第4話 私の幸せは婚約破棄されることだったんだよー



 今更みんなに、「私実は婚約破棄されたかったの」なんて言っても信じてもらえそうにない……


「理由を話したところで、なぁ。

 なにより、信じてもらえたとしても……それはそれで、みんなが気にしちゃうか」


 理由を知らなかったとは言え、結果的に私の目的の最終段階を破綻させることになったのだ。みんなの行いは。

 それを知ったみんなは、きっと気に病む。それは、私だって望まない。


 みんな、良かれと思ってやってくれたことだもん。


「はぁー……」


「そんなにため息を吐くと幸せが逃げていきますよ」


「私の幸せは婚約破棄されることだったんだよー」


 まあ、起こってしまったことをいつまでもうじうじしてても仕方ないか。切り替えろー、私。


 とりあえず、起こったことを整理しよう。私の狙い通り、王子は私に婚約破棄そして国外追放を言い渡した。

 それは多分、王子の独断だろう。自分で言うのもなんだけど、私のことを気に入っていた国王様や第一王子様がそんな許可を出すとは思えない。


 その二人は揃って病に伏せている。そのため、あの第二王子が実質実権を持っているんだ。


「王子にとって私は邪魔ってことだったんだよねー。こんな美人な婚約者を捕まえといて、どこの馬の骨とも知らない女の子を抱き寄せてたんだから」


「とても婚約破棄されたい方から出る言葉とは思えませんが……その、セルティーアという令嬢についてなにか心当たりは?」


「うーん、学園で見たことはあるなー。多分、王子の取り巻きの一人……だったかな。目立たないけど、よく見ればかわいい顔してるんだよ。あとおっぱいが大きい」


「……そですか」


「あ、リーシャーには負けるけどね! あははは!」


「…………そですか」


 結局、王子はあのおっぱいにやられたんだろう。男の人ってまったく、いつもそうなんだから。前世で読んだマンガにそういうの描いてあった。

 そして、あのおっぱいを自分のものにしたいから貧相な私はいらないと……


 ……あれ?


「あれ?」


「どうしました?」


 王子があのおっぱいを手に入れたいから私に婚約破棄を言い渡したのなら。私が令嬢らしからぬ振る舞いをしていたのって、まったくの無意味なのでは?

 私的には「キミの振る舞いは王妃として相応しくない」みたいな感じで婚約破棄されると思ってたけど……実際にはまさかの痴情のもつれ。


 これ、結果的にただただ私が平民の皆さんと仲良くなっただけなのでは?


「ってことは、婚約破棄が保留になったのは私のせいじゃん……!」


 思わず頭を抱える。


 だって婚約破棄に待ったがかかったのは、私のことが大好きな皆さんが押しかけてきたからだ。

 そして皆さんが私を大好きになったのは、私が昔から皆さんと仲良くしていたからだ。

 私が皆さんと仲良くしていたのは、私が令嬢らしからぬ振る舞いをしていたからでぇ……


 私が普通の令嬢として振る舞っていれば、今日邪魔が入らず婚約破棄されていたってこと……!?


「ぬぐぐ……!」


「お嬢様、なんだか知りませんがハンカチを噛まないでください」


 なんたる不覚! なんたる失態! やってきたことが裏目に出ていたなんて!

 自分で自分の計画を潰していたら、世話ないよ!


 ……くっそぉ。やっちゃったぁ。


「はぁ……」


 私は、ベッドに深々寝転がる。


「だらしないですよお嬢様」


「誰も見てないんだしいいじゃーん」


「私が見てます」


 ぶぅ、融通が聞かないんだからぁ。そもそもリーシャーの前以外でこんな格好しないっての。お母様に見つかったらうるさいし。

 それを素直に言っても、また理屈こねこね攻撃されるだろうから言わないけど。


「……それで、今宵王子に物申した方々はどうなったのですか?」


 と、リーシャーは先ほどの話で出てきた、平民の皆さんについてその末路を聞く。


「とりあえず、おとがめなしってことにはなったよ」


「……それはまた、寛大な処置ですね」


「婚約破棄に関して些か乱暴に事を進めていたとか、そもそも私がなんとかさんに暴言暴力をやった証拠もない……ってことで、他の貴族からも反対があってね」


 私の知識としては、平民は貴族には決して逆らえない……というイメージがあった。でも、まさかの国のトップにアレだ。

 しかも、ただ婚約破棄に反対するだけならいざ知らず『クソ王子』呼ばわりだもんな。


 リーシャーの言う通り、よくおとがめなしでいられたものだ。


「まあ、このナンスコッタ王国は平民の方々の力で成り立っている部分が大きいですから。多少の無礼は流してくれたのでしょう」


「多少かなぁ?」


 平民と貴族の間に、思いのほか上下関係はないみたいだ。

 どちらかというと、貴族同士の上下関係の方がすごいや。今日だって、平民の反対運動がなければそのまま、私を貶める王子の意見に反対する者はいなかったはずだ。


「それよりも、お嬢様。なにか大切なことをお忘れではないですか?」


「たいせつなことー?」


 こほん、と咳払いしたリーシャーが、じっと私を見つめる。

 その目は鋭く、これから話すのは本当に重要なことなのだと訴えているかのよう。


 私はとりあえず、上体を起こす。それを見届けてから、リーシャーは口を開いた。


「今後のことです」


「今後」


 ぽかんとした様子の私に、リーシャーはじろりと目を細めた。


「そうです。貴族学園を卒業され、本来だったら王子との婚姻に臨み、王妃として今後を歩むはずでした。しかし、婚約破棄をされてしまっては……

 いや、そもそも婚約破棄が保留になっている時点で、今のお嬢様がどういう立場なのかすら……」


 私の代わりにいろいろ考えてくれているリーシャー。昔からそうだけど、やっぱり頼りになるなー。


「ま、なるようになるよ」


「なりそうにないから悩んでいるんです!」


 ……怒られてしまった。


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