第20話 奇妙な卵 6
ある日の夕暮れ時、僕は佐々木と共に家路を辿っていた。お互いの家が近くにある為、普段からこうして帰宅しているのだ。
古臭さの漂う住宅地は、暗がりに包まれていた。電線や家々は黒く染まり、それと赤い空が美しいコントラストを生み出している。遠くから見える海は、朝よりも光り輝いていた。
僕がそんな美しい光景をぼんやりと眺めていると、ふと佐々木が話しかけてくる。
「前から考えてたんだけどさ、こうして二人で歩いてる所をクラスの子に見られたら、勘違いされるかもね」
勘違いとは何だろう。鈍感な僕は意味が分からず、返答できない。そんな僕に、佐々木は呆れたようにこう言うのだった。
「カップルだと勘違いされるかもって、言ってんのよ!」
強い口調でそう言ってきたが、怒っている訳ではないらしい。佐々木は嬉しそうな表情を浮かべていた。
僕は佐々木に視線を向けると、こう言った。
「安心しなよ。それは絶対にない」
「どうして?」
「僕達が幼馴染みだってことは、割りと皆が知ってることだろ。だから、そんな勘違いされることはないって」
そんな勘違いをされるだなんて、佐々木にとっては屈辱的なことだろう。そう思ったが故に、出た言葉だった。
けれど、それは配慮になってなかったのかもしれない。佐々木は少し不機嫌そうな表情をして「そうかな」とだけ呟いた。その声は冷たく、意気消沈しているようにも思えた。
どうして、急に不機嫌になったのだろう。理由は分からないが、何にせよ機嫌を取る必要がある。
僕は暫し思考を巡らせた末、こんな言葉を投げ掛ける。
「まあ、佐々木となら勘違いされたっていいけどな」
佐々木を配慮してのこととはいえ、心にもないことを言ってしまったものだ。形容し難い罪悪感を覚える。
けれど、佐々木はそれで機嫌を取り戻してくれたらしい。花が開花するように、ぱっと明るい表情を浮かべる。心なしか、白い頬が赤く染まったようにも思えた。
僕がその様子を見て安心していると、佐々木はふとこう呟いた。
「私も勘違いされたっていいよ」
その言葉は、何を意味するのだろう。どんな意図があって、そう言ったのだろう。僕にはまるで分からない。
その後、僕達の間に沈黙が訪れた。普段の佐々木は良く話しかけてくるのだが、今日は随分と無口である。一体、どうしたと言うのだろう。
普段と様相が異なることもあり、無口な僕ですら気まずさを覚えた。故に、僕の方から話を振ってみる。
「そういえば、最近変な夢を見たんだ」
「変な夢?」
「うん。夢の中で沙耶のいる病室にいてさ、それで沙耶と話をし続けてたんだ。しかも、それは実際に生前の沙耶とした会話と同じものだったんだ」
すると、佐々木は驚いた表情でこう尋ねる。
「沙耶ちゃんの話なんかして、大丈夫なの?」
そういえば、以前沙耶の話は二度としないよう告げたのだった。ただ、それは不意打ちで言われたから驚いただけのことである。
「ああ、今日は大丈夫だよ。あの時は、過剰に反応しちゃっただけなんだ。そこまでトラウマになってる訳じゃないよ」
佐々木は納得すると、途切れた会話を再開する。
「まあ、要するに夢の中で過去の世界にいた訳だね」
「そう」
そこまで話した訳だが、次に何を話せば良いか分からない。普段から無口なこともあり、会話を広げることが苦手なのだ。
再び沈黙が訪れ、困惑させられる。そんな折、佐々木は助け船を出すように会話を繋げてくれた。
「夢って、何かの暗示であることもあるらしいよ」
「暗示?」
「うん。何か恐ろしい夢を見た場合、後に現実で恐ろしいことが起こったりといった具合に」
もしその話が本当だとして、あの夢は何の暗示なのだろう。一体、沙耶は何を伝えようとしたのだろう。少し考えてみたものの、予想すらつかない。
そんな折、佐々木はふとこう呟いた。
「まあ、夢に出てくるくらいだから、沙耶ちゃんは大切な人なんだろうね」
「そりゃ大切な人さ。だって、最初で最後の恋人だしさ」
そんなことは、普段なら恥ずかしくて言えないものだ。にも関わらず、今日は何の躊躇もなくそんなことを言えた。我ながら、不思議なものである。
ふと、佐々木に視線を向ける。佐々木は何故か暗い表情を浮かべていた。ただ、夢の話をしていただけだと言うのに。
明るくなったり暗くなったり、今日の佐々木は情緒不安定な気がする。一体、どうしたと言うのだろう。沙耶との話をしたのが、いけなかったのだろうか。仮にそうだとして、その理由も分からない。
何か言葉を掛けようかとも思ったが、不器用な僕には適当な言葉選びができない。故に、以降の僕は沈黙し続けることしかできないのだった。
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