1-8.

ジョヴァンニの千本稽古は次の日になったら万本になっていた。 剣の打ち込み稽古に加えて、色魔法・治癒魔法の稽古が加えられて苛烈を極めていた。

 四大陸の貴族の定例パーティーの脅迫状の対応がシエスタ機関に回ってきたのは開催の2ヶ月前。 およそ1ヶ月の一万本打ち込みを終えてスコルハティで肩で息をしていたところに真藍に呼ばれた。

 魔法植物研究所の会議室にシエスタ機関の職員が集められていた。 シエスタ機関は軍部や警察組織の下部組織ではない。

 皇帝から直接指示があった場合に警察的業務をも手掛ける。


 ジョヴァンニが皇帝からの指示書を読み上げる。


「調査内容はこの脅迫状の送り主。 実行犯、共犯者を探し、処断すること。 テロ行為を未然に阻止すること」


 第二大陸の四大貴族に向けてそれぞれ届いた4通の脅迫状が指示書に添付されている。 脅迫状の予告によると定例パーティーの当日に会場が爆破されるらしい。 内容はそれだけだ。 やめてほしけりゃ金をよこせだとか。 パーティーを開くのやめろだとかまで書かれてない。


「真藍。 これっていくらくらい?」


 ジョヴァンニに指示を受けて真藍が見積額についてパチパチ算盤を弾いている。

 かなり早い指捌きですぐに金額が上がった。


「調査費、人件費、出張費、危険手当も含めるとこんくらいやな」


 こんくらいと算盤を見せる真藍。

 算盤の読み方は分からないが軍部の適正価格で考えるなら一千万から三千万くらいだと思う。 なにせ大貴族にも探りを入れないといけないだろうし、何より納期が2ヶ月後の開催までと非常に短い。


 ジョヴァンニは算盤の額にうーんと唸る。


「100万ルーンは真藍のちょろまかし分と考えても高い。 適正価格はこうかな」


 真藍の算盤をジョヴァンニが手直しして今回の請負金額を確定する。


「どの道予算内だからいいんだけどね」


 ジョヴァンニの判子が押されてシエスタ機関の請け負いが確定する。

 シエスタ機関は公務員ではない。

 調査費用は予め計上されている予算で処理できるか吟味して、ジョヴァンニが請負を決めるとその予算内で仕事をする。 依頼受領から即請負が可能なシステムが取られている。


「犯人及び共犯者探しはアストレアとイヴァルディ、爆発物の調査をダンテに任せる。 犯人、共犯者は例によって皆殺しだ。 終わり」


 ジョヴァンニはすぐに人員配置を決めると解散を言い渡して席を立つ。


「お嬢さんは暇があったらアストレアとイヴァルディについて仕事を勉強して。 軍部でもテロリスト探しはやったことあるでしょ?」


 ジュノも関わらせて貰えるらしい。

 シエスタ機関としての初仕事だ。

 帰ろうとするジョヴァンニに真藍が待ったをかける。


「タンマ。 本件、実は脅迫状が届く前に依頼があったのよ。 非公式にな?」


「非公式の依頼は受けないって話でしょ?」


「それが依頼者はウォーデン領のお姫様。 爆破が実際に起こるからどうにかしてくれって手紙があった」


 真藍が見せてくれたお姫様の手紙はジョヴァンニに負けず劣らずの達筆でその旨書いており、捺印もあるので本人に違いない。


「なぜ? そいつが犯人じゃん」


 その通り。 脅迫主しか知り得ないことを事前に通告しているのだから、紛うことなくそのお姫様が犯人。 事件解決だ。


「それが観測魔法の未来予知で見えたんやって」


「脅迫状なしに? 観測魔法じゃ無理でしょ?」


「だから凄い子って話よ。 ジュノちゃんとほぼ同い年で軍将やから出世馬鹿早いし。 建築家としても超有名。 あんたが珍しく見に行った宰相領の貴族学校あったやろ? あれがお姫様の作品」


 ジョヴァンニは目をぱちくりさせて再び席をついた。


「へえ、あれがねえ。 そりゃ面白い。 人員編成はちょっと見直そう。 それと後で紹介するつもりだったけど魔法薬学のエキスパートを呼んできた。 入ってきてよ」


 ジョヴァンニが合図を送ると女性が二人入ってきてジョヴァンニの後ろに立つ。


「右から第四大陸のミシェルとベアトリーチェ」


 ジョヴァンニは後ろに立った二人に手を伸ばす。


「頼んでいた例の物を」


 しかし例の物がジョヴァンニに渡されることはない。


「……あれ? ミシェル?」


「私はタノンデイタさんでもレイノモノヲさんでもなければタノンデイタ・レイノモノォさんでもありません」


 ミシェルと呼ばれた女の子はお冠のようだ。


「存じ上げているけど」


「私は貴方の部下でもありません」


「知ってるよ?」


「貴方にとって私は何ですか?」


「元助手、元弟子、友人」


「今の私は貴方のビジネスパートナーです」


 ビジネスパートナーを名乗るミシェルは黒縁眼鏡を掛けた美しい白い瞳の持ち主だ。 美しい白金髪と細身の身体を持つ彼女は清潔を司る女神にすら見える。 色気の究極系たるジョヴァンニの対極の魅力でありながら近くにいると映える。


「本件について協力する筋合いはありません」


「じゃあ何で来たの?」


「定例パーティーと観光のためですが」


「そりゃ残念だ。 久しぶりにミシェルの顔が見れて良かったよ。 観光楽しんできてね」


 ジョヴァンニはミシェルの方を見ずぷらぷらと手を振る。

 雑に扱われたのが嫌だったのかミシェルはムッとしている。


「すんなり引き下がりますね」


「ミシェルが嫌だということは頼みたくないからね、原罪教会の攻略の時になったらまたよろしく」


「言いたいことがあるならはっきり言ってくれませんか? 取引なら応じます」


 ジョヴァンニはミシェルに含みのある流し目を送る。


「ミシェルとベアトリーチェが爆発物の在庫捜索と対処に協力してくれたら爆発物の種類については公表しないでおいてあげる」


 条件を提示するとミシェルは目を細める。


「裏は取れてるんですか?」


「裏は取れてなくても疑惑があるなら協力して然るべき内容だと考えているけど。 第二大陸のテロ対に上から目線で協力仰がれたくないでしょ?」


「……分かりました。 ジョヴァンニさんに貸し1で協力することにします」


 取引は成立してミシェルとベアトリーチェが今回の仕事を手伝ってくれることになった。 会話を聞いていて、ジュノにはどういった取引があったのか分からない。


「どういうこと?」


「魔法薬は爆薬も作ることもできるんだよ。 それが去年だったかな? 魔法爆薬を使用した爆弾がいくつか第四大陸から盗み出された」


「それが今回、使われてるってこと?」


「テロ対が動いて何も見つからなかったから皇帝の指示書が届いてるんだよ。 通常の爆弾であればテロ対が持ってる検知器に引っかかるはず。 まだ爆発物が見つかってないってことは検知器に一切引っかからない魔法爆弾が使われてる可能性があるってだけ」


「それにテロが起こってみなきゃ分からないけど、第二大陸には爆発物とシナジーが高い魔法があるじゃない?」


 ああ、なるほどと思い当たりがある。

 魔法爆弾を用いたテロは初だが爆弾と魔法を絡めたテロは第二大陸では珍しくない。 ジョヴァンニは協力してくれるミシェルとベアトリーチェを考慮して再度、人員を編成し直す。


「犯人探しを僕と真藍、ミシェル、お嬢さん。 爆発物の在庫探しをダンテとベアトリーチェでやろう」

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