1-9.

 ウォーデン領に向かう列車の中、真藍がスケッチブックに昆虫の絵を描き終えると、車窓を開いて式神魔法を起動した。

 真藍のスケッチブックから青い昆虫式神が奥行きを持って無限に飛び出して、生物のように羽ばたいていく。

 生物式神の力を借りて大陸内に爆薬の在庫が隠されていないか探る予定だと聞いた。 列車は式神散布に都合が良い。

 浮世離れした美しい光景だ。


「派手だけど大丈夫?」


「そこはジョヴァンニ外部顧問が幻覚で誤魔化してくれてるから大丈夫に決まっとるやろ?」


「一体一体見えなくするのも楽じゃないんだよ。 見栄え重視で青いの出すのどうかと思うんだよね」


 移動中、盗み出された魔法爆弾についてミシェルが教えてくれた。 写真付きの資料にはマネキンの首に巻かれた腕時計のような機器。


「今回盗み出された爆弾はこちらです。 元は現地の毒首輪の上位版として使われる刑具でした」


 いきなり物騒過ぎる。


「なんか物騒な用語、出て来たんだけど」


「実際物騒だからね。 今回の件に手を貸した奴はさぞ素敵な毒首輪の餌食になったことだろう」


「使い方は刑期開始から終了まで罪人の首に巻いて、その間、罪人が反逆の意思を見せたら神官が別機から特定の信号を送って起爆します。 別器が壊れたらあらかじめ設定された時間以内に爆破される仕様です」


「普通に元から誰か爆殺しようとしてるじゃん」


 清楚な顔をしたミシェルから滔々と語られる魔法爆弾の内情が中々キツい。


「盗まれた魔法爆弾は13個。 効果範囲としては爆弾が巻かれた私たちの首を跡形もなく消し飛ばす程度なので余程相手の近くに置かない限り、殺傷は無理だと思うんですよね」


 少なくとも目に見える位置にないとせいぜい大怪我で止まるだろうとミシェルは見解を示した。 

 ジョヴァンニは4通の脅迫状を再度見せた。

 文面はどれもこうだ。


『108節17年8月1日の12時、世界定例会議の会場を爆破する』


 脅迫状には時間、場所、手段が適切に魔法刻印されていた。


「第二大陸では一般的な契約魔法を使ったテロだ。 この脅迫状からは確かに契約魔法の匂いがするし……そして、このように契約物特有の魔法保護が施されていて鋏では切れない」


 そのことから脅迫状が契約魔法により発生した文書であることに違いない。


「脅迫状の文面はどう見ても契約書らしくないですが……誰と誰が契約してるとか、何をしたら何が貰えるかとか書くべきだと思うんですが」


 ミシェルの指摘はもっともだ。

 それが正しい契約書の様式で契約魔法も例外ではない。


「この脅迫状は契約時に魔法によって発行された控えだと思って欲しい。 契約内容を書いた契約書が別にあって、脅迫状は一方的に契約したことを通知する文書。 契約魔法の効力を担保するためだけの物だ」


 契約魔法は多面契約か一面契約の二種類。

 多面契約は大金を伴う購入契約に多用される。

 『甲は納期以内に成果物を作成し、乙は報酬を期限内に支払うこと』という文言でよく説明される。

 一方で一面契約は自分の中で利益関係を完結させる。 自分の利益を一部制限することでその他項目の利益を向上させる。

 例文として『100秒間、疲れが100倍になるけどいつもより早く走れる』契約が該当する。


「今回は予め犯行に係る情報を告知することで、爆破の威力を向上させる物と考えるべきでしょうか」


 本件は一面契約に近いとジュノは思う。

 予め犯行情報を早め予告することで成功率を下げることで、犯行成功時の成果を引き上げる契約だ。


「それで間違ってないよ。 詳細にヒントを貰えば貰うほど答えられなかった時の罰ゲームが重くなるクイズゲームみたいなものでね。 特にこういったテロで日付、場所を共有し、数ヶ月前単位の予告はかなりの効果を発揮する。 3ヶ月あれば犬小屋一つ破壊するのがせいぜいの爆弾がビル一棟破壊できるようになるさ」


