1-E.

 定例パーティーは2日間に渡って行われる。

 内訳は会議と交流パーティー。

 昔は月に一回、七日間あったらしいが市民からの不満が爆発したので四ヶ月に一回、二日間と最適化された。 近いうちに交流パーティーも削除されるだろう。


 会議ではやはり神宮・遺跡・教会の攻略が提起された。 だが提起されただけだ。

 誰も私がやりますと能動的に動く気配はない。

 こうやったらどうだろ? いやそれはその点に問題が……と生産性のない会話だ。

 中には我々で第ニのシエスタ機関を作らないかと言う案も出た。

 ジュノの予想では貴族がそのままシエスタ機関の真似をしたら確実に腐敗の温床になる。

 歴史がそれを証明しているのに、ここにいる貴族はみんな馬鹿でもないのに、集まればこんなに愚かになる。

 きっとそれは私も一緒だ。


 交流パーティーでは大貴族は花紋の花飾りを胸に差す。 ジュノはフロージ家の金木犀の花飾り。

 パーティー会場には楽器が準備されていた。

 この楽器たちの演奏を求められているのはジュノだけ。 ジュノ以外も演奏したことがあったが白けてばかりだったと思う。


 なのに今日はピアノが二台。 それに予定していたより楽器が多い。


 ジュノはまずフルートを奏でる。

 すると貴族たちは隣の台に花飾りや手紙を置いていった。 手紙には貴女の演奏に心打たれました。 貴女のファンです。 この後、二人でお食事いかがですか等と皆概ね似たようなことを書いているに違いない。


 演奏していてこれは音楽じゃない。

 そんな気がする。

 ここの音楽は陳腐化してる。 少なくとも芸術とは言えない。 元宮廷楽団員に評論家気取りがたかった滑稽な定価芸術とこき下ろしたい。


「ばかみたい」


 嫌味な笑みを浮かべるジュノを花咲く音楽が引き裂いた。


「? 誰?」


 高らかに歌うようなサックスの音色だった。

 貴族たちの視線が一気に奪われる。

 そして無意識に手拍子してしまう、身体でリズムを取ってしまう。 魔笛に魅入られたように笑顔が溢れる。


 サックス奏者は黒いドレスを見に纏った淑女。

 笑顔が可愛らしく綺麗な女性で、彼女自身踊りそうな演奏に貴族たちも思い思いに踊ってる。

 なんか凄い……。 私も演奏やめて踊りたい。

 南側っぽい陽気さが抜けない音楽なのでドンナー家の誰かか?


