかアシャラザードの弟子だよね。昔、アシャラザードに会った時に新しく弟子を持った話は聞いたことがあって、その時にフラルの名前も言っていた気がするよ」
戸鞠鳥とまりがそう言うと、フラルは再び軽くお辞儀をした。
「名前を覚えておいていただけるとは誠に嬉しい限りです。おっしゃる通り、私は『世界の礎』の一人であるアシャラザードの弟子でございます。師匠から戸鞠鳥とまり様のお話はたくさん伝え聞いております。随分お世話になった頼もしい存在であるといつも話しておりました」
そう言ってフラル・ハイロックが戸鞠鳥とまりの存在を確かめるように強く見つめた。
「アシャラザードはいい子だからね。いつも会うたびにボクを褒めてくれるよ」
戸鞠鳥とまりの言葉に対してフラル・ハイロックも「はい。私も師匠にはいつも優しくご教授いただいております」と答えて頷いた。戸鞠鳥とまりとフラル・ハイロックの間にはアシャラザードを介した共通認識が生まれていた。
その時、困惑した様子のハロンが慌てて会話に割って入った。
「ちょっと待ってください。俺にはまだ何も分かっていないのですが、この人は何者なんですか。団長が『世界の礎』のアシャラザードの弟子というのも初耳です。というかアシャラザードは数百年前に活躍した歴史上の人物の認識だったんですが、もしかしてまだ生きているんですか」
ハロンは動揺を隠し切れず、早口で質問を並べた。自分の上長であるフラル・ハイロックへ向けての質問だったが、通常時の敬語すら崩れて語調が怪しくなっていた。
フラル・ハイロックは鋭い目をハロンへ向けた。それは戸鞠鳥とまりを見つめる瞳とは明らかに異なり、部下を咎める厳しい視線であった。
「落ち着けハロン。順に説明する。戸鞠鳥とまり様、申し訳ございません。少々お時間をいただきます」
戸鞠鳥とまりは「問題ないよ」と答えると、フラル・ハイロックはおじぎをしてから部下たちへと向き直る。それから「ユグリ、お前も聞け」と魔法使いの女性に声をかけた。
ユグリと呼ばれた魔法使いは「了解」と小さく答えた。その瞳は深く青い。戸鞠鳥とまりは「魔法使いに適した綺麗な目だ」と感心した。
「まず必要がなかったから伝えていなかったが、『世界の礎』の一人であるアシャラザードは私が魔法を教わった師匠であり、今なお世界の秩序を維持するために世界各地を回っておられる。そしてこちらの戸鞠鳥とまり様は『世界の平定者』と呼ばれ、世界が生まれた時から神々と並んで世界の秩序を守ってくださっている神に近い存在だ」
ハロンは驚きを隠しようがない表情で珍しく戸惑っている。
「急に話が大きくなって理解が難しいというか、おとぎ話を聞いている気分だ……」
ハロンは率直な感想を述べた。
「私は理解した。情報としては十分」
ユグリは納得した表情で大きく頷いた。
「本当かよ……、お前はいつも話を聞いてるんだかどうかよく分からないことしか言わないからな」
ハロンが呆れたような顔をしてユグリを見るが、ユグリは自信満々に「大丈夫」と答えた。
戸鞠鳥とまりはフラル・ハイロックの話を聞いた後、「補足だけど」と言って説明を付け加えた。
「ボクは存在の意義から考えても厳密には神ではないんだけど、君たちから見れば同じような存在だから神と捉えてもらっても特に問題はないよ。ボクが平定する対象は神を含む世界すべてだから、神とは全く別の存在ではあるんだけどね、ややこしいからさ」
戸鞠鳥とまりの説明を聞いてフラル・ハイロックは「補足ありがとうございます」と言ってお辞儀をし、ハロンは「適当だな……」と再び呆れて、ユグリは「理解した」と深く頷いた。
ハロンは説明を聞いても何がなんだかよく分からないが、これから大変になりそうだということだけは確信していた。
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