第2話 レインバース市街地区を歩く(1)
カラン、コロン、カランと扉の上のベルが鳴る。
戸鞠鳥とまりは認可外魔法古書店「
廃法堂は、
レインバース市街地区の貧民街は山を削り取りながら広がっており、小さな建物が山の傾斜に沿って積み重なるようにぎっしりと敷き詰められている。
廃法堂もそんな縦横無尽に入り組んだ貧民街の一角にポツンと埋め込まれていて、そこに店が存在していることや現在も営業が続いていることなどは常連客以外に知りようがなかった。
「聞いたか? あのハインツェルが焼かれたらしいぞ」
戸鞠鳥とまりの入店からしばらくして、廃法堂の店主であるザラド
廃法堂は外から見ると小さな平屋のような店構えだったが、店内は外見の数倍ほど縦横ともに広くなっており、魔法域として構築されていることは明白だった。
いくつも並べられた大きな本棚には無造作に魔法古書が並べられていて、そのどれもが古ぼけて埃をかぶっている。丁寧な管理は行われていないようだが、店主も客も古書さえも特には気にしてはいない。
戸鞠鳥とまりは古書を探す手を一旦止めて「うーん」と呟いてから何気なしに答えた。
「聞いたというか見てきたよ。ちょうどハインツェルに用事があってね」
開いた窓から春の暖かい風が流れ込んでくる。陽気な季節が実に12年ぶりに訪れて、街や人々は少し浮ついた様相を見せていた。
ザラド爺は眉を少し吊り上げる。
「お前がハインツェルに? 聖職者共が黙っていないだろうにけったいなことだな」
それを聞いて、今度は戸鞠鳥とまりが目を細めた。
「ボクはそこまで嫌われていないよ。そもそもあの街でボクを知っているのなんて大賢人くらいしかいないからね」
店の外からは貧民街の住人たちが露店で商いを始める音がかすかに聞こえてくる。まだ太陽は昇ったばかりだ。
戸鞠鳥とまりは無表情のまま「何を言っているんだか」とザラド爺に対して呆れた様子を見せ、再び古書を物色し始めた。
ザラド爺は「すまんすまん、冗談だ」と苦笑した後、すぐに真剣な顔に変わって「それでどうだった?」と尋ねた。
戸鞠鳥とまりは興味があるのかないのか曖昧な雰囲気のまま仕方なしという面持ちで古書に目を落としながら答える。
「見事に焼かれていたよ。地獄の十王サンカイムの
ハインツェルが焼けた日を思い出し、あの時の肌を焦がす強力な熱が、まだチリチリと音を立てていることに戸鞠鳥とまりは気がついた。
地獄の炎は決して消えることがない。
戸鞠鳥とまりの返答を聞いて、ザラド爺はくぐもった表情を向けた。
「地獄の業火……それは見ただけの者さえ狂わせ枯渇させ焼き殺すというが、お前は大丈夫なのか」
朝の冷えた空気が昼に向かって少しずつ暖まっていくが、その空気がほんの少しだけ魔素を含み過ぎていることに戸鞠鳥とまりは気がついていた。
「もちろん。たとえサンカイムに焼かれたとしてもボクが死ぬことはないよ。世界が始まる前からそういうことになっているからね」
戸鞠鳥とまりはさも当然かのようにそう言った。
「……頼もしいな」
ザラド爺のくぐもった顔が少しだけ緩んで、それから戸鞠鳥とまりをまっすぐに見つめた。
「だがな、ハインツェルの件はどうやら不可解らしい」
戸鞠鳥とまりは初めてザラド爺に目を向けた。ザラド爺の瞳には正の輪郭が出ており、嘘をついている様子はなかった。
戸鞠鳥とまりは「どういうこと?」と話の続きを促す。
「聞いた話だが、黄路華の第一級調査団がハインツェルに行って焼け跡を調べたらしい。そして特級魔法が使用された痕跡はたしかに見つけた。しかし、その魔法は良くても特中級、あるいは特下級の可能性すらあるとのことだ」
空気がシンと張り詰める。
戸鞠鳥とまりはすぐに質問を重ねた。
「信頼性は?」
「高い。何しろ実際にハインツェルに行った調査員から直に聞いたからな。奴は少なくとも特上級魔法ではないとたしかに断定していた」
魔法はその難易度や影響度合い、稀少性、汎用性、秘匿性など様々な要因によって階級が分かれている。
人間が使用する主な魔法は3つの階級に分かれており、生活の中で使われるような比較的簡単な魔法は第三級、鍛錬を積んだ者が使えるようになる魔法は第二級、極めし者のみが辿り着ける高度な魔法が第一級である。
しかしそれ以外に、全体に比べればわずかではあるが、特異的な存在や特殊な能力を持った者のみが使用できる特級魔法や神のみが使う神級魔法などが存在することも知られている。
「さらには、その魔法の痕跡を隠す巧妙な細工も施されていて、調査団がその事実に気づけたのは偶然の
戸鞠鳥とまりは珍しく考え込む様子を見せた。
ザラド爺は続けて言った。
「つまりハインツェルを焼いた地獄の業火はサンカイムのものではない。誰か別の者の手引きによって国が滅んだのだ」
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