 つまり大した殺傷力がない爆弾首輪でも定例パーティーの建物を丸ごと破壊できるほどの起爆は可能となるということだ。

 ただこういったリスクが一方的に他者に押し付けられる契約は開会を延期されたり、開催場所を一方的に変えられたりした場合は対応が一切できないというリスクと隣り合わせでもある。


 列車が東部のウォーデン領に到着するとその地を統べる大貴族ウォーデン家の屋敷まで歩いた。

 屋敷の広間に通されると立派な髭を蓄えた精悍な顔つきの男性とその家族が出迎えてくれた。 髭の男性は第二大陸の宰相レグルス・ウォーデン。 第二位権力者だ。

 そして彼の子どもは各界で功績を残す傑物たち。


 その子どもたちが書籍とペンを持ってジョヴァンニの前に並ぶ。 ジョヴァンニ……エメ外部顧問は第二大陸の軍教本や医学の祖だ。

 社交界でも会えないスターに会えて彼らも興奮気味でジョヴァンニに握手とサインを求めている。

 本来は息子が2人と娘が2人のはずだが1人足りない。


 最後に宰相とジョヴァンニは握手を交わした。


「長女、お姫様は……いないみたいだね」


「いくら貴方様と言えど娘はやれません」


「別にそういう意味じゃないさ。 貴族学校は良い建築だったよ。 古代建築様式や実用性、トレンドをかなり勉強した跡が随所に見られた」


「娘は妻に似て聡明で美しい淑女に育ちました。 如何です? 見合いの場なら用意いたしますが」


「さっき娘はやらないって言ったよね?」


 軽口を叩きあって本題に移る。

 契約テロの件だ。


「容疑者は第二大陸の四つの大貴族だ。 まあそこにいるお嬢さんも容疑者の一人な訳だけど」


 容疑者に全員該当するウォーデン家の面々に緊張が走る。 そしてちゃっかりジュノも容疑者扱いされた。


「なぜそう言い切れるのです?」


「契約書にミーミルが使われているから」


「その根拠がどこにあるのかお尋ねしているのですが……」


 疑うからにはと宰相は毅然とした態度で問う。

 社交界で幾度となく見た圧倒的強者の眼光だ。

 貴族すら怯えるそれをジョヴァンニは柳のように流す。


「嗅いで分からないの???」


 お前、本当に宰相になったの???とジョヴァンニが口パクで咎めていた。 というか小声で言っていた。


「脅迫状をしっかり魔力感知してごらん? 契約書の控えの癖にやたらと残り香が濃いでしょ? 異常な濃さだよ」


 促されて宰相とその家族、ジュノは魔力感知の目を細かくする。

 針に穴を通すレベルの魔力感知だ。 するとやはり契約の魔力が強く残留しているのが分かる。


「確かに……十中八九ミーミルによる契約でしょうな。 ですが、泉からミーミルが盗み出された可能性は無いのですか?」


「ミーミルは皇帝の契約管理だから皇帝の同意がなければ持ち出せないし、効果を発揮できないのは知ってるよね?」


「え……」


 え??? そんな話、ジュノも初めて聞いた。

 ウォーデン家の面々も頷いていたのは宰相が秘書として連れていた次男と次女、それに長男。 第二大陸の頭脳と呼ばれる知恵者たちだ。

 そういうレベルの知識だった。


「分かった。 僕たちが帰った後に辞書引くなり、秘書に教えを乞うなりして確認してくれ。 とりあえずミーミルを使うには大貴族に譲渡されているものを使うしかない……この屋敷にテロ対に所属してる子っている?」


