第21話 忌々しい……シャルハート……!
――――――
「おい! セルティーアはまだ見つからないのか!」
「はっ、ただいま城内をくまなく探して……」
「そんなの当たり前だ! 早く見つけろと私は言っているんだ!」
「は、はっ。あのしかし、先ほども申しましたとおり、彼女は城内にはいないのではないかと……」
「いいから探せ!!」
「ひっ、わ、わかりました」
城内は、忙しない。中でも、怒号が響くのは城内の一室からだ。
怒鳴られた使用人は、焦ったように部屋を出ていく。部屋の中に残されたのは、部屋の主である男一人。
彼は……アベノルド・リーム・ナンスコッタは、苛立ちげに歯を食いしばった。その理由は、先ほど受けた報告にあった。
『ご報告します! セルティーア・クドイ様が見当たりません!』
ノックも忘れて失礼にも入室してきた使用人。彼に怒りをぶつけるよりも先に浴びせられた言葉に、アベノルドの頭は真っ白になった。
昨日の、セルティーア・クドイとシャルハート・アルファーによる茶会。その内容は知る由もないが、茶会の情報を聞きつけアベノルドはすぐに向かった。
そして、今度こそセルティーアを妻にすること、シャルハートと婚約破棄することを告げたのだ。
その後、セルティーアを城に招待した。まだ公にはしていないが、いずれ未来の妻となる女性だ。使用人たちには最上級のもてなしを命じ、部屋だって最高の場所を与えた。
だというのに……
「なぜ……どこへ行ったセルティーア!」
ダンッ、と拳をテーブルに叩きつける。
今朝、彼女を起こしに行った使用人が何度呼んでも部屋の中からの応対がなく……中を調べたところ、居るべきはずの彼女がいなかったのだ。
部屋の前には警備の者が二人立ち、扉は一つ。そこは誰も通っていない。
しかし、部屋の窓が空いていた。つまり、彼女は窓を使い部屋から消えたということ。
「……っ」
問題は、誰かに連れ去られたか。それとも自分の意志で消えたか。
前者であれば、それは大問題だ。なんせ、それはつまり城に侵入者が出たということになる。
侵入者が出るだけでも問題なのに、その侵入者に貴族の令嬢を攫われるなど外部に漏らせるはずもない。
まして、セルティーアはアベノルドの独断で城に連れてきた。そのタイミングで彼女が攫われたとあれば、責任は彼女を城に連れてきたアベノルドに向くだろう。
後者だとしても、それはそれで問題だ。そもそも、なぜ逃げるのかという話だ。
確認したが、クドイ邸には戻っていない。もちろん、彼女が居なくなったことを悟られるわけにはいかないので内密に調べさせた。
もし帰りたいのであれば、一言言えば済む話だ。
「逃げる? あのセルティーアが? ありえない!」
アベノルドは親指の爪を噛み、必死に考える。
おとなしい彼女のことだ。城から逃げ出す……しかも窓からなんて考えられない。高さだって、人間が飛び降りて無傷で済む高さではない。
だが侵入者の可能性も、それは警備の不備を意味する。認めてしまえば、今現在この国の実権を握っているアベノルドの信用問題に関わる。
それに、だ。いくらおとなしいセルティーアと言えど、侵入者に攫われれば声を上げるだろう。寝ていたとしても、起きないとは思えない。
考えれば考えるほどわからない。今はただ、彼女が見つかることを願うばかり……
「し、失礼します」
扉がノックされ、使用人が入室してくる。先ほどと同じ使用人だ。
「! 見つかったか?」
「あ、いえ……目下捜索中で……」
「っ、同じ報告ばかりを持ってくるな!」
苛立ちがピークに達し、アベノルドは近くにあった資料を使用人に投げつける。
ふー、ふー……と荒くなった息を、なんとか整える。落ち着けと、自分に言い聞かせる。
城内は広い。もちろんそれに応じた人数の使用人を雇ってはいるが、兵士含めても人一人探すとなれば事だ。
……いや、そもそも城内を探すことが間違いなのかもしれない。
誰かに攫われたにしろ、自分で逃げ出したにしろ。窓から外に逃げておいて、わざわざ城内に戻り留まるとも思えない。
「ちっ。おい、いつまで城内ばかり探している! さっさと城外も探せ!」
「え……」
「早くしろ!」
「は、はいっ」
飛ぶように、使用人は部屋を出ていく。
まったくこんな簡単なことに気づかないとは、使えない使用人たちだ……と、アベノルドは舌打ちをした。
「……何度も私がそう進言しのに……」
……部屋の外に出た使用人の愚痴がアベノルドに聞こえることは、なかった。
それは距離の問題や声の大きさだけでなく、アベノルドの頭に血がのぼっているからだ。
「ちっ……セルティーア……」
……未来の妻、セルティーア・クドイ。彼女こそ、将来この国を背負って立つ自分にこそふさわしい。
初めこそ、自分の取り巻きの一人だった。だが彼女を見てすぐに、わかった。彼女こそ、自分と愛し合うために生まれてきた女性だ。
おとなしそうであどけない顔立ちは、隣に置いておけばさぞ相手に好印象を与えることだろう。スタイルも言うことなし、毎晩愛してやるつもりだ。
性格も、こちらの言うことに素直に従うだろう。貴族令嬢ゆえに気品も問題なし……まさに『国王の隣』に置く女としてこれ以上のものはない。
「おっと、国王などと……まだ気が早いぞアベノルド」
アベノルドは、笑いを噛み殺す。将来設計にも順序があるのだ。
手始めに、邪魔なシャルハートとの婚約を破棄した。あの女は、婚約者としては相応しくない。
せめて、婚約を破棄された苦痛に歪んだ顔を見たかったというのに……
「あの女め、悔しがるどころか望むところだと……!?」
王子との婚約破棄など、一生物の恥だ。それをあの女は、まったく堪えていない。
令嬢らしからぬあの女は、昔からなにを考えているのかわからない……
「……まさか……」
もう関係ないはずの女性の顔を思い浮かべ、アベノルドははっと顔を上げる。
茶会でセルティーアに、あの女がなにか吹き込んだのではないか……そんな疑惑が湧いてきたのだ。
シャルハート、シャルハート……まさか、婚約破棄をしてなお邪魔をするのか!?
いや、正式にはまだ婚約破棄は成されていない。そのために、セルティーアも必要だというのに……
いったい、どこへ消えたのか。
「忌々しい……シャルハート……!」
あの女がなにかを企んでいるに、違いない。歪んだ王子の感情は、誰も止める者などいないまま膨れ上がっていく。
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