 音楽の雰囲気はガラッと変わったが淑女をこの場から排斥する気はない。

 そもそもジュノだけが演奏していいという決まりではないし、コンクール地味た会場の雰囲気には兼ねてから辟易していた。


 一曲が終わると黒髪の淑女から挑発的な視線を貰った。 こんなものかと言わんばかりに。


「……」


 侮らないで欲しい。 まだこっちは身体が温まってない。 これからが音楽だ。

 楽器をヴァイオリンに持ち替えてジュノのボルテージが跳ね上がる。


 ジュノがヴァイオリンを弾けば淑女もまた楽器を持ち替えていた。 チェロだ。


 ジュノが演奏を始めるより早く彼女がチェロの弓を弾いた。 所作から演奏まで宗教画に描かれそうなほど全て美しかった。


 すうっと心に極小の断面をなぞる第一音に心が染みた。 チェロの木の重さまでしっとりと伝わるような柔い音だ。

 神の息吹が、月光が、彼女に降りている。


 音楽を教えてくれた祖母が言っていた。

 音楽は神の贈り物なのだと。 確かにそうだ。

 でなければこの神々しさは説明がつかない。


 同じ量の照明に照らされてるはずなのにジュノの周りだけ暗くなる。 主役から端役へ、端役から背景へと落ちていく。

 陽気なのに神秘的で綺麗な女性だ。

 そう思う。

 それでいて、この淑女の真似をすればジュノは私を失ってしまうような毒気を感じる。

 彼女は例えるなら音楽の神なのだろう。

 神らしく信仰の甘美と危うさを兼ね備えている。


 第二曲が終わった頃にはジュノは意識を切り替えていた。 淑女は遥か高く、音楽の最高峰にあることを認識した。

 第三曲はピアノ。 ジュノが最も好きな楽器。

 淑女も同じくピアノの前に座っている。


 合図もないのに開始はぴたりと合った。

 制作者が同じピアノなのに鍵盤を押す指の力強さ、表現力、奥行きでこうも違うのかとジュノ自身、驚いていた。

 久々に演奏中に汗が出る。 身体は熱くなっているがこれは冷や汗だ。

 同じピアノを弾いてるために恐怖の形は宮廷楽団時代に経験した合唱に近い。 歌が上手い人の別パートに釣られてしまうというありがちなやつだ。

 自分が最も身近に魅力的に感じる色で、音楽を塗りつぶして自らの首を絞めてしまわないかという危うさだ。


 音楽家は負けたら死ぬ。

 明瞭な羨望を覚えたら二度と自分の色には戻らないだろうから。 無駄にピアノが上手いのも悩みもので、身近な魅力は正直に指が再現してしまう。


 私たちは自分はこうだと言わねばならないのだ。

 耳に残る魔音がジュノを殺そうとしても、それを払い除けて演奏しなければ。


 演奏を終えると汗がポタポタと落ちて、肩で息をしていた。


「良い音楽だった。 またやろう」


 演奏後、黒髪の淑女と握手を交わすと淑女から嗅いだことのある焼き菓子の甘い香りがする。


「ジョヴァンニ?」


「ジョヴァンニ?? どなたでしょう?」


「ごめん。 彼氏が同じ匂いさせてたから」


 彼氏ではないが他の貴族への牽制にそういっておく。 女性に相手がいれば諦めるのでなく、焦るのがここにいる彼らだ。


「そっか、僕はお嬢さんの彼氏だったか」


 淑女の喉から出たのは男性の声。

 というかジョヴァンニの声だ。


 あれ? と思い、料理皿に近づいていく淑女の後ろをついていく。 ジュノの隣を太った白猫ジェイが通り過ぎた。


「まだ何か?」


「なんでジェイがいるの?」


「ジェイ? なんですか? この子は私の長年連れ添った愛猫ジェラート。 ねえジェラート? ジェラート食べたいですわね?」


「ニェム」


 どう見てもジェイにしか見えない愛猫ジェラートは申し訳程度の変装か、身体から大きなポシェットを提げている。


「その無愛想な顔はジェイでしょ。 そして貴方はジョヴァンニ」


 指摘すると淑女は扇子で口元を隠して笑う。


「オホホホ、私は違うと言っているのに可笑しいですわね、本当に可笑しい、ねえ? ジェラート? ホーッホッホッホッホ」


「ニャニャニャニャ」


 一人一匹に笑いの二重奏を浴びせられる。

 この一人一匹ムカつく。


 淑女は料理をタッパーに詰めると谷間に収納してオホホホホと上品な笑いをしながら廊下に消えていく。 面白さを詰め込みまくった所作にツッコミを忘れていたがハッとする。


 いや、あいつ、しれっといたけど不法侵入者だ。

 だって招待状発行してないもの!

 胸につけていたのもどこの貴族の家紋にない百合の花飾りだった。


「待ちなさい!」


 奴を追いかけると、丁度エレベーターの扉が閉まるところだった。 先ほどの淑女がジェイを胸に抱えて朗らかな笑みを浮かべてる。


「お疲れ様のグッバイ、シルブプレェ」


「ニャニャニャ〜」


 ジュノの身体が入るギリギリだった。 伸ばした腕を引っ張られて扉の中に吸い込まれる。

 ジョヴァンニの胸に抱き寄せられていた。

 いつの間にかスーツに着替えてるし。


「やるじゃないか、お嬢さん。 この変装を見破るとは流石は元テロ対だね?」


「テロ対で上司の女装を見破る仕事はなかったんだけど……何やってるの?」


「ジェイの餌やりだよ。 タダで配ってるからどう?って真藍に誘われて」


 そんな炊き出しみたいなことした覚えはない。 

 だがジョヴァンニの背に腕を伸ばして胸に顔を埋める。 甘えたい気分だった。


「不法侵入だったら捕まえないと行けないんだけどどうすればいい?」


「捕まえればいいさ。 そんなことするなら腹いせに今夜渡す予定だったこの異動辞令をビリビリに破いてやるけどね」


 ジョヴァンニの手元には封筒が一通。

 辞令だろうがどうでも良かった。


「……ディケー様のこと、ごめん」


 ジョヴァンニに頼る前に治せなかったのは主治医とジュノの落ち度だ。 ジョヴァンニが治すならディケーにやったように契約で残り寿命を決めないといけない。

 嫌な役割を押し付けてしまったと思う。


「こんなことになってしまうならもっと勉強しておけばよかった」


 胸は辛いのに涙は出てこない。

 不幸にもジュノは死に慣れすぎたのだと思う。

 だから嫌だったのだ。

 エレベーターが3階に着いたので一度離れる。


「ごめん……」


「いいさ、ついでに辞令も渡しとくよ。 今までのシエスタ機関での仕事は仮人事だったけど、これが決定版」


「ありがとう」


 ジョヴァンニから貰った人事通知を広げる。



 ジュノ・フロージ殿


 上記の者を108節17年8月1日付を以てフロージ騎士団三等軍佐に任ずるとともに魔法契約文書セキュリティサービス株式会社 一般契約文書管理センターに出向を命ずる

 役職:センター長代理

 期間:未定


 そっか。

 私も晴れて魔法契約文書セキュリティサービス株式会社に出向が……。 て、あれ?

 頷きかけたがギョッとする。

 窓際部署に飛ばされてない?

 それに三等軍佐?? 三階級降格してるし。


 髪は既に白いが頭が真っ白になっていく。

 砂になって風で吹き飛びそうになっていると慌ててジョヴァンニが訂正した。


「あ、ごめん。 事件解決できなかった時のために用意してたやつと間違えちゃった」


「事件解決出来なかったら私、三階級降格処分プラス窓際部署出向になってたの?」


「僕は降格と出向を言い渡す権限は持ってるんだけど、昇格とスカウトばかりは皇帝に確認取らないといけないからさ。 本物はこっち」


 降格されるレベルの落ち度はしていないがジョヴァンニの中では降格に値する評価だったらしい。

 交換する形で正しい方の通知を渡される。 間違った方の通知は再利用されないよう、燃やしといた方が良かっただろうか。 


 しかし今度こそ正しい人事通知を開けた。



 ジュノ・フロージ殿


 上記の者をフロージ騎士団軍将に任ずるとともに皇帝直轄機関シエスタに出向を命ずる。



 今度は皇帝の花印が入っている。

 半年に満たない仮勤務期間だが、大きな成長を感じられた時間だった。 そしてこれからも。

 ジョヴァンニは口に微笑みを浮かべていた。


「改めて……ようこそ、シエスタ機関へ」

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焦げた朝に咎められて、閑な夜にひしがれても、僕を憶えていて 揺籠 有名 @ar1na_yur1kag0

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