第22話 それ、大丈夫なの?



 ――――――



「ふぅー、終わった終わったー!」


 冒険者として登録した私、リーシャー、セルティーア嬢。Dランクから始めることになった私たちは、早速依頼を受けた。


 冒険者らしくモンスター退治……なんてことをやってみたかったけど、Dランクではそんな依頼はできるはずもなく。

 仕方ないから、他の依頼を受けてきたところだ。


 とはいえ、期限は三日あったけどスムーズに。今日中に終わってしまったな。


「リーシャーやセルさんのおかげで早く終わったねー」


「シャル様こそ、迅速に対応していましたよ」


「ちょっ、周りに人がいなくてもモミジの方で呼ばないとだめだよ! 冒険者なんだから」


「はいはい」


 私とセルティーア嬢は貴族令嬢だし、名前は知られている。だからこそ冒険者モミジ、セルとして登録したんだ。

 こうして変装だってしているし、これなら完璧にバレやしないさ。ふふふ。


 依頼も完了したし、あとは成果を冒険者ギルドに持ち帰って報酬を貰うだけだ。


「そういえばセルさん、ちょっと気になっていたんですけど」


「はい、なんでしょう?」


 本当は、すぐに聞くべきだったんだろうけど。

 セルティーア嬢からいきなり「お前も冒険者にならないか」みたいなことを言われてすっかり聞くのを忘れていた。


「あのあと、お城に連れて行かれてましたけど……大丈夫でした?」


 そう、セルティーア嬢は昨日のお茶会のあと、いきなり現れた王子にお城に連れて行かれていた。

 婚約者である私には早々に婚約破棄を言い渡し、未来の妻だと言うセルティーア嬢には丁寧な待遇。いや、うらやましくはないけどね?


 あの横暴な王子に、あんな風にお城に連れて行かれて。無事だったのだろうか。さすがになにかがあったとは思えないけど。


「えぇ、夕食もご馳走になり、立派な部屋まで用意してくれました」


 こくり、とうなずくセルティーア嬢。


 お城の料理かぁ。私も何度か招待されて食べたことはあるけど、さすがお城だけあっておいしいんだよなぁ。

 てか、部屋って……まさか、あの王子と一夜を過ごしたとかじゃないよね……!?


「まあ、隙を見て逃げ出してきたんですけどね」


「へぇー……っ!?」


 まるで当たり前のように言うもんだから、そのままさらっと流しちゃいそうになってしまったけど……その言葉の中身に、私もリーシャーも揃って足を止める。


 私たちが足を止めたのに気づいたのか、遅れてセルティーア嬢も足を止める。

 そして振り返り、きょとんとした様子で首を傾げた。


「どうかなさいました?」


「いや、どうかっていうか……」


 その表情があまりにも当たり前のように平然としているから、驚いたこっちがおかしくなってしまったんじゃないか、という気持ちになってしまうけど……

 いや、おかしくはないよな。


 私は一旦ツバを飲み込み、続きを口にする。


「その……逃げ出したって?」


「はい」


「……お城、から?」


「はい」


 すげー、こんなあっさり答えるもんなんだ。


 王子に連れられて行ったお城から、逃げてきた。それはなんと……アグレッシブすぎるだろう。

 ちょっと待って。混乱してきた。


「ええと……それ、大丈夫なの? ていうか、どういう流れなの?」


「まあ大丈夫、ではないでしょうが。

 ……昨日お二人と別れた後、私は王子にお城に連れていかれました。その後、気分が優れないと言って部屋にこもり、まずそこで脱走しました」


「!?」


「そしてモミジさんに会いに行き、冒険者にならないかとお誘いをかけて……一度は、お城に戻りました。

 その後皆が寝静まったのを確認し、私も軽く仮眠を取り……夜明け前に、準備を整えて二度目の脱走を成功させ、今こうしてここにいるというわけです」


 ……なんかさらっとすごいことを言っている。え、この人二回もお城から逃げ出してきたの?

 そんで今、ここにいるの? やばくない?


「……よく二度も脱走出来ましたね」


「えぇ、私もあんなにうまくいくとは思いませんでした。しかも一度目はバレてもいません。ちょろいですよね」


 ふふふ、と小さく笑うセルティーア嬢が私は怖い。


 昨夜一度脱走し、私の屋敷にやってきて。二度目はそのまま私たちと冒険者登録に来たわけだ。

 夜明け前に出たってことは、今は確実にセルティーア嬢がいないことがバレているだろう。


「城内はきっと大騒ぎですよ」


「でしょうね」


「ど、どうするの? もし、捜索隊とか出されたら……」


「あの王子のことだから、しばらくは平気だと思いますよ。自分の体裁を気にしてばかりの人ですから」


 むむ……確かに、それはそうかもしれないけど。


 お城に招待した貴族令嬢が、行方不明になった。本来なら一刻も早く探すところだけど、あの王子にそんな真似ができるだろうか。

 お城の中でセルティーア嬢が消えたとなれば、それは当然責任問題になる。そしてそれは、セルティーア嬢を招待した王子に課せられる。多分。


 実際はどうかはわからないけど、少なくともあの王子がそう考える可能性は高い。


「それでも、家の人は心配するのではないですか」


「その点もちゃんと対処していますので、ご安心ください」


 この子……おとなしそうな顔しておいて、やっぱり所々大胆だ。

 婚約破棄してもらうためにいろいろやっていた私が言うのもなんだけどさ。


 昨日ウチに来た時、壁を伝って窓まで上ってきたあの身のこなし。ただのお嬢様化と思っていたけど、とんでもない。

 私も幼少の頃から身体を鍛えていたけど、もしかしたら彼女も?


「いやあ、セルさんには驚かされてばかりだよ」


「ふふ、モミジさんほどではありませんわ」


「……とんでもない令嬢方だ」


 あはははは、と笑い合う私とセルティーア嬢。初めて会ったときとはまるで印象が違うけど、こっちのほうが好印象だ。


 そんな私たちを見たリーシャーが、なんともいえない表情でため息を漏らしていた。

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