第5話 私は冒険者になる!!



 今後のこと、とリーシャーに怒られてしまった。そんなに怒らなくてもいいじゃんかよぅ。


 だけど甘いよリーシャー。

 私が婚約破棄されたその後のことを、なにも考えていないと思ったのかい?


「ふっふっふ……」


「な、なにをいきなり笑っているんですか」


 突然笑い出した私に、リーシャーは若干引き気味だ。だけど私は気にしない。


「いや、ごめんごめん。ただリーシャー、私にだって考えていることの一つや二つあるってことさ」


「ほぉ?」


 興味深そうにリーシャーが呟いた。まさか私が本当に無計画だと思っていたのだろうか。


 自由を手に入れるために、私は婚約破棄されたかったのだ。ならば、しがらみから解放されたあと……私は、さらなる自由を求める!

 新しい命をもらった異世界で、自由を求めて走り出す! そう、私が考えている自由とは……


「ズバリ、私は冒険者になる!!」


「…………え?」


 立ち上がり、どん、と胸を張った私を見てリーシャーはぽかんと口を開けていた。

 ふふっ、そんな顔を見ることができるとは。なんだかしてやったりって感じだね。


 ただ、私は別にリーシャーを驚かせるためにこれを考えていたわけではない。本気だ。


「あの……すみません、私疲れているみたいで。なんと言ったのか、もう一度聞かせてもらえますか」


「ん? しょうがないにゃあ。

 ズバリ、私は冒険者になる!!」


「……」


 なぜか頭を押さえているリーシャー。もしかして、なにも考えていないと思っていた私がちゃんと今後のことを考えていたことに感銘を受けたのだろうか?


 冒険者。それは異世界ものを嗜む際、ほぼ確実に出てくるワードだ。

 冒険者になった男の子の主人公が、冒険者ギルドというところでお仕事をもらい、それをこなしていくうちにいつの間にか女の子がパーティーに次々と加わっていき、最終的にハーレムが出来上がる。


 それが、冒険者だ! 前世読んだラノベに書いてあった!


「あ、別に私モテたいから冒険者になりたいわけじゃないよ?」


 変な誤解をされると困るから、それは言っておく。

 もちろん、世間的には思春期真っ盛りと言われる年齢で前世の人生を終えた私は、恋だって全力でしてみたい気持ちはある。


 だがしかぁし! 私が冒険者を求めたのは、そんな理由からではない!


「……じゃあ、なぜ、冒険者になりたいのですか?」


 よろけそうなのか、近くの壁に手をついて立っているリーシャー。頭も押さえて、具合が悪いのだろうか?


「それはね……冒険者は、自由だからだよ!」


「……」


 どーん、とまた私は胸を張る。別に、小さな胸を大きく見せようとしているわけではない。


 物語の中で、冒険者というものは実に楽しそうで……そして自由だった。

 身分というしがらみもなく、そしてお仕事は結果的に人助けに繋がっている。


 異世界での自由。そして人助けという楽しさを覚えた私。

 この二つにマッチするのが冒険者だ。我ながら、なんて素晴らしい考えだと思ったね。


「私はね、自由がほしいの。これまでは、学園に入れたのは嬉しかったけど、王子の婚約者としてふさわしい礼儀作法を叩き込まれて……お嬢様としての付き合いやらなんやらで、私個人の自由なんてほとんどなかったよ」


「お嬢様としての付き合い、ほとんどすっぽかしてませんでしたっけ?」


「ふふっ……ま、身体が自分の思い通りに動くって気持ちだけで、なんだって楽しかったけどね。でも、私は他人に強制される自由じゃなくて、自分で選び取った自由を謳歌したいの」


「身体が……?」


 正直、ベッドの上の生活に比べれば、厳しい礼儀作法のお勉強すらも楽しかったよ。それに、自分の知らないことを知れるっていうのも、心が躍った。

 お嬢様として……はともかくとしても、そういうことを知っていれば今後なにかの役に立つかもしれないしね。


 それはそれとして、私は……自分の手で、自分のやりたいことをやりたいんだ。

 そう考えた時、思いついたのが……冒険者だった。よかったよ、この世界に冒険者という職業(?)があって。


「お嬢様。お嬢様は、冒険者というものをわかっていません。本で読んだ程度の知識で、わかった気になってはいけません」


 リーシャーは、私の前世のことは知らない。だから、今の言葉はあくまでもこの世界の私に向けて言ったものだ。

 確かにこの世界でも、私は冒険者のことを本で読んで学んだ。


 でも、前世でもラノベの知識としてしか冒険者のことを知らない私にとっては、それは二重の意味で刺さる言葉だった。

 それに、リーシャーが私を心配して言ってくれているのは、わかっている。


「確かに、そうかもしれない。いや、そうだね。でも私は……なりたいの、冒険者に。ずっと憧れてたの!」


「いや……正気ですか? 冒険者など、平民が日銭稼ぎでやるようなもの……貴族が、それも王子の婚約者が冒険者をやるだなんて、聞いたことがありません!」


 初めこそ驚きに押されていたらしいリーシャーだけど、次第にその表情は硬いものになっていった。

 私があまりに本気に見えたから、リーシャーも本気で返してくれているのだ。


「もう婚約は破棄されたって」


「保留、でしょう?」


「まー、どうせまた難癖つけて婚約破棄言い渡してくると思うよ」


 あの王子のことだ。どうせまた、なにかしらの理由で婚約破棄してくるに違いない。

 私だってそれは望むところだけど……


「しかしですね……」


「お嬢様、よろしいでしょうか?」


 私たちの話は平行線。どうしたらリーシャーに納得してもらえるか悩んでいたところへ、扉がノックされる。そして聞こえてきたのは、別のメイドさんの声だ。

 私たちは一旦話を中断し、扉へと顔を向ける。


「うん、いいよ。どうぞー」


「失礼します」


 がちゃ、と扉が開く。

 背の高い、クール系のメイドさんが部屋に入ってきた。彼女は私に近寄り、目前で腰を折り、手を差し出す。


 両手で持った、封筒を渡しに差し出したのだ。


「封筒……お手紙?」


 これって……まさか、ラブレター!?


「先ほど、クドイ邸の使用人から受け取ったものです」


 違った。


 それは、私宛のお手紙ということだ。前世、ベッドの上で顔も知らない彼にお手紙を書いていたことを思い出す。

 携帯電話が普及した今では、手紙など廃れる一方だ。でも、だからこそかな。文通は楽しかった。


 ちなみにこの彼というのは、彼氏という意味ではなくて文面上のやり取り相手で……


 ……っと、そんな思い出話に浸っている場合じゃない。これはクドイ邸からのお手紙なのだ。


「うん、ありがとね」


 さっそく読むとしよう。封筒を受け取る。


 …………クドイって誰だっけ。


「セルティーア・クドイ嬢より、お嬢様へ個人的なお茶会のお誘いだと」


 封を切っている最中、クールメイドさん……クノイが淡々と話す。

 私の考えていたことへの答えとも言える言葉だ。さすがクノイだよね。


 それにしても、セルティーアって……王子のおっぱいさんか。あの人クドイって貴族なのか。

 その人から、個人的なお誘い……ねぇ。

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