第7話 私は、王子と交際はしていません



 セルティーア・クドイ嬢に招待を受けた私は、今彼女の家に来ている。

 そして中庭の庭園で、お茶会に参加している。


 テーブルに置いてあるカップを手に取り、それを口に運ぶ。わざわざカップ用のお皿の上に置いてあって、上品な感じだ。


「……まあ、とってもおいしいです」


「それはよかったです。ウチの使用人の淹れる紅茶はとてもおいしいんですよ」


 リーシャーの淹れる紅茶だって負けてはいない……と、ここで使用人マウントを取っても仕方ないか。


 紅茶を一口二口と口に含み、舌の上で味わってから飲み込む。舌の上で味わうことで、紅茶の香りを楽しむことができる。

 そして、冷めないうちに飲み込むのだ。


「こちら、お菓子もご用意しましたの。よければ召し上がって?」


 ささっ、とお菓子を進めてくるセルティーア嬢。高級なお菓子が、お皿の上にきれいに並べられている。

 にこにこして、本当に楽しそうだというのがわかる。


 あぁ、これは男が好きそうだなぁ。人畜無害な笑顔で、目立たないけど実はめっちゃかわいくて、スタイルも抜群と来た。

 ただ……


「セルティーア様」


 私は口を離したカップを、コト……と置く。


「なんでしょう?」


 私としても、このまま楽しくお茶会……をすることは、願ったりなことだ。彼女と友好を深めていくのだって、きっと楽しいだろう。

 でも、きっとそうはならない。そんな楽しいお茶会には。


 だって、彼女が私を呼んだのには、きっと理由があるはずだから。


「どうして今日は、お茶会に呼んでくださったのかしら」


 だから……その理由を、聞かなければならない。話を切り出しやすい、来て早々のこのタイミングで。


「どうして、と仰られても。私はただ、シャルハート様と仲を深めたいだけです」


 にこ、と笑いながら彼女は言う。それが本心なら、私だって嬉しい。


 でも……それが"作った笑顔"だと言うのはわかる。それは、さっき私が感じた『貴族の作法』のとは違う理由だ。

 私は、そもそも作り笑顔に敏感だからだ。前世では、私のお見舞いに来てくれた両親はいつも笑っていた。


 ……いつしか、それが本心からではなく、私を不安にさせないために作り上げた笑顔だということに気づいた。

 私のためだ。私を不安にさせないため、無理やり笑顔を作って……そのせいか、私には本心から笑っているのかそうでないのか、いつしかわかるようになっていた。

 多分人一倍敏感だ。


「その笑顔、私に向ける必要はありませんよ。私も、やめますから」


 セルティーア嬢が、私をどう思っているのか。この人が本当に、王子と結ばれるつもりなら……婚約者である私のことは、邪魔なはずだ。

 となれば、王子を巡っての宣戦布告……というのが、妥当なところ。


 もちろん、素直に暴露するとは思えないけど……


「……そうですか、なら変に隠す必要もありませんね。

 本日、シャルハート様をお呼びしたのは……アベノルド王子の件でお話があるからです」


「お」


 私に隠し事は通用しないと、観念した様子のセルティーア嬢。さて、なんと言って切り出してくるのか……


 ……すると、意外にもセルティーア嬢は話した。思った以上に素直に。

 それは、とても嘘には思えないものだ。たとえ、私を呼ぶ理由なんてそれ以外にはないとしても。


「やっぱり……ね。このタイミングですもの、そもそもその件のお話でなければおかしいですわ」


「あ、はは……やはり、お気づきですわよね」


 王子の婚約破棄の件から一夜明けた今日……王子と結ばれたいと考えているセルティーア嬢からのお誘い。理由は、よほどの鈍感でもなければ一目瞭然だ。


 ま、前世の私だったらあまりの人恋しさに疑いもしなかったかもしれないけど。

 この世界に転生して、貴族社会の荒波に揉まれて、こんな考えができるようになったのだ。


「それで、王子の件とは? ま、わざわざ聞くことでもないとは思いますけど」


「……」


 彼女は、王子と結ばれたい。だから私が邪魔なんだ。

 いわば私は恋敵……そんな相手とお茶して、内心穏やかでいられるはずがない。


 いいよ、言いたいことがあるなら遠慮なく言うといいよ。その代わり、私だって容赦しないんだから。

 実は、こういうバチバチした展開……ちょっと、憧れていたところもあるのよね。


「セルティーア様は、アベノルド王子とお付き合いをされているのですよね? そしていずれは彼と結ばれたい……だから、婚約者である私にその場を退いてもらいたいと。そういうことなら私は、潔くこの身を……」


「いえ、違うんです」


「引いて…………え?」


 彼女が切り出しにくいのならば、まずは私から。土台を整えて、彼女が話しやすいようにしてあげよう。


 そう思って口にした言葉は……彼女自身の言葉で、遮られた。

 それも……私の言葉を"否定"する形で。思わず間の抜けた声が出てしまった。


「え?」


 私は、再度間の抜けた声を出してしまった。

 でも、仕方ないと思う。だって、自分の考えが……いや、リーシャーたちもそうだろうと考えていたことが、本人に否定されたのだ。


 いや、落ち着け私……ここで動揺を見せてはいけないわ。


「違う? 私の聞き違いかしら」


「いえ、聞いた通りです。シャルハート様のおっしゃったことは、違う……と」


「……」


 私の聞き違いでもない……か。

 だとしたら、私の言葉のどこが違うというんだ?


「どういうこと? あなたはアベノルド王子とお付き合いをしている。そしていずれ結ばれるために、私が邪魔なのでしょう?」


 あぁ……しまったな、動揺しないように気を付けていたのに、つい"邪魔"なんて乱暴な言葉を使ってしまった。


 だけど、セルティーア様はそれを気にした様子もなく、言葉を続ける。


「私……王子と……アベノルド王子と、お付き合いしていません」


「…………へ?」


 彼女の口から告げられた言葉は、またも私に間の抜けた声を出させた。そして、一瞬頭が真っ白になってしまった。


 お付き合い……していない? 王子と?

 いや、おかしくないか? じゃあ、パーティーで身を寄せ合っていたのはなんなんだ?


「どういうこと?」


 これは、彼女の嘘? いや、嘘だとしていったい彼女になんの狙いがあるというのか。


 ……嘘でなければ、いったい……?


「……私は、王子と交際はしていません。そんなこと、恐れ多いです」


 先ほどと同じ言葉を、話す。その表情は、どこか……怯えているようにも見えた。


 美少女がそんな表情をしているのは、正直そそられるものがあるが……今は、彼女の話を聞くことが先だ。


「じゃあ、いったいあなたたちの関係って?」


「それは……」


「おや、二人して仲良く茶会かい? なんと微笑ましい光景だろうね」


 彼女の口から、真相を聞く……その瞬間だった。

 このお茶会に、この場にいないはずの人物の声が割り込んできたのは。私もセルティーア嬢も揃って首を動かした。


 ……庭園の入り口から、歩いてくるのは……招かれざる客。今まさに話題に挙がっていた、アベノルド・リーム・ナンスコッタ第二王子その人だった。

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