第3話 わたし天才じゃない?



 ――――――



『あはは……すごい、手足も自由に動かせる! 歩ける……ううん、走れる! 私、走ってる!』



 転生してからの私は、自分の置かれた状況を理解した。これが異世界転生というやつであるということは、本の知識でバッチリだ。

 ついでに、自分が貴族令嬢であることも頭の隅には置いておく。


 前世ではベッドの上でほとんどの人生を過ごしていた私は、とにかく嬉しかった。自由に動き回れる身体が。



『お嬢様、そんなに走り回ってはせっかくのきれいなブロンド(金)のヘア(髪)がステイン(汚れて)しまいますわよ!』



 ただ、毎日走り回る私を相手に、お手伝いさんたちには苦労をかけてしまったのだろうと今ならわかるけど。



『わぁ、すごい。怪我が治ってる』


『そう、これが魔法です。シャル』



 この世界には『魔法』と呼ばれるものが存在し、私はその力に目覚めていた。

 貴族というものは魔法が使えるもの……というのが、この世界の常識らしい。魔法にも種類があるらしいが、私は珍しいとされる『回復魔法』の使い手だった。


 その名の通り、人の怪我や病気を治すことができる。

 もちろん、どの程度のものを治すことができるかは本人……つまり私の力量次第だ。だから私は、その日から魔法を鍛えた。両親はよほど嬉しかったのか、魔法の師匠まで用意してくれたくらいだ。


 そして、決めたのだ。魔法を使って、自由に生きてやろうと。



 ――――――



 五歳になった私は、度々屋敷から抜け出していた。

 まあ抜け出していたとはいっても、私が気づいていなかっただけで見張りはついていたみたいだけどね。


 街を元気に走り回り、平民と呼ばれる彼らと親しげに話す私は、とても令嬢らしくはなかったのかもしれない。

 でもいいんだ。私はやりたいように、生きたいように生きるんだから。


 そして思ったのが、なんて治安がいい国なんだろうってこと。前世の世界じゃ、やれ誘拐だやれ殺人だばかり……とても子供一人で出歩かせられない。

 でも、私みたいな小さかった子供が一人で歩いていても、みんな優しく接してくれた。

 だから、私は国のほとんどの人と顔見知りだし、大好きだ。


 そんな振る舞いをしているのは、自由に生きる以外にもう一つ理由がある。



『王子の婚約者……?』



 そう伝えられたのは、いつだったか。アルファー家の長女として生まれた私は、第二王子のなんとかさんと婚約することになったのだ。

 その時の私の衝撃を、一体誰が予想できる?


 だって、まだ二桁歳にも満たない年齢で婚約だよ!? 前世じゃベッドの上に寝ていた私は、結婚はおろか彼氏だってできたことがない。

 いや……彼氏どころか、友達も、か……



『えぇ、貴族学園の卒業パーティーで、正式に婚姻を結んでもらいます』


『が、学園!? 学園に通えるの!?』



 ……しかも、今後は貴族学園というところに通い、卒業と同時に婚姻することになるのだと。

 学園自体は、憧れだった。病弱の私は、小学校すら六年のうちの半分も登校できていない。中学校では、両手で収まる程度の回数しか。


 そんな私は、学校というものに憧れていた。元気な身体で、学校に通いたい。

 その願いが叶う。しかしそれは、王子との婚姻が近づいているということでもある。


 王子様との結婚など……そんなの、自由とは程遠い。物語のお姫様のように、贅沢はできるかもしれない。

 でも……そこに自由はない。



『婚約はいや婚約はいや婚約はいや……』



 そこで考えたのが……婚約破棄だ。立場上、こちらから婚約をなしにしてもらうのは難しい。

 ならば、向こうから婚約を破棄したくなるような状況に持ち込んでしまえばいい。



『わたし天才じゃない?』



 そう考えた私は、王子の婚約者に相応しくない振る舞い……つまり、令嬢らしからぬ振る舞いをすることにしたのだ。



『おぉシャル様、また一人でお出かけかい? 元気だねー』


『うん、おっちゃんも元気みたいで安心したよ』


『あらまあシャル様、今日もおかわいらしいわねぇ』


『ありがとう、おばちゃんも今日の髪型イカしてるよ』



 令嬢は平民と仲良くしない。そんな固定概念が自分の中にあったし、実際貴族と平民の間には見えない線みたいなのがあった。

 だから、街へ繰り出しみんなと仲良くしていたのだ。なんて、令嬢らしからぬ行動なんだろう。おまけに、言葉遣いだってね。


 それだけじゃない。



『いってて、さっき擦りむいちまった……』


『大変、治療しなきゃ!』



 怪我をして困っている人を見れば、私は回復魔法でその傷を癒していった。

 貴族は平民に施しを与えない。これも私の中にあった概念だ。


 これは、あくまでも自分のための行為……なんだけど。



『ありがとうシャル様。おかげですっかり元気になったよ』



 ……怪我を治して、お礼を言われて。それが、たまらなかった。

 誰かにお礼を言うことはあっても、お礼を言われることなんてなかった。じんわりと、あたたかいものが胸の奥に染みていくのがわかった。


 そして、みんなと仲良くしているうちに……いつしか、めっちゃ慕われるようになった。

 自由を謳歌する&人助けの楽しさを実感した私は、度々王都に繰り出していた。


 シャル様シャル様なんて呼ばれると、むず痒いけど……嬉しかった。私が生まれた意味が、見つかったような気がして。



 ――――――



「そして私は今日、十五歳となった日に婚約破棄をされた令嬢になった……」


「どうしたんですか急に」


 これまでのことを思い出していた。この世界に生まれてから十五年……いや三歳の頃に前世の記憶が戻ったのだから、実質十二年ほどか。

 十五歳のこの身体で言えば、すでに前世生きたよりも長い年月をこの世界で過ごしていることになるんだけどな。


 まさか、卒業パーティーとなるこの日と私の誕生日が重なることになるとは。誕生日に婚約破棄とは、なんとも縁起が悪い。

 でも、それは私が決めたこと。私の目的は果たされ、今日は誕生日&婚約破棄をされた祝杯を上げる……


 はずだったのだけど。


「うわーっ、なんでこんなことにー!」


 今日何度目となる叫びをあげた。

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