第7話

 食事は和やかに終了し、怜也は亜都をアパートの前まで送ってくれた。

「今日はインフルになった取引先に感謝だな」

 車を降りる間際に怜也が言い、亜都は彼を見た。

 にっこりと笑顔を向けられ、亜都の胸がまたどきんと脈打った。


「今度はプライベートで誘いたいな」

「え!?」

 亜都の心臓がさらに大きく跳ねた。


「君といると笑えるから」

 結局はお笑い要員か、と亜都は肩を落とす。

 挨拶をして車を降り、見送ってから大きくため息をついた。


「既婚者が、嘘でもプライベートで会いたいなんてダメでしょ」

 こぼした直後、胸がずきんと痛んだ。


 まさか、と亜都は胸を押さえる。

 まさか、もう好きになった?

 それより早く彼を落とさないといけないのに、なにも進んでない。


 期限は言われていないが、奥様は余命を宣告されているのだ、悠長にしていられないだろう。

 亜都は鼓動を速める胸を切なく押さえた。




 会食後、怜也はすっかり亜都に気を許したようだった。

 亜都は怜也にジョークで笑わせられ、コーヒーを零して恭平に怒られた。

 悔しくて亜都もジョークを言って笑わせたら、笑わせ合戦になってふたりとも恭平に説教された。そっと怜也を窺うと彼も自分を見ていて一緒にふふっと笑ってしまい、さらに怒られた。


 気が付けば怜也のことばかり考えるようになっていた。

 彼は結婚しているのに。

 お金のために誘惑しなくてはならないのに。


 思い出す度、心は暗く冷たい谷底に突き落とされた。

 彼も自分の恋心も裏切るように思える。


 仕事を終えた亜都は暗い夜道をとぼとぼと帰る。

 月は雲に隠れていて、外灯の切れたアパートの階段はただただ暗くて危なかった。




 清良から連絡が来たのは怜也との会食から一週間後だった。

『そろそろ仕上げに入っていただきます』

 どういう意味なのか。いや、意味するところはひとつだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る