第6話

 亜都は邪魔しないようにテーブルにそっとコーヒーを置く。

 なのに、怜也は亜都を見た瞬間にぷぷっと吹き出した。


「店はキャンセルせずに琴峰さんと行かれてはいかがですか」

 恭平の提案に亜都は硬直し、怜也は微笑んだ。


「いい案だな」

「ですが」

 それなら奥様といかれては。

 言いかけて、亜都は口をつぐんだ。

 理由は不明だが、清良によると結婚は極秘事項で、彼は対外的には独身だという。


「ぜひ親睦を深めて見慣れてきてください。琴峰さんが現れるたびに笑って手が止まるのは困ります」

 恭平が言い、亜都は覚悟を決めた。今はこのチャンスに乗るべきだろう。


「お言葉に甘えます」

「今日は早めに仕事を切り上げよう」

 怜也の優し気な笑顔に、亜都の胸がどきんと鳴った。




 終業後、亜都はショップで着替えさせられ、レストランに連れていかれた。

 美しい夜景が見える、アールデコをイメージした個室だった。


 アールデコはアールヌーヴォーのあと、二十世紀初頭にヨーロッパで流行した装飾様式で、直線や幾何学模様を使用していることが多い。

 直線的でありながら流麗で、華やかなアールヌーヴォーとは違う優美さを亜都は感じた。


 席に着いたふたりは一日の労をねぎらいあい、給仕されたシャンパンをいただいた。

「君が来てから毎日が楽しいよ。コピーさせたらコピー機を故障させ、メールをさせたらパソコンが停止する」

 くく、と彼は笑いを漏らす。


「事務にいたときにはコピー機をよく直して、コピー機の女神と呼ばれてたんですけど」

 不満そうに亜都が答えると、

「くっ。コピー機の女神!」

 彼はげらげらと笑う。


「やっぱり君は面白い。秘書課に来てくれてよかった」

「お笑い要員ですか」

 渋面を作ると、彼はまだ笑いながらグラスを掲げる。


「仕事に癒しは必要だ。俺は君に癒されているよ」

 亜都はどきっとした。内容はともあれ、自分が癒しとなっているなんて、なんだか嬉しくなってしまう。

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