1-3.
私たち、ヒューマノイドの身体は肉体と精神と魂で出来てる。 ここでいう魂とは魔力の根源であると、かのエメ外部顧問の著書にあった。
ヒューマノイドは死亡すると、その肉体は生前の魔力を全て吐き出して一冊の魔導書に変換される。 そのため、ヒューマノイドの墓はペットの墓より小さいことが多々ある。 集団墓地なんて本棚だ。
しかし、吐き出された生前の魔力が問題だった。
生前の魔力は数ヶ月、魔導書の付近に漂うと少しずつ意思と魔力の身体を形成し始める。 半年も経てば聖霊と呼ばれる魔力の獣となって生者に襲いかかる訳だ。
今、ジュノの視線の先にいる狼がそうだ。
奴は通常の狼の何倍も、近くの古本屋が小さく見えるほど大きい。
暴れて被害を拡大する狼の聖霊に現地のウォーデン騎士団の軍人が複数人で対応しているが、軍刀が狼の爪と牙に飴のように砕かれている。 辛うじて狼の身体に軍刀が突き刺さっているが、殺しきるにはまだ足りない。
ジュノは魔力で身体を強化すると駆け出して、真紅の魔力を軍刀に纏う。
「赤魔法の一『
上半身を立たせて吠える狼に超高熱を浴びた剣を一振り。 すっと刃が通った。 次の一撃をくれるまでもなく狼は音もなく倒れる。
魔力で出来た身体なので彼らに質量はない。
安堵するウォーデン騎士団の軍人にジュノは敬礼した。
「フロージ騎士団所属ジュノ軍将補です。 横槍入れてごめんなさい。 学校があるので始末書はこの名刺の部署に送ってください」
名刺を渡すと、お礼を言われた。
始末書は勘弁してくれるらしい。
軍人に近くの墓地を聞いて案内してもらうと墓石が壊されたり、周辺の樹木が齧られている墓地が見られた。
ジュノは治癒魔法で壊れた墓地を修復し、元通りにした。 小さな墓地だと教会の補助がつかないので治さないままということが多々ある。
聖霊が出る度に壊されたらキリがないのは理解できるが、何だか寂しい。
ジュノは治した墓地に祈りを捧げて、今度こそ学校に向かった。
月曜日から水曜日の朝9時から12時まで、ジュノは学生になる。
職場近くの貴族学校だ。
最初は軍学校に入学し、卒業したが、シエスタ機関に所属するためには最低限の礼節と、他大陸の文化理解、そして他大陸語の習得が求められたため、貴族学校に入ることになった。
貴族学校に渋々入学することを決めたとき、両親が大喜びしていたのを覚えている。
軍学校に入学したときも喜んでくれたが、用意された可愛い制服を見ると、本当はこうなって欲しかったのだろうな、と感じる。
3ヶ月後の第四大陸出張に備えて、第四大陸語の学習には力を入れた。
講義だけでなく、図書館で手紙の書き方や郷土料理、民謡、スポーツについて調べたが、根底にあったのはコミュニケーションの重要性だった。
四つの大陸の言語は、同じ古代語を起源に進化している。そのため、四大陸の言語や文字にはどこか似通った部分があるが、ところどころ違いが見られる。
その違いを意識することが、言語習得に繋がると、どの言語学教授も言っていた。
ヘッドホンで第四大陸語を流しながら勉強していると、焼き菓子の甘い匂いが漂ってきた。
ヘッドホンを外される。
「言語や文化を学ぶのは大切だけど、楽器は弾ける? お嬢さん」
「なんでいるの?」
「入館証を持ってるからだよ」
しれっと入館証を見せるジョヴァンニ。
第二大陸の名門貴族しか入館証を手に入れることができないはずなのに、どこから貰ってきたのだろう。
「さっきの、どういう意味?」
「言語が理解できなくても、優れた音楽は素人にも漠然と伝わる。海外で描かれた名画だって、大陸を越えてもその価値は保たれている」
ジョヴァンニは館内のピアノを指さす。
「この大陸の貴族は音楽を教養としていると聞いたけど、お嬢さんはどう? 兵隊になるのに一生懸命だった?」
煽りを受けてジュノはピアノチェアに腰掛ける。
楽譜が頭に広がり、鍵盤を弾く指が自然に動く。
花を愛でて手折らないように、水面に波紋を広げて雫が飛び跳ねないように奏でる。
音楽が神の耳に届きますようにと願いながら。
演奏が終わると、館内から拍手喝采が響く。
煽ったはずのジョヴァンニも拍手を送っていた。