「私とここにはおりませんが、妹のアイリーンがウォーデン騎士団テロ対策部に所属しております」


「ならテロ対策の専門家に聞きたい。 契約テロの捜査を行う際、脅迫状の何を確認する?」


「契約文中のどこに契約条件が含まれているか。 また契約成立日とこういった通知媒体の場合では宛先を確認した後、緩和契約を図ります」


 教本と実地経験通りの回答だ。 同じくテロ対に所属していたジュノも同じ見解だ。 ジョヴァンニは簡潔な回答に満足げだった。


「君、結構優秀だな」


「恐縮であります!」


「よろしい。 では次の質問。 この脅迫状は実は四つの大貴族全てに全く同じ内容の物が届いているらしい。 さてなぜか? この場合、何を調べるべきだろう?」


 ジョヴァンニは学校の教授のような話し方をする。

 そして長男は軍学校の生徒のようだ。


「参加者に広く周知されることで契約魔法の効力を向上させるためだと考えます。 通常の対応ならばどこまで周知されているかを確認すべきかと」


「周知により契約魔法の効果向上が表れない奴がミーミルの提供者だからね。 それで、率直に君はどこの家に悪党がいると思う?」


「私の部署でも調査は進んでおりますが西方のフロージ家が怪しいと考えます」


「ほう、お嬢さんの実家じゃん! 悪いことしてたんだねえ? で? それはなぜ?」


 ジュノの実家が疑われていると聞いてジョヴァンニがやたらと嬉しそうにする。 腹立つ。 ジュノがジョヴァンニを睨んでいると長男が代わりに謝ってきた。


「確たる証拠はありませんので冤罪であればいくらでも謝罪します。 ただ公平に調査した結果、ジュノ様が先月よりミーミルを使用したとの報告がございまして。 そしてその用途についても伏せられており、事務的な疑いですが疑わざるを得ない次第であります」


 あ……と思い当たるところがある。

 そういえば先月、ミーミルを使用した。 使途無記載という形で報告した。 ジョヴァンニと契約した時のやつだ。

 つまり捜査上では最重要容疑者はジュノとなっているわけだ。 さーっと血の気が引いていく。


「ジュノ様は先月よりシエスタ機関配属になったため、話を聞かなかったのですがよろしければこれからお話聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 どうしよう……。

 用途は言えない。

 困っているとジョヴァンニが助け舟を出してくれた。


「お嬢さんとは僕がミーミルで契約したからね。 シエスタ機関異動に伴う詳細な情報流出防止契約だと思って欲しい。 それで? 次点は?」


「ドンナー家の……」


「お前、馬鹿だねえ」


 長男が言いかけたところでジョヴァンニが挟み込む。

 長男に向かってお前は馬鹿かと言ったのだ。

 ジョヴァンニの表情は酷いものだった。 可哀想な下賤を見るような目だ。 


「は?」


「君に失望したって言ったの」


 言い直して憐れまれたが長男は人が出来ているらしい。 ジョヴァンニの評価を真摯に受け止めて謝罪する。


「申し訳ありません。 若輩者故、至らない点はご教示いただけませんでしょうか?」


「いちいち答えを聞くな。 さっきから黙りこくってるお前の父親みたいになりたくないだろ?」


 宰相にまで流れ弾が当たるが、なまじ否定できる要素もないのが苦しい。

 社交界で絶大な影響力を誇った第二権力者がみるみる青ざめていく。

 どういう関係かは知らないが、宰相はジョヴァンニに頭が上がらないらしい。


「一刻も早く事件解決に努めたいのでどうか、お知恵を貸していただけないでしょうか? 他の家に回る手間が必要であれば私がいくらでも脚となり働きます。 本件は妹の命がかかっているのです!」


 長男が頭を下げてお願いする。

 いずれ宰相一族の家長となるかもしれない男のすることじゃない。

 気迫ある彼の言葉を受けても不思議なほどジョヴァンニは平然としていた。


「いや、他の家に行く必要はない。 調べる必要があるのはこの家だけだよ?」


「?」


「なぜなら悪党がいるのは疑いようがなくこの家だからね」


 ジョヴァンニは淡々と犯人はこの家にいると告げたのだ。


 現在、ジョヴァンニはいつもの桜の羽織でなく、アネモネが描かれたコートを着用している。

 アネモネは第二大陸の国花、皇帝陛下の花紋。

 皇帝陛下の勅命による調査ということをこの場の誰も承知している。 皇帝陛下から指示が降りたということは大貴族の誰であれ、宰相であれ、犯罪に加担すれば処刑が確定するということだ。


 ウォーデン家からすればジョヴァンニが死神に見えたことだろう。 ジョヴァンニがこの家族の中に犯人がいると宣言したということは事件解決後には家族が一人死ぬことを示唆しているのだから。

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