第6話 楽しいお茶会にしましょう
セルティーア・クドイ……学園で何度か目にしたことがある。王子の取り巻きの一人だ。
目立たない感じだったけど、私にはわかった。磨けば光るものを持っていると。そしておっぱいも持っていると。
学園で話したことは……多分なかったはず。一応王子の婚約者だった私が、取り巻きの人たちと関わることなんてほとんどなかったから。
「んで、私が婚約破棄されることになった原因……と」
馬車の中で、昨夜受け取った手紙を読みながら私は小さく呟いた。
手紙には、クノイの言ったとおりにお茶会の誘いが書いてあった。その日の誘いを、前日の夜に届けてくるとはずいぶん急だ。
それとも……婚約破棄がうやむやになったから、急いでお茶会を開くことを決めたのか。
「ってことは、王子を巡って私とガチンコしようってことか?」
もちろん、お嬢様なんだし乱暴なことはしないだろうけど……
ま、もし婚約の件なら私だって願ったりだ。
こうなったら直接「王子はあなたに譲りますわ」とか言って婚約破棄に持っていってしまおう。
そしたら、晴れて私は冒険者への道を歩むのだ!
「到着しましたよ、シャル様」
「よっしゃ、行こうぜ」
「言葉遣いをちゃんとしてください」
私、そして着いてきてくれたリーシャーは馬車から降りる。
私は別に一人でもよかったんだけど、貴族令嬢たるものお付きも連れずに相手方に行くのはかえって失礼なんだとか。
貴族社会はよくわからん。
いや、それよりも……
『シャル様はセルティーア・クドイ嬢と個人的な付き合いはありませんでした。
なのに、アベノルド王子と懇意にしていると思われる彼女から、アベノルド王子の婚約者であるシャル様に……それも、婚約破棄の騒動の直後にお茶会へのお誘いなど。警戒しておいた方がいいかと』
なーんて、私のことを心配して着いてきてくれたのが嬉しいんだ。
そう、これはお茶会という名の戦争なのだ。多分。
「それにしても、貴族の家ってのはいちいちでっかいねぇ。私ん家もだけどさ」
大きな門を通り、使用人に案内され敷地内を進む。
おっきな中庭だ。噴水もあるし。なにより、建物も大きい。こういうのなんだっけ、大理石っていうんだっけ。
王子の取り巻きって言っても、やっぱりお嬢様であることには変わりないのか。
「あちらで、セルティーア様がお待ちです」
結構イケメンな執事さんに案内された先に、セルティーア・クドイはいた。
中庭の中央部分だろうか。近くに池がある。白いテーブルに椅子が二つ、そして大きめのパラソルは日よけのためか。
二つのうち一つに、彼女は座っていた。
「まあ、アルファー様。来てくださったのですね。この度は御足労いただき、ありがとうございます」
彼女は私を見るなり立ち上がり、両手を胸の前で合わせて顔をほころばせる。
くっそう、かわいいなぁ。銀色のショートヘアーと白いドレスがよく似合っている。
……谷間を強調しているのは嫌がらせかな?
「いえ、お招きいただき光栄ですわ、クドイ様」
私はスカートの端を持ち上げ、軽く頭を下げる。貴族の礼だ。
これでも、一応は貴族令嬢としてちゃんとしないとって自覚はあるんだよ。
「なんて素敵なドレス! 今日は楽しいお茶会にしましょう。それから、私のことはぜひセルティーアと」
このブロンドの髪に合わせた、クリーム色のドレスだ。褒められて悪い気はしないよな。
「では、そのように。でしたら、私のこともシャルハートと」
「そんな、恐れ多いです」
「構いませんよ。その方が私も気楽ですから」
にこり、と私は令嬢スマイルを浮かべる。
これも、貴族の作法を学ぶ上で会得したものだ。作り笑いすら作法の一つなんだもん、貴族ったら大変だ。
……私でこれなのだ。人畜無害に見えるこの子も、本音はなにを考えているのやら。
「でしたら、シャルハート様と。
さ、お座りください」
セルティーア嬢に促され、私は視線を移す。
テーブルの上には、いかにもお高そうなお菓子がいくつも。それに、紅茶も二人分。
淹れ立てなのか、湯気が立っている。私が来たタイミングでこの準備……さぞ優秀な使用人が揃っているんだな。
リーシャーが椅子を引いてくれて、私は腰を下ろした。向かいではセルティーア嬢のメイドさんが、同じようにセルティーア嬢を座らせていた。
「……」
それにしても……椅子が二人分に、紅茶も二人分か。
どうやら、リーシャーたち使用人の分は用意されてないってことか。とはいえ、これは決してセルティーア嬢の意地悪というわけではない。
貴族のお茶会は、決められたメンバーのみで行われる。そこには、例え当事者の使用人であっても参加は許されない。ルールとしても、立場的にも。
もちろん、傍に控えていることに問題はない……が……
「ありがとうヘリア。それじゃあ、シャルハート様と二人でお話をしたいから……」
「はい、かしこまりました」
ショートボブのそのメイドさんは、軽く礼をする。そして、チラッとリーシャーを見た。
……セルティーア嬢め。直接言わなかったが、言外にお前たちは邪魔だ、と言っているのだ。でなければ、『二人で』なんて言葉は使わない。
それには、リーシャーも気付いているのだろう。チラッと私を見た。
(ん、大丈夫だよ)
私は、軽く頷いて応えて見せる。それを見て、リーシャーは少し頬を緩めた。
そしてリーシャーとショートボブの子は、この場を去っていく。
目に見える位置に待機はしているが、ここでの会話はよほど大きな声を出さないと聞こえないだろう。
リーシャーは私を心配して来てくれたっていうのに、結局こうなっちゃったか。
「申し訳ありません。シャルハート様の使用人にも退席していただく形になり」
「いえ、お気になさらず」
なぁにが申し訳ないだ。そんなこと思ってるかもわからない。
なんにせよ……これで、二人きりのお茶会となったわけだ。
こんなかわいい子と一対一なんて、本来なら嬉しいんだけどね。さすがに手放しに喜べるほど、私も鈍感じゃないよ。
その笑顔の裏に、なにを隠しているのやら。
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