なんだかいい気味だ。
「宮廷楽団も舌を巻く腕前だ……すごい」
「軍学校に入る前まで宮廷楽団に入ってたから」
「お嬢さんって、どうして軍人になったの?」
「え……」
「どうして医者になったの? 宮廷楽団のレギュラーメンバーの方が給料良いでしょ?」
そんなこと、給与明細を見てないから知らない。
でも確かに、音楽家をしていたときの方が儲かっていた気がする。
なぜそうしたのか、と聞かれれば、自然と舌が答えを作り出した。
「立派な職業につきたかったから」
「でも音楽家はこの国では神職だよね?」
「……」
その通り、この国では音楽は神に捧げるもの。
供物だ。極上の供物を奏でる宮廷楽団は、神職の最高峰として位置づけられていた。
「分からない……」
医者や軍人に強い適性があったわけではない。
音楽家の時の方が成果は出ていた。
医者や軍人に憧れがあった。そうなりたいと思った相手が医者と軍人だったから、ただそれだけだと思う。
「まあいいさ。魔法薬学を教えてあげる。ついておいで」
手招きされ、ジュノは荷物をまとめてついていく。
10分ほど歩いて到着したのは、都市最大の駅。
改札の前で、青髪を肩で切り揃えた女の子、真藍が待っていた。
「お疲れ様」
「切符買っといた。ペット軍団も連れてきたから、貸し1な?」
ジュノが受け取った切符の印字を見ると、行き先は西部の教皇領だった。
現在は東部の宰相領にいるので、到着する頃には昼過ぎだろう。
隣にペット軍団と荷物を置き、ジョヴァンニの向かいの席に座る。
列車が動き出す。
「どこに行くの?」
「剣の遺跡。知ってる?」
「知ってるも何も、私の実家が代々管理してる遺跡なんだけど」
大貴族のみが管理を許される第二大陸の四つの遺跡。そのうちの一つ、剣の遺跡をジュノの実家が管理している。 ジョヴァンニは早々に眠る真藍の頭を肩に乗せて、ゆっくりと傾け、膝枕してやっていた。
ジョヴァンニみたいに甘い匂いがする膝で眠れたら、さぞかし寝つきが良くなるだろう。
「よいしょ……と、シエスタ機関は今年度、第四大陸の原罪教会の攻略を行う予定だ。そこで意思確認をしたい。お嬢さんは参加する?」
先日の予算報告会でも話があった原罪教会の攻略。報酬も難易度も跳ね上がる大プロジェクトだ。
新参者のジュノになぜ易々とチャンスが来るのかと、疑ってしまう。
「参加していいの?」
「今回の僕らの仕事はメインとなる攻略者のサポートだ。しくじったら第四大陸の貴族を殺すことになるから職員全員打首、成功したら勲章」
「やる」
「なら良かった。列車に乗ってしまったしね。知っての通り、剣の遺跡は原罪教会と同じく古代魔法を管理している土地だ。 そこで本番前の連携を調整する。 魔法薬中毒の治し方も同時にマスターしてもらうよ」
「魔法薬の作り方も?」
「剣の遺跡内部には魔法薬の材料となる魔法植物がたくさん生えている。連携訓練次第だけど、余裕があればそれも難しくないだろうね」
あくまでメインは大プロジェクト。
次点で魔法薬解毒。
最後に個人勉強の優先順位に留意しろと言われ、ジュノは頷く。
お弁当を広げると、キャリーバッグから白猫が出てきた。
近所では見ないほど太っているので、キャリーバッグが狭かったらしい。
「にゃな!」
白猫は飼い主の方ではなく、ジュノの方に餌を乞う。
たまごサンドを与えると、猫は上機嫌で、なんだか現金な猫だなと思う。
親戚が飼っている猫でも、ここまで強欲で不遜な個体はいない。
ジョヴァンニがジュノと白猫の様子を観察している。
「何?」
「お嬢さん、名前なんだっけ?」
改めて名前を聞かれる。
というか、覚えていないのか。
「ジュノ」
「じゃあ、その猫の名前、ジェイにしようか」
「なんで?」
「同じように真っ白だし、どっちもいつも無愛想な顔してるから」
無愛想で悪かったな。
「ジェイでいい?」
ジョヴァンニが白猫に確認すると、白猫はどうでもよさそうに体をぽりぽり掻いた。
ここまでババくさい仕草をしていないと思うが、今後とも気をつけようと思う。
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